8 僕とあの子の関係

「翔太くん、今日はごちそうさま」


「いやいや。家まで送って行こうか?」


「ううん、大丈夫。じゃあ、またね」


 真由美ちゃんは笑顔で小さく手を振って帰って行った。


 僕はその後ろ姿を見送る。


 途中で、真由美ちゃんが立ち止まって振り向き、また笑顔で手を振ってくれる。


 僕も手を振り返した。


 そして、真由美ちゃんの背中が見えなくなるまで見送った。


 僕は部屋に戻る。


 少し立ち止まった、息を吸いこんだ。


「……さっきまで、僕の部屋に真由美ちゃんがいたんだ」


 改めて感慨深く思いながら、僕はニヤけてしまう。


 そのまま風呂も入らずベッドにダイブして軽くお楽しみだった。




      ◇




 昨日は真由美ちゃんの訪問で興奮してしまい、あまり眠れなかった。


「どした、翔太? 何か寝不足っぽいな」


「まあ、ちょっとね……」


「夜更かしはお肌に悪いぞ~」


「女子かよ」


 そんな風に大樹とくだらない会話をしていた時。


「おはよう、翔太くん」


 澄んだその声に顔を引かれる。


「あっ……真由美ちゃん」


 僕が照れながら呼びかけると、真由美ちゃんはニコっと笑う。


 それから、小さく手を振って自分の席に向かった。


「おい、翔太。一体どういうことだよ?」


「えっ?」


「いつの間に須藤と名前で呼び合う関係になったんだよ」


「いや、まあ、ちょっとね……」


 僕は曖昧にはぐらかす。


 大樹がしつこく聞いてくる。


 そんな僕の姿を、遠くから真由美ちゃんがチラと見ていた。




      ◇




 おたまで鍋をかき混ぜながら、考えごとをしていた。


 このまま行くと、もしかしたら、僕と真由美ちゃんは付き合えたりするんだろうか?


 いやいや、それは調子の乗り過ぎだ。


 真由美ちゃんとはタダ、お姉さんである灯里さんとの一件があって、ちょっとだけ仲良くなった。


 それだけのこと。


 もしかしたら、僕のことが好きかもしれないなんて、勘違いはやめておこう。


「よし、シチューできた」


 僕はコンロの火を止める。


 と、その時。


 ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴った。


「えっ?」


 僕は軽くドキリとしつつ、玄関ドアに向かう。


 ゆっくりと、開いた。


「……こ、こんばんは」


 そこには恥ずかしそうに俯く真由美ちゃんがいた。


 また、私服姿である。


 少し短めのスカートが……か、可愛い。


「ど、どうしたの?」


「……昨日、食べさせてもらった翔太くんのごはんの味が美味しくて、忘れられなくて……また来ちゃった。ごめんね、迷惑だよね」


「そ、そんなことはないけど……」


 僕は真由美ちゃんを頭のてっぺんからつま先までジロジロ見てしまう。


「あ、どうぞ。上がって」


「お邪魔します」


 真由美ちゃんは遠慮がちに入って来た。


「……今日も良い匂いだね」


「あ、シチューなんだ。ホワイトシチューね」


「すごいね。あ、本当にお邪魔しても良いの?」


「うん、どうぞ」


 僕らはお互いにぎこちなく喋りながらリビングに向かう。


 真由美ちゃんに腰を落ち着けてもらった。


「あ、私も手伝うよ」


「大丈夫だよ。真由美ちゃんはリラックスして」


「う、うん。ありがとう」


 真由美ちゃんは黒いショートヘアを指先で梳きながら、まだ赤面をしている。


 正直、その姿がメチャクチャ可愛い。


 ていうか、好きな女子が部屋に居るこの状況がヤバい。


 しかも、一人暮らしの僕の家に……くはっ、頭がおかしくなりそうだ。


「お、お待たせしました」


 僕は近著のあまりかしこまってしまう。


「わぁ、美味しそう」


「どうぞ、召し上がれ」


「いただきます」


 真由美ちゃんの可愛らしいお口が、とろとろのシチューを食べる。


「あつっ……」


「あ、ごめん。大丈夫?」


 僕はサッと水を差し出す。


「ううん、平気。美味しいよ」


「本当に? 良かった」


「毎日、こんなお料理を食べられたら幸せだな……なんてね」


 真由美ちゃんは少し照れたような笑顔で言う。


 か、可愛い。


 可愛い過ぎる。


 ま、まずい。


 憧れの女子と二人きりのこの状況は非常にまずい。


「……真由美ちゃん、ごめん。ちょっとだけ、外の空気を吸って来ても良いかな?」


「え、大丈夫?」


「うん、大丈夫。すぐに戻るから」


 まあ、気休め程度にしかならないだろうけど。


 僕はエプロンを脱いで玄関から出ようとした。


 しかし、ドアノブを掴む前に、ガチャリと開く。


「お邪魔しま~す♡」


 その明るい声と、それから顔を見て、僕はギョッとした。


「あ、灯里さん!?」


 動揺する僕の声に反応して、真由美ちゃんも振り向く。


「お、お姉ちゃん!?」


「あら、真由美。先を越されたわね」


 灯里さんはニコリと笑う。


「あ、灯里さん、何でカギを……」


「え? 合鍵を作ったんだよ?」


「……僕、許可しましたっけ?」


「えへへ♡」


「笑ってごまかすな!」


「やだ、ビンタしちゃう? するなら、おっぱいにして♡」


「こ、このエロ女め……」


 僕はすっかりたじろいでしまう。


 すると、背後でトタトタと音がした。


 ぎゅっと、僕の腕に柔らかいモノが触れた。


 それは灯里さんよりもボリュームでは劣るけど、愛らしい。


「お、お姉ちゃん、あまり翔太くんをからかわないで!」


「ま、真由美ちゃん?」


 僕はテンパって言う。


「へえ、真由美。あなたが男に対してそんな風に積極的になるなんて、珍しいじゃない」


「だ、だって……私は……」


 真由美ちゃんはきゅっと僕の腕を抱き締める。


「……良いわ、じゃあ勝負をしましょう」


「え?」


「あたしと、真由美。姉妹のどちらが翔ちゃんをモノに出来るか……ね」


 戸惑う僕と真由美ちゃんを前に、灯里さんは不敵に微笑んでいた。







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