チェリー

@kanekosinzi

プロローグ

 ここ、旬都は平和な街だ。シンボルの春夏秋冬と呼ばれる塔は街のほとんどの場所から目視することができ、地域住民の思い入れは強い。


 誉れ高く咲く桜が街を明るいピンク色に染める。街の人々の表情も、風景と同様に朗らかなものだ。


 ……しかし、その裏では危険なアイテムが売買されている。下手すると、毒物や薬物よりも危険性の高いもの。


『ロンリーハート』


 それと契約すれば持ち主は異能の力を得ることができる。契約内容はものによって異なり、契約を結び異能力者となったものを契約者と呼ぶ。


 ロンリーハートに特定の形はない。武器やアクセサリー、はたまたアイドルポスターだったりすることもある。


 そんな夢のアイテムの何が危険なのか?


 それは契約を破ぶると持ち主に死が訪れるからだ。


 旬都にはそんな奇々怪々なアイテムがばらまかれており、契約者による犯罪が横行していた……。



『何でも屋は最上階』


 その真上から見ると綺麗な円になっている二階建ての建物の前にはそう書かれた看板が置かれていた。


 何でも屋は建物の二階にあるのだ言いたいのだろうが、二階建てなのに最上階というのは何かが違う気がする。もしかしたら最上階という言葉を使うことでありもしない高級感を演出しているのかもしれない。


『おめでとうございます! 一位はおうし座のあなたです! 特に長い紫髪で、棒付きの飴を咥えているそこのあなた!』

「え?」


 何でも屋の看板を見ていた長い紫髪で棒付きの飴を口に咥えているおうし座の少女、薊丹凜(あざみにりん)は思わず声のほうを見た。


 それは反対側の道沿いにある大きなビルのお腹にくっついたテレビのものだった。どうやら星占いをしているらしい。


『ラッキーアイテムのハートのネックレスを身に着けると幸せが訪れるでしょう!』

「ハートのネックレス、ね」


 テレビの視聴を邪魔するみたいに朝の日差しがビルに当たり眩い光を放つ。丹凜はその光から逃げるように建物に入った。


 この建物の一階は空いていて不気味なまでにガランとしている。怖いのが苦手な人ならば入るのを躊躇してしまうだろう。そういう人に気を配っているのか外から二階に繋がる階段があった。丹凜はそういう人だったのでほっとしながらそこを上がる。


 少し急な階段の先は行き止まりになっていて左側に扉があった。ここが入り口なのだろう。扉の前で深呼吸すると、丹凜は赤いロングスカートのポケットからナイフを取り出した。


『何でも屋の二葉愛(ふたばあい)を人物を殺せ』


 それが今朝、丹凜に届いた命令の内容だった。彼女はこの命令を出した人物に逆らうことはできない。


 丹凜はナイフを後ろに持ち、片手で扉をノックする。


「は~い」


 声と同時に扉が開かれる。


 丹凜を出迎えたのは二十代半ばくらいの金髪の男だった。上も下も黒いだるだるの服に身を包み、右の目じりには縦に縫い傷が入っている。


「あなたが二葉愛さん?」

「そうだけど」

「え?ほんとに?」


 丹凜は愛に疑いの目を向けた。


 二葉愛。そんな可愛らしい名前の人物が、こんなギラギラした男なはずがないと考えたのだろう。


「ああ、そうだよ!」


 愛の乱暴な口調に丹凜は肩をびくつかせた。


「……あー、悪い。気にしてるんだよ。あんま聞かねーでくれ」


 申し訳なさそうに言う愛を、丹凜は虫でも殺すときのような冷たい瞳で見ていた。そして、後ろで構えていたナイフを振り上げようとした。が、彼女の足元がふらつく。


「お、おい! 大丈夫か?」


 自分にナイフを刺そうとしたことなんて知る由もない愛は心配そうにしていた。


「ええ。ちょっと休めば……」


 丹凜は今にも途切れそうな意識をなんとか保ちながら答えつつ、後ろのポケットにナイフを隠した。だが急激に力が抜けていき、バタリと倒れてしまう。


「おい! しっかりしろ!」


 薄れゆく意識の中、丹凜は最後の手段を使う。


「ねぇ、聞いてほしいことがあるんだけど」


「え?何?」


 丹凜の額辺りから不気味なまでに白い人間の手が現れる。しかし愛には何の反応もない。どうやら彼にはその手が見えていないようだった。


 異能を強くする方法は二つ。


 一つは異能を使う際に大事なものを犠牲すること。これは爆発的に異能を強めることができるが、リスクは言うまでもなく大きい。


 もう一つは異能に発動条件をつけること。その条件が契約者にとって面倒なものであればあるほど異能は強まる。


 丹凜の異能の発動条件は『ねぇ、聞いてほしいことがあるんだけど』このセリフに答えること。この僅かな手間が、異能の威力を強めていた。


 手は愛の頭のほうに勢い良く伸びていく。その手にどんな危険があるかわからないが人を殺すための最後の手段だ。きっと恐ろしいものに違いない。


 だが彼に近づいたその手は消えてしまった。徐々に黒くボロボロになっていくその姿はまるで、燃やされているようだった。


「は?」


 あり得ないことが起こったみたいな声を出す丹凜は、そのまま意識を失った。

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