女騎士幼稚園

下垣

第1話 せんせー! くっころってなぁに?

 門を潜ると幼女の園だった。小さい女の子達が園庭を走り回り、棒切れを持って剣術の真似事をしている。


 ここは、女騎士を育成する幼稚園【ジャンヌ・ダルク】。僕は今日からここに赴任することになったジョルジュという元騎士だ。


 元々、それなりに高名の騎士だったけれど、膝に矢を受けてしまって引退することになってしまったのだ。


 ふと、下を見下ろすと僕の前で僕をじーっと見ている女の子がいた。肩までかかったクリーム色の髪の毛。青いカチューシャをしていて、くりくりとした緑色の瞳。かなり愛くるしいその顔立ちだ。


「おにーさん。だれ?」


 女の子は僕にそう問いかけた。子供故の警戒心のなさと好奇心なのか、見知らぬ僕にも気兼ねなく話しかけてきたのだ。


「僕はジョルジュ。今日からここの先生になるんだよ」


 僕は屈んで女の子と視線を合わせてそう言った。すると女の子は天使のような愛くるしい笑顔を僕に振りまく。


「そうなんだー。これからよろしくね。先生!」


 初めての子供との接触は上手くいったようだ。僕は末っ子だし、兄と姉もまだ結婚してないし子供もいない。だから、子供の相手なんかしたことがなかった。だから、この幼稚園に配属されると聞いて少し不安だったけど、上手くやっていけそうだった。


「あたしの名前はオリヴィアって言うんだ。よろしくね」


 オリヴィアか。活発そうな感じの子だ。子供はやっぱり元気なのが一番だよな。


「ねえ、先生。訊きたいことがあるんだけどいいかな?」


「何かな?」


 オリヴィアがもじもじとし始めた。照れているのかな? 一体どんな質問が来るのかと思って構えていたら、予想外の質問が飛んできた。


「くっころってなに?」


 僕はその言葉に衝撃を受けた。何で幼稚園児がくっころなんて言葉を知っているのだ。いや、ある意味女騎士の代名詞的な存在だけどさ。何でこの子が知ってるの? 何でこの子が知ってるの?


 ちなみに、くっころとは「くっ殺せ」の略である。これから辱めを受けるであろう女騎士が言う常套句である。貴様らに犯されるくらいなら死を選ぶという気高い意思を感じられる至言だ。


 そして、重要なのはこの言葉を発した女騎士は堕ちるのが定番だ。最初の方の威勢の良さはどこへやら。高貴な精神は快楽や欲望に負けてしまうのがお約束というものだ。


「えっと、あーいや。そのね。オリヴィアちゃん。一体どこでその言葉を覚えてきたのかな?」


「お兄ちゃんの持っている本に書いてあったんだ。表紙に女騎士が描いてあったから、剣術の指南書かと思って」


 オイイィィ! お兄ちゃん何してくれてるんだ! こんな純粋で無垢な妹になんて本読ませてんだ!


「ちなみにその女騎士さん裸でゴブリンとプロレスしてたよ。一流の女騎士は体術も凄いんだね」


「そんなことまで言わんでよろし」


 いかん。見てはいけないページまで見てるよこの子。どうする? 何て答えるのが正解なんだ? そのまま答えるか。「くっ殺せ」の略だと。でも、なぜ殺せと言っているのか訊かれたらどうする? 答えられる自信がないぞ。


「ねえ。せんせー! くっころってなぁに? 教えてよー」


 なんて時代だ。純粋な気持ちで女騎士を目指す子供が何で……悲しい。悲しいぞ。大体にして、あれもこれも世間の女騎士が全てだらしないのが悪いんだ。すぐに、ゴブリンやオークに捕まり、んほぉだの、アヘェだの、ヒギィだの言っているから悪いんだ。


 こんな純粋に女騎士に憧れる女の子が、一部のただれた女騎士のせいで穢されてしまったのだ。


「えっとね……くっころって意味はね。大きくなったらわかるよ」


 僕は逃げの一手を打つことにした。大きくなればわかる。それは魔法の言葉だ。大人が都合の悪い真実を子供に隠す時に使うもの。


「えー。今すぐ教えてよ」


「ダメなものはダメ。立派な女騎士になったら、その時に意味がわかるようになるからそれまで我慢しなさい」


「ちぇー。じゃあもう一つ質問いい?」


「ああ。いいよ」


 嫌な予感しかしないけど、いいだろう。子供の疑問に答えるのは大人の役目だ。


「らめえってなぁに?」


 てめええええ! オリヴィアちゃんの兄! 出てこい! 今すぐ説教してやる! 騎士団仕込みの剣術食らわしたろうか!


「えっと……念のため訊くけどどこでそんな言葉を」


「お兄ちゃんが持っていた本に書いてあったよ」


 やっぱりかあああ! てめえええ! てめえを「らめえ」しか言えなくなるbotにしてやろうか! そうなるまで俺の剣でてめえのケツを掘り抜いてやるわ!


「ねえ、らめえってどんな意味?」


 まずい。答えなければならない。また、大人になればわかる論法を使えばこの場は凌げる。だけれど、それはそれで、この先生は質問に答えないやつだという烙印を押されかねない。


 そうしたら、俺はこの子の信頼を勝ち取ることは出来ないだろう。信頼できない先生に教わる幼稚園児。なんという可哀相な存在なのだ。


 俺は、答えてやる。この子の信頼を勝ち取ってやる!


「えっとね……らめえって言うのはね。ダメが変化した言葉なんだ」


「へー。何でダメって言わないでらめえなんて言うの?」


「方言だよ。寒い地方出身の人はダとラの発音の区別がつかないんだ」


 嘘。大嘘。圧倒的嘘。寒い地方出身の人ごめんなさい。こうでもしないと誤魔化せる気がしないんです。


「なーんだ。てっきり、女騎士の【自主規制】をゴブリンの【自主規制】がワッショイワッショイしたせいで、女騎士の呂律が回らなくなったのかと思ったよー」


 …………てめえ! 全て知ってんじゃねえのか! 騙したな! 下衆な子供が! 純粋な大人を騙したな!


 こうして、僕は赴任早々少しおませな女騎士に翻弄されてしまうのであった。ってか、ワッショイワッショイって何だよ。それが一番意味わからんわ。

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