第9話 副担任
さて、今日も出勤だ。仕事は辛いけれど、子供達の笑い声と笑顔は癒される。僕にはこの仕事が天職のようだ。さあ、職員室に行って園長先生に挨拶をしよう。
「おはようございます」
「あら、おはようございます。ジョルジュ先生」
今日もメアリー園長先生がいい笑顔で挨拶をしてくれる。気の良い人で本当に助かった。やはり職場では人間関係が重要である。離職の理由の殆どが人間関係によるものだというデータもあるとかないとか。
やはり、人に恵まれているというのは一番の幸福であると僕は思う。今日も膝に矢を受けて騎士を引退した僕を拾ってくれた園長先生に感謝しながら仕事をしよう。
そう思っていたのだが……
「おはようございます! ジョルジュ先生! えへへ……」
僕の背後から聞き覚えのある声が聞こえる。この声は聞いたことがある。まさか……いや、彼女がこんなところにいるはずがない……
「私のこと覚えてますか?」
「シャ、シャルロッテさん!? ど、どうしてここに?」
「私の名前覚えていてくれたんですね? 嬉しい……ぐへへ」
この前、Me Too運動をしていた女騎士のシャルロッテ30歳だ。何故か僕に言い寄って来た女騎士で、とても変わっている人だ。
「え、園長先生! どうして彼女がここにいるんですか!?」
「それはですね。今日からリコリス組の副担任として、働いて貰うからですよ」
「え、ええ!?」
「えへへ。偶然ってあるものなんですね。たまたま、私が応募した幼稚園がジョルジュ先生の働いている所で、更にジョルジュ先生と同じクラスを受け持つことになるなんて運命を感じます」
シャルロッテさんからとんでもない熱視線が送られてくる。こ、こんなの聞いていない。僕は女僧侶と結婚する夢があるのに、何で女騎士に言い寄られなければならないのか。
「先輩として、シャルロッテ先生に仕事を教えてあげて下さいね。ジョルジュ先生」
園長先生が僕に期待の眼差しを送る。
「え、そ、そんな……ジョルジュ先生に手取り足取り教えて貰えるなんて……ど、どうしよう。嬉しすぎて、顔が真っ赤になっちゃう。キャー」
いい歳して何で乙女みたいな反応しているんだ。この三十路女騎士は……
「えっとシャルロッテ先生。一応仕事しに来たんですよね? だったら、きちんとして下さい。生半可な覚悟では子供の相手は務まりませんよ」
「はーい。うふふ。そうですね。ジョルジュ先生と私の間に子供が出来た時のための予行練習ですもの。しっかりと仕事するつもりです」
何やら不穏な言葉が聞こえたような気がするけれど、まあ、とにかく真面目に仕事してくれるなら良かった。
僕は一抹の不安を抱えながら教室へと向かっていった。
◇
「みんなー! 今日から新しくシャルロッテ先生がこのクラスの副担任になってくれたよ。先生の言うことをきちんと聞いていい子にするんだよ」
『はーい』
「ふふふ、素直で良い子達ですね」
「ジョルジュせんせー! せんせーは、シャルロッテせんせーとつきあってますか!?」
オリヴィアちゃんが何か言い出した。
「オリヴィアちゃん。どこでそういうことを覚えてきたのか知らないけれど、子供にはまだそういう話は早いよ」
なんとかその場を上手く丸め込もうとする僕だったが、オリヴィアちゃんの友達のセシリアちゃんがそれを許さなかった。
「お言葉ですが、ジョルジュ先生。そうやって子供の自主性を削ぐのは良くないと思います。折角芽生えた好奇心の芽を摘むのが大人の役目なのでしょうか?」
「ぐぬぬ……」
確かにそう言われてしまえば反論は出来ない。一体何なのだこの幼稚園生は。将来有望すぎる。
「オリヴィアちゃん。いい質問だねー。私とジョルジュ先生は結婚を前提にお付き合いをしているの」
「キャー。聞いた。先生達付き合ってるんだってー」
子供達が一斉に沸き立つ。やはり小さいとは言え女の子。男女のそういった話に興味津々なのだろう。ただ、興味を持たれる方としては、たまったものではない。こんな小さい子供に揶揄われるなんて……
「シャルロッテ先生! 変なこと言わないで下さい!」
「えー。いいじゃないですか。私と先生の仲じゃないですか?」
「どんな仲ですか! 大体にして僕達はまだ知り合って間もないのに、いきなりそんなこと言われても困ります」
「そ、そうでしたね……私ったらてっきり焦りすぎてたみたいです。えへへ。ゆっくり二人の距離を詰めていけばいいですよね?」
三密が叫ばれている今のご時世にそんな密な発言されても困る。
「えーと……それじゃあ、シャルロッテ先生に質問がある人いますか?」
「はーい! せんせーはどんなパンツを履いているんですか?」
オリヴィアちゃんがまた変なことを言い始めた。どこの世界に先生のパンツを訊く幼稚園児がいるんだ。ここにいるぞ。
「先生はいつだって勝負下着です……だって、いつでもジョルジュ先生に求められてもいいように、きちんとしたのを着けてないと恥ずかしいじゃない」
シャルロッテ先生は顔を赤らめながらそう答えた。
「何真面目に答えてるんですか! そんな質問はスルーしてもいいじゃないですか!」
「そ、そうでしたね」
「次から変な質問はスルーするからね!」
「せんせー! 先生は女騎士の意識の在り方についてどう思いますか?」
セシリアちゃんがまともな質問をする。いや、まともか? 幼稚園生なら好きな食べ物とかそういう話になると思ったのに。何でこんな討論するような内容の質問してるんだ。
「そうですね。やはり、女騎士は集団としてみれば、決してモンスターや悪漢達に堕とされることなく、気高い精神を持つことが重要だと思います。しかし、個になった時にはそうとも限りません。女騎士も騎士である前に一人の女性です。好きな人には存分に堕とされてもいいと私は考えています。何故なら、騎士は男女問わずに務まることは出来ます。しかし、妊娠・出産・産卵と言ったことは女性にしか出来ません。好きな人との間に子孫を残す権利も同様に女騎士は持っているのです。ですから、愛のある堕落は決して恥じるものではありません。例え、好きな人の前で女騎士にあるまじき痴態を晒したとしても、それは誇るべきことなのです」
長いわ! 論文でも書くつもりなのかこの人は。
「ありがとうございました。勉強になります」
「あ、あの……先生質問いいですか?」
アニータちゃんがおっかなびっくりしながら手を上げる。
「はい、どうぞ」
「あ、あの……ど、どうしたら恋人が出来るんですか……? この学校女の子しかいないから、恋人作れないんです」
「……アニータちゃん? 一ついいかしら?」
「はい」
「そんなのこっちが聞きたいわ! ちくしょおおおお!」
シャルロッテ先生は咆哮を上げながら暴れ始めた。それを止めるのも結構骨が折れた……この先生が副担任でこの先大丈夫なのだろうか。僕は一抹の不安を抱えた。
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