やさぐれシンデレラの野望
金澤流都
第一部 シンデレラ・ストーリー
1 ポイントカードはガラスの靴
弁当箱を開ける。雑誌の付録のちゃっちい弁当箱には、父さんの仕込んだチャーシューの切れ端とシナチクと煮卵、それからチャーハンが入っている。端的に言って街の中華屋さんのメニューである。だが作ってもらえるだけありがたい。この高校の購買では焼きそばパンなどの一般的購買メニューは売られておらず、松花堂弁当(1200円ナリ)や、ターキーのサンドウィッチ(980円ナリ)が売られていて、そんなもん月五千円の小遣いでは買えるはずがない。しかしクラスメイトの超お嬢様軍団は、それをきらめくカードで買い、おいしそうに食べている。高校生がクレカ、それもプラチナカードを持ってるってどういうこっちゃ。
とんでもない高校に入学してしまったものだ。あたしは本当なら近所の、就職内定率百パーの工業高校に行くはずだったのだが、中学三年生のある日、この「藍花女子学園高等科」の、異様に可愛い制服と、入学案内と、通学用の定期券、それから学費は五輪寺家というおうちが肩代わりしてくれる……という手紙がまとめて送られてきたのである。
果たして初等科から大学までエスカレーターだというこの学校になじめるかは分からなかったし、出たところで就職を世話してもらえるかも分からなかったけれど、試験もなくてタダなら行くしかねーべと二人の姉(二人とも子連れの出戻り)と継母に猛プッシュされてここに通うことになった。父さんだけは心配してくれたが、しかしそれだって継母には勝てないのであった。
五輪寺と言われて思い出すのは、あたしが小さいころの総理大臣である。ヨボヨボのジジイで、トンチンカンな政策を展開してあっという間に内閣は分解してしまった、くらいの印象しかないし、そのころうちの継母はずっとワイドショーで芸能人の不倫騒ぎを眺めていたため、総理大臣のことは半端にしか知らない。
誰なんだろう、あたしにいろいろ送ってきた五輪寺さんって。
クラス一貧相な弁当をやっつけて、キヨスクで買ってきた漫画雑誌を広げようとすると、クラスにさざ波のようなどよめきが走った。
「やあ」
クラスの分厚いドアを開けて立っていたのは、長身ですらりとスレンダーな美人だった。髪は短く刈り上げ、バレーボール部かバスケ部であることが想像できる。制服のタイは赤。つまり三年生だ。
(王子様だわ……)
クラスのやつらがそうざわめくのが聞こえた。なんだなんだ。あたしは高等科からの新参者なので、上の学年にどういう先輩がいるとかそういうことはさっぱり知らない。
「新田れいら君はいるかい?」
クラスが再びざわめく。
「あ、はい、あたしです」
手を上げる。王子様はにこりと微笑むと、あたしの机につかつかと近寄ってきた。
「覚えているかい?」
何をじゃ。そう思っていると、その「王子様」とやらはポケットからハ●ーズの、満点貯まったポイントカードを取り出した。開くとそこには「新田れいら」とあたしの汚い字でサインしてある。ああ、中学のときどっかでなくしてめっちゃ落ち込んだやつだ。姉たちにパクられたとばかり思っていた。
「あ、それ、あたしのですね」
「そうかやっぱりか! ところでもうお昼は食べたかい?」
「ええ、まあ……」なんだこいつ言うことが支離滅裂だぞ。お喋り苦手なのかな?
「そうか……うちの料理人がイチゴのフルーツサンドを持たせてくれたんだが、友達と食べる量でね、いっしょに食べないかい? デザートに」
イチゴのフルーツサンド。コンビニで売ってても高すぎて手が出せないアレ。
「た、食べます!」ほぼ脊椎反射でそう答えた。
「ええーっ新田さんすごい! 王子様のお食事に与かれるなんて!」
クラスはざわついている。その王子様とやらはあたしの手をとり、廊下に連れ出し中庭に向かった。
「あの、あんた誰なんです?」王子様に不躾かもしれないがそう訊ねる。
「
五輪寺。しばし考え込んで、
「もしかして、あたしんちにここの入学セット送ってくれた五輪寺さんです?」
と訊ねる。王子様改め高良さんはにこりと笑って頷いた。
「そうだよ。生徒会長をしていて、……二年前、君に助けてもらったときから、ずっと君が好きでたまらなかった。それでここの理事長をしている祖父に頼み込んだんだ」
助ける? あたしがこの人を? ピンと来なくて考え込むと、高良さんは、
「休日に家を抜け出して、買い物にいこうとして、寝過ごして降りる駅を間違えて、道に迷っていたら……やんきー? に絡まれて、財布を盗られそうになって――ああいうのをカツアゲっていうんだっけか? とにかく危ないところを、君が助けてくれたんだ」
あ、覚えてるぞ。見たことない制服の女の子がヤンキーにいじめられてるとこを、ヤンキーをフルボッコにして助けたんだ。そういやあの制服、暗くてよく分からなかったけど、今思うとここの制服だな。この学校、外出するときは制服、って規則だし。
「そのとき君はこれを落としていった。……ハ●ーズ、というのは喫茶店かなにかかい?」
「いえ? 服屋ですけど?」
「え、でも1000円でスタンプ一個ってことはまともな服を何着か買ったらあっという間に埋まってしまうし、埋まったら2000円分の割引券って書いてあるけどそんな小さい額割引してもらっても焼け石に水じゃないか」
ははぁ~ん。こいつ服と言えば一着198000円くらいを考えているな。
「ハ●ーズっていうのはクッソ安い値段で流行ってるっぽい服とか派手な下着を買えるお店です。一着千円とかザラですよ?」
「そ、そんなの縫製は大丈夫なのかい? ……いや。それよりイチゴのフルーツサンドを食べようじゃないか。はいあーん」
なぜかあーんでイチゴのフルーツサンドを食べさせようとしてくるので、フルーツサンドをぱっと取って自分で食べた。うわ、うまいぞこれ。イチゴもスーパーのやつじゃなくて、おそらく桐の箱に入ってひと箱10000円とかするやつだ。クリームも安いホイップじゃなくて本物の生クリームではなかろうか。こんなうまいもの生まれて初めて食べた。
しかし人生でいちばんおいしいものが高校の先輩の弁当って、どういう人生なんだ。
「私の妹にならないか」
「姉なら出戻りの、血のつながってない姉が二人いるんで」よく意味も考えずそう答えて、イチゴのフルーツサンドをもぐもぐする。うまい。
「そういうことじゃないんだ。この学校には『姉妹制度』というものがある。それに沿って、姉と妹の関係にならないか、ということだ」
姉妹制度。マジであるんだ、そういうの……。「超ですわ系」であることは入学してすぐ分かったし、毎朝「ごきげんよう」と言って登校するのが当たり前の学校ではあるが、しかしそんな、ライトノベルの妄想みたいな制度があるとは。
「……高良さんは、生徒会長なんでしたっけ」
「そうだよ。祖父は理事長だ。五輪寺宗二郎といってね、元総理大臣」
ぶふぉ。イチゴサンドを噴きそうになった。あの元総理大臣生きてるんかい。噎せてから、
「高良さんの妹になると、なにかいいことがあるんですか?」
「どうだろうね……まあ、この学校を牛耳るくらいのことはできるんじゃないかな?」
……OH。すごいじゃん、成功したら購買で百円の焼きそばパン置いてもらえるかもしれない。そうしたら忙しい父さんに弁当を作ってもらわないで済む。
ほかにもいろいろ野望が頭の中を渦巻いた。いいじゃん、妹。絶大な権力で成り上がるなんて、夢と希望に満ち溢れている。
「高良さんの、妹になりたいです」
「ハハハ。さしずめ権力に目がくらんだ、ってとこかな。契約成立だ。これをあげよう」
高良さんは首からかけていたロザリオをあたしの首にかけた。ずしりと重い。ちゃちなアクセサリーではなく本物の真珠と銀でできているようだ。
「それは絶対になくしちゃだめだよ。これはれいら君と私の契約だからね」
……家に持って帰ったら確実に姉Aか姉Bにメル●リにぶっこまれます。そう言ったが高良さんはよく分からない顔をしている。しょうがねえな、鍵のかかる引き出しにしまおう。
イチゴサンドを食べたあと、高良さんはあたしの手の甲にキスをした。
なんだかとても、ドキドキした。それは権力への高鳴りでなく、もしかしたら本当に恋の高鳴りだったかもしれない。
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