第246話 仲良し


「さーて、楽しい楽しい親睦会の時間は終わりだカス共。集まりやがれ」


 それぞれ纏まりなく話し合う者たちを眺めていたアリスが、一度ガラの悪い笑みを浮かべると全員に聞こえる声を張り上げる。

 選出された六人と『六重奏セクステット』の全員が、それぞれアリスの言葉に不満げな表情を浮かべたり、思い思いの反応を示しながらも集まり向かい合うように一列に並んだ。


「解放」


 そして、アリスは『私の箱庭マイガーデン』の縛りから『六重奏セクステット』の全員を解き放った。


 現在、『私の箱庭』の所持者はアリスだ。友剣の国から脱し、目を覚ましたアリスはまずエイミーからその所有権を自身へと移させ、中の魂たちにこう言ったのだ。


 ――てめぇらも、腸煮えくり返ってんだろ?


 『魔王』に敗北を喫しノイルを奪われた。当然『六重奏』の全員が、心中穏やかであるわけがない。アリスとしても、『六重奏』という強力な戦力を腐らせておく手などありえなかった。故に、アリスはまず全員の仮の器を創り上げ会話を可能にし、『六重奏』と話し合った。


 そして、今に至る。


 アリス自身は元々のマナの少なさ、身体能力の低さもあり、例え一人だけと言えども『六重奏』の魂をその身に宿すことはできず、力を借りられないが――


「死ぬ気で慣れろよ雑魚共」


 この六人ならば『六重奏』の力を引き出し、何倍にも高める事ができるだろう。ただでさえ『魔王』に対してこちらの戦力は遥かに劣っているはずだ。ノイルが内部から抑えているとはいえ、ミツキ・メイゲツと比べても明らかに力の規模が違う。


 少なくとも、自分と同等・・・・・くらいには強くなってもらわないと困る。


 アリスはこの戦いで、全ての戦闘用魔導具を使い切る腹積もりであった。

 後の事は考慮しない正真正銘の全力だ。

 その為に目覚めてからは殆ど最低限の休息しか取らず、ひたすらに準備を整えた。

 故に体調は万全とはいかないが、その辺りは気合でどうとでもなるし、それを差し引いても十全に魔導具を用意したアリスは世界一の実力者だ。

 それは驕りなどではなく、実際に今の彼女に比肩する者など、数える程も居ないだろう。


 そんな自分と、対等に戦える程度にはこの六人の力をアリスは引き上げたかった。

 なんなら超えても構わない。いや、その方が都合が良い。


 ノイルを救い出すためならば、他の者が自分より優れようが構わないのだ。

 彼のためならば、安いプライドなど捨てられる。


 当然アリスは疑う事なくそう思っている。

 しかし、この戦いにおいては一時的にでも自身が世界一でなくなってもよかった――ノイルを救えるのならば。


 アリスの声と共に、『六重奏』の身体が一度淡い光を放つと、光の粒子になり消失しはじめる。マナを使い切ったのだ。


 同時に、六色の魂たちがその場に浮かび上がり――それぞれがフィオナ、ミーナ、エイミー、ノエル、シアラ、テセアの中に入り込んだ。


「う⋯⋯」


「うわ、ちょっとこれ⋯⋯」


 テセアとエイミーが苦しげに顔を歪めその場に蹲る。


「⋯⋯うん、うん⋯⋯大丈夫、驚いたけど動けるよ」


 しばし眉を歪めていたテセアは、ゆっくりと頷くとふらつきながら立ち上がった。とはいえ、やはり相応に負担はあるのか、表情は優れない。しかし、彼女ならば多少動きが鈍ろうが『魔王』の元に辿り着くまでに、落ち着きはするだろう。

 そして、テセアは能力から考えても自身が激しく動く必要はなく、守護者の力があれば身は守る事ができる。多少の身体能力の低下は許容範囲だ。


「えぇ⋯⋯私、立ち上がれも⋯⋯しないかも⋯⋯」


 エイミーが蹲ったままテセアを見て、ぽつりとそう漏らした。


「てめぇは別にいい。文字だけ書けるようにしとけ」


「は、はいぃ⋯⋯!」


 アリスの言葉に、エイミーは辛そうに頷く。彼女も自身の役目は承知している。やるべき仕事はこなすだろう。


 さて⋯⋯がっかりさせんなよ?


 そう思いながら、アリスは残る四人に目を向けた。


「なるほど⋯⋯」


 静かに瞳を閉じて胸に手を当てていたフィオナが、一つ頷いて目を開ける。


「問題ありません」


 力強い言葉にアリスは口の端を吊り上げた。

 元々フィオナのマナコントロールは優れていた。風の魔法をそれこそ精霊に匹敵する程に自在に使いこなしていたのだから、一人分の乱れなど問題にしないだろう。


「ちっ⋯⋯少し調整するわ」


「うん、一時間くらいあればなんとかなりそう」


「一時間⋯⋯?」


 フィオナを見て舌打ちしたミーナは、更にそう言ったノエルを見て一瞬訝しげな、驚いたような表情を浮かべた。


「何?」


「いや⋯⋯何でもないわよ」


 笑顔でノエルに問われたミーナは一度悔しげに眉を歪め、ゆっくりと首を横に振る。その程度の時間で充分だと言ってのけたノエルに、軽い劣等感を覚えたのだろう。


 まあ、獣人はマナの扱いが上手くはねぇからな。


 アリスはそう思いながら顎に手を当てているミーナを見る。半獣人ハーフとはいえ、彼女もマナコントロールが得意ではない事くらい、アリスにはわかっていた。

 だからこそミーナは下手に魔装マギスを発現させず、一つを使いこなそうとしているのだ。それでも充分な強さではあり、得手不得手に関してはどうしようもない部分だが、今はより上の段階に至ってもらわなければ困る。


 ギリギリまで時間を使えばいい。てめぇなら出来るだろクソ猫。


 口には出さず、アリスは心の中でミーナへとそう言った。元より心配などしていない。この女ならば、間違いなく仕上げてくるだろう。獣人の血が流れているのならば回復も早く、ソフィも居る。たっぷりと猶予があるわけではないが、ミーナならば問題はない。


「出来ないの?」


「うっさいわね!」


 それよりも僥倖だったのは、今ミーナを煽っているノエルが余裕の表情を浮かべている事だ。

 当然才能もあるだろうが、ミリスから指導を受けていたのが良かったのだろう。周りに追いつこうとする執念が、ノエルのマナコントロール技術を想定以上に高めていたのは幸いだった。


 残りは――


「うぶ⋯⋯ゔおぉえぇぇぇぇぇぇ⋯⋯」


 いつの間にか蹲って吐いているシアラである。


「それは負荷からきたものじゃねぇよな」


 すっと薄目になったアリスは、心底呆れながらシアラに声をかける。テセアも今は彼女に構っている余裕はないらしい。


「せいしん、てきな⋯⋯もうおぇぇぇぇぇぇ⋯⋯」


「戦ってる時に吐くなよ」


 元より心配はしていなかったが、シアラは肉体的には何の問題も感じてはいないらしい。吐いてはいるが、フィオナ並みに余裕はありそうだ。別の意味で慣れるまで時間はかかりそうだが。


 とりあえず、上手くいきそうだと確認したアリスは、大きな音を立てて手を叩いた。


「聞こえるか? クソ魂共。《六重奏》を発動させろ」


 その声と共に、六人が表情を変えた。フィオナとノエルはピクリと眉を動かし、ミーナは更に顔を顰める。エイミーはその場に倒れ、テセアが再び蹲り、シアラは嘔吐していた。


「あの⋯⋯マナが⋯⋯」


 倒れ込んだエイミーが顔を上げないまま、小さな声を漏らす。


「安心しろや。マナボトルは腐る程積んである。ノイルみてぇにガブ飲みしながら戦え」


 やはり六人で分け合うとはいえ、更に負担は増えるのだろう。特にマナの減少は到底無視できないものらしい。とはいえ、それはノイルがやっていたようにマナボトルを飲み続ければ問題はない。


「こちらの負担を増やしても構いませんよ」


 唯一フィオナが涼しい顔でそう言うと、一丁の短銃のみを発現させた。二、三度手の中でそれを回し、フィオナは誰も居ない方へと構える。

 銀色の短銃には、ストロベリーブロンドの紋様が全体に表れていた。


「少し試します」


「ああ、さっさとやれや」


 アリスは腕を組みガラの悪い笑みを浮かべて頷く。皆がフィオナに注目する中、一発の魔弾が静かに放たれた。


 それは、平原の離れた位置に着弾すると同時に豪炎を巻き上げ、アリスたちの元にまで激しい熱風を運ぶ。炎が収まる頃には、平原の広範囲が焼け焦がされていた。


「おいおい⋯⋯」


 《六重奏》の力を加えた魔弾を見て、愕然としたような声を上げたのはレットだった。


「俺の、《大砲炎キャノンフレイム》並みに威力があんぞ⋯⋯」


 その声を聞いたアリスは、口の端を吊り上げる。


「使いこなせそうか?」


「ええ⋯⋯大体はわかりました」


 そう言ったフィオナの目からは涙が零れ落ちる。機嫌よく彼女を見ていたアリスは、怪訝に思い片眉を吊り上げた。


「んだよ、何か問題か?」


 アリスが問いかけると、フィオナはゆっくりと首を横に振る。


「いえ⋯⋯問題はありません。ただ、一人だけでもこれ程不快極まりないというのに、先輩は常にこの不快さを六人分も抱え、身体を汚されていたと思うと⋯⋯く⋯⋯」


「⋯⋯⋯⋯それには、どうい、すうげぇぇぇ⋯⋯」


 気持ちはわからなくもないが、どうしようもないフィオナとシアラに、アリスは目を細めるのだった。







「アリス」


「あん?」


 『六重奏』を宿した六人が、それぞれ身体を慣らしているのを遠巻きに眺めていたアリスは、背後からかけられた声に首だけを振り返らせる。


「ソフィがキミの身体を診せてほしいそうだ」


 そこには、エルシャンとソフィが並んで立っていた。アリスは一度眉根を寄せると視線を前に戻す。


「好きにしろや」


「はい、好きにさせていただきます」


 アリスは鼻を鳴らしてその場にどかりと腰を下ろし、ソフィがそう言って頭を下げる。


「強がるね、本当は立っているのもやっとの状態なんだろう?」


 エルシャンが一度肩を竦めると、アリスの隣に片膝を立てて腰を下ろした。ソフィがアリスの背後にかがみ込み、両手を彼女の背に当てる。


 あぐらをかいて頬杖をついたアリスは、エルシャンを横目で見ると再度鼻を鳴らした。


「ハッ、心も身体も鍛え方が違ぇんだよ。勝手に落ち込んでやがったてめぇとアタシじゃな」


「⋯⋯そうかもしれないね」


「キメェんだよボケが。しっかりしろや、今は猫の手も借りたい状況なんだよ」


 その言葉に、エルシャンはくすくすと笑う。


「ああその通りだ。実際、ボクも猫の手を借りて立ち上がれたよ」


「殴られでもしたか?」


「思い切りね」


「ざまぁ」


 ふっと、アリスも微かに笑みを零してそう言った。エルシャンがそんな彼女の頬杖をついている右腕へと視線を向ける。


「右腕を――捨てたのかい?」


「捨てたわけじゃねぇ。より美しいアリスちゃんになっただけだ」


 エルシャンの問いに、アリスは何でもないかのように答える。


「リハビリを重ねりゃまともになっただろうが、んな時間はなかったしな」


 アリスの右腕は――今やノイルと同じように魔導具の義手となっていた。『銀碧神装』の失敗作による反動は大きく、ノイルの《英雄ヒーロー》により傷は癒えたが、直ぐには元のように動かなかったのだ。

 故に、アリスは自ら右腕を義手へと変える決断をした。一切の逡巡なく。


「アリスちゃんはか弱い乙女だ。あのクソ猫みてぇな野生の耐久力も回復力もねぇ。だがその分、可憐さと美しさと優しさと包容力と愛らしさとセンスの良さと頭の良さ、その他諸々全部優れてて、世界一の魔導具の技術がある。それを使ってニューパーフェクトアリスちゃんになっただけの事だ」


「⋯⋯⋯⋯そうか、強いね、キミは」


「ああ、てめぇ如きの何千倍もな」


 アリスは得意げに左手を軽く上げると、エルシャンへと視線を向ける。


「だからアタシのクソダーリンを救ける足を引っ張りやがったら、ぶち殺すぞ」


「心配しなくていい。ボクはボクの夫の為に全てを懸ける。もう迷いはない。今のボクは、キミの何千倍も強い」


 エルシャンがふっと微笑み、アリスはガラの悪い笑みを浮かべて、二人は一度向き合った。

 そして、お互いにどちらからともなく視線を外し、再び前を向く。


「⋯⋯ボクはね、アリス。ノイルと関わる前は、キミを友だと思い尊敬していたんだ」


「あースカした態度で勝手にな。そういうとこがムカついてたんだよボケ」


「今も、尊敬しているよ。ボクとノイルの幸福に満ちた未来の為に、尽くしてくれるキミの事を。もう友とは思っていないけどね」


「気色わりぃからやめろボケ。アタシはアタシのクソダーリンの為に動いてんだ。ゲロカスのてめぇがアタシとクソダーリンの為に死ね」


「この戦いが終わったら、結婚式にキミを招待するよ。特別な席を用意すると約束しよう」


「じゃあアタシはてめぇの墓にクソダーリンと一緒に花でも添えてやるぜ」


 一頻り言葉を交わし、アリスが舌を出しながら中指を立てると、二人は口を閉ざした。しばしの間、無言で互いに前だけを見つめ続ける。


 そして――


「おいクソガキ、アタシの背中に無言で仲良しって書くんじゃねぇぶち殺すぞ」


 アリスは前を向いたまま、顔を顰めてそう言うのだった。

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