第4話
「そろそろ良いか?」
「ああ……、多分」
現実逃避。
というか、事の流れを思い返した俺にタイミングよくおっさんが声を掛けて来た。やっぱり全裸だ。
「悪いんだけどよ、この鉄のやつ開けてくれねえか」
「わ、分かった」
深夜に側溝に全裸のおっさんが居る。
言葉にすると恐怖が増してくる気がする。しかもおっさんは人形サイズときたもんだ。
それでも頼まれてしまえば身体が動いてしまう。
自分事ながらに俺はこのままで良いのかと思ってしまうが、動いてしまったのだから仕方ないのかもしれない。
「よっこら……しょ! いやぁ、助かったぜ!!」
おっさんが側溝から這い上がってきた。
どうしよう。逃げるならここが最後のチャンスな気もするんだけど。
「気付いたらこの側溝の中に居てよ。いくら歩いても鉄格子が覆っているわ、鼠とか虫とかが襲ってくるわで怖くてよ」
「はァ……」
確かにこのおっさんからすれば鼠だってライオンみたいなものだろう。あの固い歯で噛まれたら簡単に殺されてしまいかねない。
「お前が居てくれなかったら明日のお天道様を拝むことなくお陀仏ってわけだわ。感謝するぜ!」
「いえ、別に……。あの、じゃあ、その、そろそろ……」
「お。それもそうだな! じゃあ!」
怒られないようにグレーチングを元に戻す。
急いで帰って熱いシャワーを浴びて……、一本だけ酒を飲んですべて忘れて寝てしまおう。大丈夫だ。明日になれば忙しすぎる毎日で考えることなんて出来ないなれるんだから。
「行こうかッ」
「え?」
「ん?」
どうしておっさんが首をかしげるんだろう。おっさんがしても可愛くもなんともない。ただ怖いだけだ。もう、本当に色々と。
「どこに、ですか……?」
どうにも嫌な予感しかしないのだが、それでも言わざるを得ないだろう。言わないと、本当にまずい気がする。
「どこにってそりゃ、お前の家に決まってんじゃねえか」
服装はスーツに革靴、手にしている鞄には大したものは入っていない。走りにくいけれど走れない服装じゃない。
「安心しろよ」
周囲に人が居る気配はしない。
つまり助けを求めても意味がないと言うことだ。そもそもだからこそ俺に声がかけられたのだろうけど。
「恩には報いるタイプだからよ」
重心を後ろに傾ける。これでも、小さい頃は運動が得意だったんだ。事故に遭ってぱったり止めてしまったけれど。
「ワシが必ずお前を幸せにしてやるからよ!」
十数年ぶりに俺は全力で走り出した。
※※※
――バタンッ
「はァ! はァ……ッ!!」
心臓がバクバクと破裂しそうだった。
そもそも走ることさえ最近ではなくなっていた。それも、長距離を走るなんてあり得なかった。長距離と言っても500mくらいだったけど。
走れるものなんだな。人間は……。やっぱり恐怖心こそがなによりの原動力なのかもしれない。
閉じた扉に背を預け、ずるずると崩れ落ちていく。
もう身体が動きそうにない。呼吸をするだけでもつらいのだ。
忘れよう。
今日見たものを。聞いたものを。話したものを。
俺は何も見ていないし、聞いていないし、話していない。
いつも通り終電まで働いて、ぼろぼろになって家に帰ってきただけだ。意味もなく、年甲斐もなく走って帰ってきた。ただ、それだけなんだ。
「いきなり走り出すと身体に悪いぞ?」
「ぎゃァァアアアア!!」
ズボンの裾に捕まっていたおっさんと目が合って……。
そこで俺の記憶は途切れてしまっていた。
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