3 崩壊するモーニング
僕は割と早起きな方だ。
何せ、自分で朝ごはんと弁当を用意しないといけないから。
「……ん?」
ふと目を覚ますと、何やらベッドの中がゴソゴソしていた。
「……灯里さん?」
僕が呼びかけると、ベッドの中央がモコっと膨らむ。
そして、膨らみが僕に迫って来た。
「ニャハッ♡」
灯里さんはニコっと笑う。
「……何をしているんですか?」
「う~ん……朝這い?」
「やめて下さい」
「とか言って、本当は興奮しているくせに♡」
「し、してません」
「だって、翔ちゃんのムスコちゃん、すごく元気だったよ?」
ボッと顔が熱くなると同時に、冷や汗が垂れる。
「何なら、このまま初体験しちゃう?」
「え、遠慮しておきます!」
僕は慌てて起き上がると、灯里さんを遠ざける様にして軽く押した。
「あんっ」
けど、ついその豊かな胸に触れてしまう。
「あっ……」
「ハァ、ハァ……もう、翔ちゃんのエッチ♡」
「……す、すみません。朝から鼻血が出そうなんで、もう勘弁して下さい」
「うふふ」
灯里さんは髪を掻き上げながらニコリと笑う。
「ていうか、ソファでちゃんと寝られました?」
昨晩、僕は一応、灯里さんにベッドを勧めたのだが、自分はソファで良いと断られたのだ。
「大丈夫、ちゃんとベッドで寝たから」
「えっ?」
ニヤリとする灯里さんを見て、また冷や汗を流す。
「も、もしかして、朝だけじゃなくて、ずっとベッドの中で……」
「翔ちゃんって可愛い顔して……ご立派なのね♡」
シュウウウウウウゥ、と口から魂が抜けるようだった。
「も、もしかして、僕が眠っている内に、僕の大事な物を奪ったんですか?」
「うふふ♡」
「こ、答えて下さい!」
「安心して、あたしって童貞が好きだから、そう簡単に奪わないわよ。特に、気に入った子のはね♡」
どうやら、僕の童貞は守られたらしい。
いや、別に守るべきものでもないんだけど。
僕の初めては、須藤だって決めているから……
「おーい、翔ちゃん。お腹空いたんだけど」
「あ、すみません。すぐに朝ごはんを用意するんで」
顔を洗って少しシャキっとした僕は、キッチンで手早く朝食を用意した。
「灯里さん、目玉焼きの黄身の硬さはどれくらいが好みですか?」
「もう、カッチカチに硬いのが好き♡」
何か、いちいち言葉に裏を感じてしまうけど……
「じゃあ、そうします。僕は半熟が好きですけどね」
「トロトロなのが好きなのね♡」
「……なるほど、いつもそんな調子だから妹さんに『セクハラしないで!』って言われるんですね」
「うふふ♡ エッチなお姉ちゃんは嫌いかな?」
「き、嫌いと言うか……困ります」
「やだもう、翔ちゃんってば可愛い~」
「そ、そんなことないですよ」
「ていうか、今の翔ちゃんは無防備だよね~」
灯里さんはニヤニヤしながら僕のそばに寄って来た。
「ちょっ、何をするつもりですか?」
「うふふ、どうされたい?」
灯里さんの笑顔がひたすらに怖い。
しかも、何か指先がメッチャ動いているんですけど!?
「お姉さんのテクを味わって♡」
「や、やめて、灯里さん……うわああああああああああぁ!」
閑話休題。
「もう、翔ちゃんってば、朝から大きな声を出しちゃって。男のくせにみっともないぞ? ちゃんと女の子に大きな声を出させないと」
「一体、何の話をしているんですか?」
僕は白米をかきこみながら苛立って言う。
「あぁ、美味しい。翔ちゃんってお料理が上手なんだね」
「まあ、ずっと一人暮らしで慣れていますから」
「良いお嫁さんになりそうだなぁ」
「僕は男ですよ」
「将来、あたしのお嫁さんにならない? 翔ちゃんがお家で家事をして、あたしがお家でゴロゴロする」
「いや、誰がお金を稼ぐんですか?」
「しょうがない、あたしがユーチューバーにでもなるか」
「マジで人生オワタ」
閑話休題。
「そうだ、灯里さん。朝食を済ませたら、僕と一緒に出ましょうね」
「え、駆け落ち? もう、朝から大胆ね♡」
「バカか、あんたは。僕は学校に行って、灯里さんはお家に帰るんです」
「え~、面倒だなぁ~」
「僕の方が面倒ですよ。もう何でこんな厄介なお姉さんを拾ってしまったんだろうって、後悔しています」
「何でそんなこと言うの~? ほら、おっぱい見せてあげるから!」
灯里さんは食卓に身を乗り出し、胸元をチラチラと見せて来る。
「ちょっと、食事中にお行儀が悪いですよ!」
「とか言って、本当は興奮しているくせに♡」
「し、してませんよ」
「翔ちゃん、あたしのおっぱいチラ見しすぎ♡」
「み、見てませんて……」
嘘です、結構チラ見しちゃってます。
だって、めっちゃエロいんだもん!
「と、とにかく! いつまでもここに置いておく訳にはいかないんです。もし、僕の親にバレたら大変ですよ」
「そうね、その時は……『お義父さん、お義母さん、翔ちゃんをお嫁に下さい』って言うから♡」
「絶対にやめろよ」
「うふ♡」
あくまでもふざけた態度の灯里さんに対して、僕は軽くプチっと切れる。
「よーし、もう怒ったぞぉ」
僕は醤油を手にとると、灯里さんの目玉焼きにドバッとかけた。
「うわーん! 何てことするの~!?」
「年下のいたいけな僕をからかいまくった罰ですよ。ほらほら、醤油をぶっかけられまくってすごくしょっぱくなった目玉焼きを食べて下さいよ?」
「うぅ~、こんなにぶっかけられて……」
パクッ。
「しょ、しょっぱ~い!」
「フハハハハ、良い気味だ!」
「くぅ~……年下の男の子に逆襲されて、お姉さんもう……おかしくなっちゃう~!」
「あっ、灯里さん」
「えっ、どうした? 今、軽く昇っていた最中なんだけど」
「アホか。いや、僕もですけど朝からちょっと声が大きすぎるんで。お隣さんの迷惑にならないように……」
「あぁ~ん! もう翔ちゃんが朝から激しくて、灯里お姉ちゃん……おかしくなっちゃうううううううううううぅ!」
ブチッ。
「ふざけんなこのクソエロビッチ
ベシッ。
「あぁ~ん♡」
閑話休題。
「はぁ、はぁ……と、とにかく、もう出て行って下さいね」
「そ、そんな……こんな風にあたしをメチャクチャにしておいて?」
「ぼ、僕だってメチャクチャにされましたよ」
「うふふ♡ あたし達って相性が良いのかも。付き合う?」
「お断りです。僕には好きな子がいるんで。正直、彼女と灯里さんは正反対のタイプですから。灯里さんは好みじゃありません」
「ガーン! もう、何よ何よ~! 年下のくせに生意気だぞ~!」
また灯里さんは子供みたいに騒ぐ。
僕はため息を吐いた。
「灯里さん、こんなことあまり言いたくないですけど。場合によっては警察を呼びますよ? ほら、灯里さんのご家族も心配しているだろうし、もう僕の手には負えないですから」
そう言うと、灯里さんがパッと声を潜めた。
「……ぐす。あたしのこと、嫌い?」
ふいに、涙目で見つめられて、ドキリとしてしまう。
「い、いや、別に嫌いってことは……」
「あたしは翔ちゃんのこと好きだよ。まだ出会ったばかりだけど、何か運命を感じちゃう」
「う、運命って、そんな……」
「お願い、翔ちゃん。もう少しだけここに置いて?」
それまで終始ふざけていた灯里さんが、まるで生まれたての小鹿のようにプルプルと震えながら言う。
年上のきれいなお姉さんのそんな姿を見たら、僕もそこまで鬼になれない。
「……分かりました。じゃあ、もう少しだけですよ?」
「本当に? やった~、翔ちゃん大好きぃ!」
灯里さんが僕に抱き付いて来る。
「ちょっ、いきなり……」
ふにゅっ。
「む、胸が当たっています」
「良いよ、翔ちゃんなら。あたしのおっぱい好きにして?」
「え、遠慮しておきます」
「え~、もしかして、小さい方が好み?」
「た、確かに、彼女の胸はそれほど大きくは……って、何を言わせるんですか!」
「え~、翔ちゃんが勝手に言ったんじゃ~ん」
「ぐっ」
クソ、僕の穏やかな朝のルーティーンがすっかり崩壊してしまった。
このメチャクチャ綺麗だけど、メチャクチャ厄介な年上の美女。
灯里さんのせいで。
「ちなみに、あたしの胸のカップ数は……ゴニョゴニョ」
「……デカ~」
もう、おかしくなりそうです。
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