第10話
父は正義の人だった。
いつも声が大きくて、背が高くて体もがっしりしていて、絵に描いたような熱血漢。
曲がったことが大嫌いで、警察官がまさに天職だと言えるような人。
小学生の時、クラスの男子が学校に持ってきてはいけないものを持っていて、私がそれを注意したらいじめが始まった。
私が泣いて帰ると、父はすぐさま学校に乗り込んで、次の日には相手の子を全員家に謝りにこさせた。
それ以来、私はいじめられこそしなかったけども、「あいつの親父警察だからしゃべったら捕まるぜ」なんて噂を立てられて、すっかりみんなから嫌われていた。
だけど私は開き直って、自分も警察官になるんだと公言した。父も嬉しそうにしていた。
私はすっかり調子に乗って、悪を糾弾しはじめた。少しでも悪いことをする子はみんな敵だった。
誰かの悪口を言っているのを聞いただけでも先生に告げ口。いじめなんて論外。
先生の言うことすら、間違っていたら注意してしまうような、嫌な子供だった。
正義を振りかざす者は孤独だ。
そうやって助けた相手には感謝されこそすれ、それで友達になるようなことはなかった。
今思えば自分も同様に、怖がられていたのだと思う。
父は厳しい人で、ことあるごとによく叱られた。
強引な人で、自分がこうだと思いこむとそれをそのまま相手にも押し付けるきらいがある。
小学生の時に、誕生日プレゼントに竹刀をもらったこともある。
だけど私が泣き出してしまって、その後でちゃんとお人形付きのお城を買ってくれた。
根は優しい人なのだ。
習い事もいろいろさせられた。
書道、水泳、剣道。
料理もできないと駄目だと言われて早くから母の手伝いを始めて、そして極めつけに父から直々に護身術を教わった。
私は本当はピアノがやりたかったけど、音楽なんて金持ちのやることだ、とよくわからない理由をつけて反対された。
後で聞いたところによると、父は私をいわゆる大和撫子、のようなものに育てたかったらしい。
なにか違うよね、とのちにこっそり母と笑いあった。
不器用な人なのだ。それでも私が落ち込んだときは、優しく話を聞いてくれた。
たとえば習い事が上手にできたり成果が出たりすると、子供のように喜んでくれて褒めてくれた。
私は何よりもそれが嬉しかった。
母は父に黙って従うような人で、その教育方針に一切の口出しをしなかった。
私がいじめられた時に、花には強い子であってほしい、と父に言われたのだそうだ。
その言葉を、信じたのだという。
母と二人で朝食を取る。
父はお箸の使い方はもちろん、食べる順番や細かい作法にもうるさかった。
今となっては多少行儀を悪くしようが怒られなくなったが、すっかり体に染み付いている。
学校に行く準備を済ませると、花は仏壇の前で手を合わせる。
暴走していたバイクと車で衝突して、バイクの少年は一命をとりとめたが、父は運悪く助からなかった。
お葬式には大勢の人が来ていて、たくさんの人が涙を流していた。
とても悲しかったけども、父を誇らしく思った。そして気づいた。
そんな父の背中を見て、あの人のようになりたい、ずっとそう思っていたんだと。
学校前のバス停でバスを降りる。
生徒たちで混雑する専用歩道を、花は一人で歩く。
周りには同様に一人歩きの他に、数人で固まって談笑しながら歩く男子、女子。
そして仲睦まじそうに登校する男女の姿もちらほら見受けられる。
そんな中、高校生になっても花は相変わらず、今までどおりだった。
去年のクラスではなんとか頑張って、何人か話をしたりする相手はいたけども、クラスが変わってそれきり。
気がつけば周りには人がいなくなっていた。
誰と誰が仲良しで、誰々がウザくて、何組のあの人がかっこよくて……だとか、きっとそういう話が一切できないのが致命的なのだと思う。
そうでなくても共感を得にくい生真面目な上から目線の物言いが問題なのは、わかってはいるのだが。
花にとって、たいていの男子はずっと敵だった。
先生のいないところでうるさく暴れまわったり、暴言を吐いてきたり、暴力を振るったり。
だけど、気づけば周りはいつまでもそんな子供ではなくなっていた。
誰と誰が付き合い始めた、といった周囲の話を耳にするたび、自分がすごく子供のように見えてきて、一人取り残されているような気分になった。
集団を次々抜かして、道を足早に進んでいく。
学校の校門が見えてきた辺りで、信号に捕まり足を止めると、すぐ右斜め前に立ち止まっていた見知った顔を見つけて、急に胸がざわつく。
白鷺拓美。
彼のことは、少し気になって昨日ネットでいろいろと調べてみた。あの手紙のことがどうにもひっかかったのもある。
学校と名前、色々組み合わせてSNSで検索をかけると、彼に言及しているアカウントを発見した。
そこからまた別の投稿者、といった具合に芋づる式にたどっていくと、どんどんそれらしい発言が出てくる。
TAK、タク、という具合に本名までは伏せられているが、おそらく拓美のことで間違いない。
ボクシングのインターハイ出場経験有り、ということで注目を浴びているようだったが、それ以外にも、何かと目立つ人物らしい。
発言しているのは主に女子生徒。ざっと見た限りでは、そこで誹謗中傷されている、というようなことはなかった。
ただ、彼への好意を示すような女子のものだと思われるコメントがいくつか見受けられた。
イケメン、かっこいい、かわいい、彼女、友達……。
終始そんな感じであれば、確かに同性から嫉妬を受けるのも不思議ではない。十分にターゲットにされる理由はある。
そうすると犯行は、男子生徒の可能性が高い……いや、そっけなくされた女子の逆恨みという線も十分考えられる。
要するに、ああいった手紙を受け取ってしまっても、何らおかしくはない人物だということ。
信号が変わって、生徒たちが一斉に動き出す。
花は周りに合わせて今の位置キープしたまま、拓美に声を掛けるかどうか迷っていた。
昨日は向こうの発言に問題があったとはいえ、乱暴に帰ってきてしまって、少し悪かったかなと思っていたところだ。
きっとそんなこととは関係がないだろうが、こっそり彼の様子を盗み見ていると、なんだか今日は覇気がない。
ややうつむきがちに、肩を落としながら、時折足をもつれさせそうになりながら歩いている。
そんな拓美の歩みが危なっかしくて、どうにも気になってしまって目が離せないでいると、彼は案の定何かにけつまづくようにバランスを崩した。
するととっさに「危ない!」と声が出てしまって、無意識に手を伸ばしかけたが、拓美はなんとか自分で足を踏みとどまり事なきを得た。
「花ちゃん!」
ほっと胸をなでおろす反面、げっ、と思った。
今ので向こうに気づかれてしまい、拓美は子犬のようにすぐさま近寄ってくる。
花は慌てて視線を進行方向に向け、まるで今気づいたかのようなふりをした。
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