第244話 総力戦


 なんでも屋『白の道標ホワイトロード』。

 その店先には錚々たる顔ぶれが集結していた。


 『精霊の風スピリットウィンド』、『双竜』、元『曲芸団サーカス』、そして、『白の道標』で日々を過ごす者たち。

 雨季のイーリスト上空には相変わらず鉛色の雲が立ち込めているが、先程まで降り続いていた小雨は今は一時的に降り止んでいる。


 年齢も、性格も、性別も、関係性すらもバラバラで、普段は殺し合いに発展しそうな程にいがみ合っている者たちも多いが、ここに集まった全員の目的はたった一つ――ノイル・アーレンスを救い出す事だ。

 それだけが、全員の共通の望みであり、それだけが一致していれば充分だった。


 この国家級の戦力に匹敵するどころか容易に上回るであろうメンバーの輪に、エイミー・フリアンは場違い感を覚えながらも加わっていた。


 エイミーは《夢物語ハピネスストーリー》を除けば、一般人と殆ど変わらない。特別な技能があるわけでもなく、戦闘経験は皆無であり、訓練を積んだ事も当然なかった。

 しかしそれでも彼女がこのメンバーに加わる事ができているのは、やはり《夢物語》が破格の性能を秘めているからだ。

 友剣の国ではその力を使いノイルを救けた実績もある。


 皆に認められたわけではないだろうが、誰も彼女も同行する事に文句は言わなかった。


 エイミーはこの場に集まった者たちの鬼気迫る気迫に圧倒されないよう、《夢物語》を胸に抱き背筋を伸ばす。


 友剣の国で、確かに彼女はノイルを救った。


 しかしエイミー自身は、そう感じてはいない。

 むしろ、あの場でまともに動く事ができたのは自分だけだったというのに、『魔王』がノイルに乗り移るのを何もできずに見ている事しかできなかった自分が、許せなかった。


 逃げろと言われて、逃げる事しかできなかった自分が、あまりにも情けなかった。


 イーリストへと逃げ帰ってから、エイミーのあの場での決断に誰も文句は言わず、エイミー自身もああする以外に選択肢はなかったと理解している。


 けれど、どうしてもあの瞬間が頭から離れない。

 『魔王』に抗い、苦痛に顔を歪めながらも安心させるように笑みを浮かべていた顔が、絞り出した声が、闇に呑まれていく一人取り残された彼の姿が、じっとしていると蘇ってくる。


 エイミーはぐっと口元を引き結び、ぎゅっと《夢物語》を抱きしめる。


 ――待っててくださいノイルさん。


 全員の回復と準備、勇者の剣の中の二人が目覚めるまでに、五日がかかった。もうこれ以上彼が苦しむ時間は必要ない。


 非力な事は理解している。

 何もできないのかもしれない。


 それでも、エイミー・フリアンは二度と逃げない。


 これは歴史に残る戦いだ。

 ノイル・アーレンスは英雄だ。


 しかしそんな考えは今のエイミーの頭にはなかった。


 彼女にとってこれは、ただ一人の人を救うための戦いだ。


 エイミーは彼だけを見つめて戦う。ノイル・アーレンスを、真っ直ぐに。


「あいつは、本当に果報者だぜ」


 ふと、ノイルの父――グレイ・アーレンスが軽い口調で紫煙を吐き出しながらそう言った。

 張り詰めていた空気が僅かに弛緩し、皆が彼へと視線を向ける。


「これなら何の心配もいらねぇな」


「うん、だから、父さんはもう歳だし、弱いから、大人しく待っててもいい」


「泣くぞおい」


 にかっと笑みを浮かべたグレイに、シアラが気遣っているのか馬鹿にしているのか微妙なラインの言葉をかけ、彼は真顔になる。二人のやり取りに、更に空気は緩やかなものになった。

 エイミーも、《夢物語》を抱く腕を緩める。入りすぎていた肩の力が、自然に抜けた。


「あー⋯⋯まあもう何も言い返せなくなっちまったが、大丈夫だシアラ」


 ぐしぐしと、グレイはシアラの頭を撫でる。


「気安く触らないで」


「シアラ、お父さんでしょ? ね?」


 ペシッと手を払いのけられ辛辣な事を言われたグレイは泣きそうな表情を浮かべ、慌てたようにテセアがシアラを嗜めた。


「父さんは臭い」


「鋭利すぎるよその言葉のナイフ。お父さん死んじゃうから」


 テセアがそう言いながら強引にシアラの口を両手で塞いだ。しかし時既に遅く、グレイはその場に膝から崩れ落ち蹲っていた。


「ノイルに八つ当たりしてやる!」


 そのままの体勢で子供のような事を一度叫んだグレイは、膝をぱんぱんと叩きながらケロリとした表情で立ち上がる。


「冗談はこのくらいにして」


「ほぉうふぁんふぁふぁい」


 口を押さえられたシアラが何か言ったが、グレイは聞こえなかったように言葉を続けた。


「まあ大丈夫だシアラ。俺も、俺たちにも意地ってもんがある。もう無様は晒さねぇ。な?」


「ああ」


「はい」


 グレイがそれまでとは打って変わって真剣な表情で紫煙を吐きながら声をかけると、ナクリとミントが力強く頷き――店の壁に背を預けて腕を組んでいたネレスが、ゆっくりと身体を起こす。


「あの子を取り戻す」


 全身から静かに気迫を迸らせ、ネレスはそう呟いた。

 グレイが微かな笑みを浮かべ、店の扉前に立っているミリスへと顔を向ける。


「んで、ミリスちゃん。アイツはどんな感じだ?」


「変わらず、我を待っておる」


 ミリスは自身の左手を持ち上げ、そこから真っ直ぐに彼方へと伸びる純白の光の筋を見ながら答えた。

 それがノイルの新たな魔装マギスである事は、テセアの《解析アナライズ》で調べるまでもなくミリスの口から伝えられており、彼を救う為の希望だという事は皆が既に知っている。


「ちょっと待ってください。待っているのは別にミリスさんだけではないでしょう。調子に乗らないでください」


 フィオナが挙手し、至極真面目な顔でそんな事を言った。


「そうだね。そこははっきりとさせておいた方がいい。ノイルは咄嗟に、目に入ったキミを選ぶしかなかったと推測するのが自然だ。つまり、本来ならその光はボクに繋がっていたという事になる」


 フィオナに追随するように、堂々と腕を組んでエルシャンが一歩前に出る。つまりの後が何処にも繋がっていないとエイミーは思ったが、口に出すのは止めておいた。


「つまりの後が何処にも繋がってないわよ」


 しかしミーナが心底呆れたように口にした。


「どういう事かな、ど⋯⋯ミーナ?」


 エルシャンがミーナへと視線を向ける。一応は、彼女の両親の前で泥棒猫というのは控えたようだ。

 しかし当の二人は並んで顎に手を当てて、同じ姿勢で観察するようにミーナとエルシャンを見ているだけで、特に気にした様子もない。


「それを聞きたいのはこっちよ。復活したかと思ったらイカれたままだったわね」


「あまり意味のわからない事を言われると、キミと友人で居られる気がしなくなるね」


「ふむ、どうでもよいがこれは我とノイルの繋がりじゃぞ」


「ちょっと待ってください。私は調子に乗るなと言ったはずです」


 拗れてきた。

 喧々諤々と言い合い始めた四人を見て、エイミーはそう思った。

 見れば、ナクリを除いた男性組は逃げたのかいつの間にか少し離れた位置で輪になっている。ネレスは再び静かに壁に背を預けていた。シアラは何か言っているが、相変わらずテセアにより口を塞がれいるため、何を言っているのかはわからない。ネアとラキ、竜人の二人は物言わず立っており、ソフィは何故か、ミーナの両親の隣に並び、同じように顎に手を当てていた。


 緊張感が霧散してしまったとエイミーは思った。

 全員、思いの外無駄に力が入っていない。


 おそらくはここに集う前に、後悔も、怒りも、悔しさも、焦りも、恐怖も、屈辱も、哀しみも、皆全てを無理矢理にでも呑み込んだのだろう――ノイルを救い出すために。


 万に一つも失敗をしない為に、皆は努めて冷静に、集中し、心を燃やしているのだ。

 そして、そこには同時にノイルへの絶対の信頼がある。


 だからこそ、気負わずいつでも自身の全てを引き出せる状態で居られるのだ。


 この上ない程の危機にノイルが陥っているからこそ、皆は自然体であった。


 これは、嵐の前の静けさだと、エイミーは思う。いや静かではないが、『魔王』と対面したその時、皆は限界を超えて力を奮うだろう。

 

 自分も、少し逸る気持ちを落ち着けなければならない。


 そう考えたエイミーは、瞳を閉じ小さく深呼吸を――


「ね」


「ひあっ」


 しようとした瞬間、突然肩に手を置かれ、エイミーはびくりと身を震わせて目を見開いた。


 恐る恐る振り返れば、そこには笑顔のノエルが立っており、エイミーも引きつった笑みを浮かべる。


「な、なんです――」


「ノイルの事、好き?」


「え、あ、え⋯⋯その⋯⋯」


 いきなりそんな事を問われ、エイミーはしどろもどろになる。しかし、ノエルは手を離さない。仕方なく、嫌な予感しかしないがエイミーは頷いた。


「⋯⋯⋯⋯はい」


「ふーん⋯⋯⋯⋯やっぱりこうなるよね⋯⋯もう、ノイルは本当仕方ないなぁ」


 ノエルは、どこまでも笑顔だった。


「な、何なんですか。そりゃ確かに、調子のいい話だと自分でも思いますけど⋯⋯でも⋯⋯」


「いやほら、ね? 確認はしておかないとと思って。今後のために」


 自分の肩に置かれたノエルの手には、それ程力が入っているようには思えない。だが、驚く程にその手は離れてはくれなかった。

 エイミーの背中には冷や汗が流れ落ちる。今までも充分に嫌われている自覚はあったが、今、改めて本気で彼女に敵と認識された気がしていた。


「か、確認して、何を⋯⋯」


「雑草って、根がしっかり張る前のほうが――」


 言葉の途中で、ノエルは空を見上げエイミーの肩から手をようやく離す。しかし、エイミーは気が気でなかった。


「な、何を言いかけ――」


 問おうとして、エイミーは突如吹いた強い風に髪を抑える。

 そのまま慌ててノエルと同じように空を見上げてみれば、そこには一隻の飛空艇――『大翼の王宮スカイパレス』の姿があった。


 ノエルはエイミーへと視線を戻し、ニコリと微笑む。


「話はまた今度、ね?」


 元々そう感じていたが、エイミーは更に彼女の事が苦手になった。

 






「まずは雑魚共に朗報がある」


 『大翼の王宮』に乗り込んだ一行に、操舵室で舵輪を握りながらアリスは開口一番にそう言った。


 周りでは『紺碧の人形アジュールドール』のメンバーが忙しなく働いている中、アリスは皆の方を振り返りもせず言葉を続ける。


「話せるように改めてガワだけ創って正解だったぜ。クソ魂達も協力できるらしい」


 しかし、エイミーの――いや、皆の目を奪っているのは彼女ではなく、その隣に並んだ六人の男女だった。


 その中の一人――夕陽色の髪の、女性にも綺麗な少年にも見える人物が、一歩前に歩み出る。


「そういう事だ」


 澄んだ、高くも低くもあるような声を夕陽色の髪の人物は発した。


「自分たちの内一人が、相性を考え君たちの中にそれぞれ入り、パスを繋いで力を高める。かつてはそうしていたようにね」


 他の五人も一歩前に出て、六人の男女――『六重奏セクステット』が、全員並んだ。


「一人分の負担は相応のマナさえあればそこまで大きくはないだろう。とはいえ『魔王』の元に辿り着く前に慣れてもらう必要がある。早く始めよう」


 そして、夕陽色の髪の人物――変革者はそう言うのだった。

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