こうして、またぼくの元に朝がやってくる
百々面歌留多
こうして、またぼくの元に朝がやってくる
こうして、またぼくの元に朝がやってくる。
どんな夢を見たのか、覚えてはいないけれど、何か歯切れの悪い感じがする。ずっと目覚めなくてもよかったというのに。
夜を越し、人々はまた目覚める。ぼくもその一人であった。布団の中でうだうだと、睡眠の延長戦を繰り広げるわけにもいかなかった。
朝はやるべきことがたくさんある。
朝ごはんを食べて、ちょっとだけ掃除をして、ゴミを出して、身だしなみを整えて、荷物をチェックする。
ぎりぎりの時間になると家を出て、最寄りの駅まで一直線だ。満員電車の一人となって、そのまま都心へと急がなくてはいけない。
電車から降りたらキオスクでお昼ご飯を買う。おにぎりを二つ、お茶のペットボトルはいつもと同じだ。
出社して、タイムカードを切って、自分の席につく。上司のくだらない朝礼に耳を傾けたあとは、ずっと仕事だ。
私情など持ち込まず、機械のようにタスクを処理していく。溜まらないようにするのが肝要だが、すっからかんになっても困る。
できる限り仕事をしているように見せかけなくてはいけなかった。
お昼ご飯は最寄りの公園のベンチで食べる。
前は同僚といっしょに飯屋に行くこともあったけれど、彼が転勤して疎遠になってからはずっとここがぼくの居場所だ。
公園には似たようなリーマンがわんさかやってくる。みなきっと似たもの同士なのかもしれない。
――とは思いたくないな。
短い食事を済ませると、会社までの帰り道の間をぶらぶらと歩く。人通りの多い商店街や駅前は避けるようにしていても、この都心はとにかく狭い。
あぶれた分はきちんと分散するようにできているのだろう。
表通りにしても、裏通りにしても、ちゃんと人はいる。ぼくがチェーン店のショーウインドーを見ているときでも、奥の道にあるラーメン屋には案外人の出入りがある。
――まあぼくには関係ないが。
などと思っているうちに、会社の玄関までたどり着いているというわけだ。ここから終業時間までひたすら心を殺すだけだ。
陽が落ちて、暗闇に明かりが灯り始める。
仕事が終わり、会社を出て、まっすぐと駅へと向かった。これから遊びに行く人も多いみたいだが、ぼくには関係ない。
帰りも同様の満員電車であった。何事もなく地元の駅に到着して、駅前のスーパーへと出向いた。
今日の夜ご飯の分の買い物をして、すぐに帰宅した。着替えてすぐにぼくは出来合いのものをかっ込み、ビールの缶を開けた。
ちびちびと飲みながら、酔いを体へと浸透させていく。渇いた心のひび割れを修復するようにどろどろに溶かしていくのだ。
酩酊のまま、横になって、ゆっくりと瞼を閉じる。もうすでに抗うことなどできなかった。あとはそのまま夢の世界へと沈んでいくだけであった。
***
夢の中では、懐かしい人が何人も登場した。
あの人たちの笑顔は思い出せるのに、今彼らがどう生きているのか、ぼくは知らない。
自分から連絡を取ろうとは思わなかった。月日が流れるたびに億劫になってしまって、結局今でもそのまま放置している。
別に仲が悪かったわけじゃない。
たくさん遊んだし、たくさん語り合った。ずっとあの時の関係が続くと思っていたんだ。
でも現実は違った。
生きる場所が変わっていくたびに、ぼくらは疎遠になった。たまに会うことはあったけど、それも数か月に一回、一年に一回となり、気がつけば途切れていた。
今のぼくは誰かと繋がっている気がしなかった。昔は孤独になりたくなかったけれど、なんであんなに怖がっていたのか。
孤独な人がみじめに思えたからだろうか。
……。
懐かしい人々と言葉を交わし、何かを伝えようと思ったとき、ぼくは現実へと引き戻される――バイクのエンジン音がけたたましく鳴り響く。
――こうして、またぼくの元に朝がやってくる。
こうして、またぼくの元に朝がやってくる 百々面歌留多 @nishituzura
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