5
秋になってから、海賊の頭目の前伊予掾が入京した。伊予で捕獲された時は生け捕りにされたのだが、獄中で病死したとて首級となっての入京だった。追って追捕使も戻ってくるだろう。
これでやっと、東西の兵乱もおさまり、天下泰平を迎えることになる。
一方では慶事に慶事が続くといえるようなことが、その頃宮中で起こった。ところがもう一方――九条権中納言やその
小野宮大納言の娘の更衣が、女御とされたのである。これで帝の女御は、王女御と梨壷女御の二人となった。
その日のうちに
「だから言わんこっちゃない。たとえ大納言の娘でも、その祖父が摂政なら女御に立てられることもあるんだ」
「それに本院大臣の娘腹の姫なら、大后様が動かれるだろうからね」
「そんな、源氏の君、
「まあ、落ち着いて」
もしこれが本当に他人事なら、予断を許されない状況になったとてこれからの成り行きを興味津々に眺められるだろう。しかし源氏にとっても他人事ではない。それでも彼は笑みさえ浮かべていた。
「安心しなさい。要はいくら君の兄上の姫が女御になったとて、帝の男皇子さえ生まなければいいんだろう?」
「そんな。それは時間の問題じゃないのか」
源氏は視線を権中納言からはずし、前方を見た。そして声を落とした。
「今の帝のお体じゃ皇子御誕生はのぞめないよ。前にもそう言ったじゃないか」
やっと聞きとれるほどの小さな声で、源氏はそう権中納言に耳打ちした。
秋になって征西追捕使が、入京することになった。
そのことに関して山崎津からの
その中で、どうしても聴政官の一存では決しかねるということで公卿の議定にまわされてきた案件が、その山崎津からの申文だった。
内容は昨年の征東大将軍帰洛の折は神祇官が河原で出迎えて
宜陽殿における公卿の詮議でも決着はつかず、彼らは右大弁を摂政太政大臣家に遣わし、摂政の意向を聞くことになった。
その返事が戻ってくるまでの間、太政大臣から昨日摂政の辞表が上呈されたことが左大臣より伝えられた。太政大臣の摂政辞表はその就任直後から始まっていたことだし、人々はさほど意外性は感じなかったが、今回の辞意には理があった。
そもそも摂政というのは帝が御幼少の折にその御政務を代行する役である。今や帝も御年十九歳、摂政を必要とする御年齢ではない。
太政大臣は同邸に居住する三男の左中将をその辞表上呈の使いにしたそうだが、辞表は即日却下された。しかし、三度は繰り返し辞表は上呈するものである。
公卿達がそのことについてひそひそと論じあっているうちに、追捕使入京についての摂政の返事が来た。大外記に言わせれば、征東将軍クラスなら解除は法にも規定されているが、追捕使においてはその例がないということである。先例がなければそれで決まりだ。ただ、源氏が気になったのは、戻るのは追捕使だけであることだ。もし征西大将軍である修埋大夫もともに帰洛するなら、こんな詮議をするまでもなく解除は行われるのであろう。
だが修理大夫は備前守として任国に留まるという通達が、宮中に届いた。
「あの、爺さん、征西大将軍として功を建てられなかったから、今度は受領として腹を膨らませる魂胆だな」
小野宮大納言が苦々しく言った。これは誰もがそう理解したことだろう。公卿の中には、
「東と西と順序は違うが、
などと言う者もいて、まわりもどっと笑ったりしていた。だが、源氏だけは心の中で「違う!」と叫んでいた。
源氏は自邸に戻ってから、東ノ対で明石入道に対面した。
「いやあ、毎日が退屈でござるよ」
入道は相変わらすよくしゃべって相好を崩した。
「ところで姫君のことでございますが」
源氏のそのひとことで、急に入道は真顔になって身を乗り出した。
「何か消息が?」
「いえ」
途端に肩を落とし、入道はため息をついた。
「やはりもう、世におらぬのでは……」
「いえ、まだそうと決まったわけでは……。実は」
源氏は自らも持つ不安を、姫の親の前ではあえて隠して明るい表情でいた。
「宰相修理大夫殿がこのたび従西大将軍として下向されましたでしょう」
「あ、はい」
「修理殿は備前守を兼ねておいででしてね、海賊も追討されたことですし、修理殿はそのまま任国に留まるようなんです。そして、その修理殿に、私は姫のことをすべて打ち明けておりますから」
「おお」
入道の顔が少しだけ輝いた。
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