第206話 『愚者の指輪』


「⋯⋯すまないノイル。大変だとは思うけど、話を続けてもいいかな?」


「というより、一旦このイカれた女を海に沈めてきた方がいいんじゃないかしら」


 一旦海に沈めたら人って死んじゃうよ癒し手さん。いや、この世界だとどうなるのかはわからないけども。


 僕を気遣うように声をかけてきた変革者に続いて、癒し手さんが拘束されている魔法士ちゃんを心底冷めたような目で見ながらそう言った。


「いいんじゃねぇか?」


 馬車さん?

 妹、その子妹。

 妹じゃなくてもダメだけどさ、その子妹。


「そ、それはいくらなんでもやりすぎでしょ⋯⋯」


 狩人ちゃんがおずおずと小さな声で二人を止めに入った。癒し手さんがにこりと微笑む。


「あら、狩人ちゃんはいつも散々な目に遭わされているのに相変わらず優しいのね。さっきも砂に埋められたのに」


「か、顔までは埋められてないから! その⋯⋯やるにしても顔だけは出しててあげてよぉ⋯⋯」


 僕は涙目の狩人ちゃんを見て、彼女にはずっとこのままでいて欲しい、そう思った。本人はクールな大人になりたいようだが、このままの狩人ちゃんが一番だと思う。


『⋯⋯⋯⋯⋯⋯』


 ほら魔法士ちゃんも流石に何も言わない。穢れのない魂というものは世界を救うのだ。


 無性に狩人ちゃんの頭を撫でたくなったが、そこはぐっと堪えた。今そんなことをしたら余計に拗れる。


「はぁ⋯⋯しゃーねぇ、とりあえず埋めとくだけにすっか。ノイル、スコップ」


「出さないよ⋯⋯」


 馬車さんはまるで妥協案かのように頭をかきながらそう言うけど、出さないからね?


 馬車さんはたまにそういうことするから、兄妹仲が悪くなるんだよ? まあ本気で仲が悪いわけではないけどさ。


『お兄ちゃんは今度殺そ』


 ほら魔法士ちゃんも殺意を剥き出しにした。


「馬車、君はそういうところが魔法士の反感を⋯⋯いや、そんなことより今はとにかく『魔王』の話に戻そう」


 頭痛を堪えるかのように額に手を当てて頭を振りながら、変革者が疲れたような声を発する。僕は今度肩でも揉んであげようと思った。


「『魔王』は⋯⋯そうだね⋯⋯なんだったかな⋯⋯」


「お前は少し休め変革者。俺が代わりに話そう」


 眉間を揉みほぐしながらぽつぽつと呟いていた変革者に代わり、仕方なさそうに一つ息を吐いた守護者さんが、低く響きのある声で皆を見回しながらそう言った。


 『六重奏セクステット』のチームワークは今日も抜群だ。


 まず魔法士ちゃんが暴走し、狩人ちゃんが泣く。馬車さんが仕方なしに魔法士ちゃんを止めようとして更に魔法士ちゃんの神経を逆なで、狩人ちゃんが泣く。癒し手さんと魔法士ちゃんが喧嘩を始め、狩人ちゃんが泣く。カオスになり始めた場を真面目な変革者が纏めようとするが体力が尽き、狩人ちゃんが泣く。そうなったら狩人ちゃんが泣いて最終兵器守護者さんの登場だ。

 状況により差異はあれど、大体お決まりの流れである。


 つまりうんうん、皆仲良し!

 場の空気は悪いけど、問題なし!

 『六重奏』はいつも仲良し!


『私とノイルさんも仲良し!』


 そうだね!


『セックス!』


 さあ守護者さんの話を聞こうか。


 僕はクールな表情で腕を組んでどっしりと座っている守護者さんへと向き直った。


「『魔王』はまず、邪魔な俺たちをノイルの中から排除しようとするだろう。どのような手段を用いてくるかはこれから情報を集める他ないが、今の段階で一つだけわかることがあるはずだ。それは――」


 流石守護者さんだぜ。どうしても優しさの出てしまう変革者と違い、きっちりとこれ以上ふざけるなという空気感がある。これが男ってやつだ。どちらが優れているというわけでもないが、変革者である変革者にはこの厳しさは出せない。僕もこんな男になりたいものだ。


「『魔王』がノイルの存在を認識した時期、だ」


 守護者さんの厳格さに感心していた僕は、その言葉に顎に手を当てた。


「⋯⋯⋯⋯」


 一応は、僕もそれはずっと考えてはいた。『魔王』は一体いつ僕へと目をつけたのか。それはこれまでを振り返れば自ずと判明するはずだと。


 僕の中で最も可能性が高いと思っているのは――


『スライム――というよりは例の指輪の事件の時、ですね』


 そう、あの時だ。


「俺はスライムの一件の際だと思っている」


 魔法士ちゃんだけでなく皆も同じ結論に達していたのか、守護者さんの言葉に一様に頷いた。


 スライムすらも化け物に変えた『神具』――『愚者の指輪』。

 今思えばあれは、『魔王』の一部、または『魔王』が生み出した『神具』だったのではないか。僕はそう思い始めていた。


 そもそも、『魔王』の最も厄介な点は僕だけでなく僕の身近な人物に憑依されてもアウトだという点だ。もし乗っ取った上で完璧にその人物を演じることができるのであれば、容易に僕の隙を突くことができ、人質にもできる。


 しかし既に随分前から誰かが憑依されている可能性も考慮したが、やはりそれはない。


 これは感情論ではなく、全員が『魔王』に憑依されていないという明確な根拠がある。


 僕は『六重奏』の皆を身体に宿していない状態で、一度は皆と顔を合わせているのだ。


 『魔王』が自ら無防備となった獲物を前にして、何もしないなどあり得ないだろう。


 店長、フィオナ、ノエル、シアラ、テセア、エル、ミーナ、ソフィ、アリス、レット君、クライスさん、ガルフさん、師匠⋯⋯あとは父さんか。今の僕の身近な人物といえばそれくらいだろう。

 エイミーとの関係は⋯⋯既に切れている。


 父さんには『六重奏』の皆を宿していない状態では会っていないが、もし憑依されていたのならば、僕から離れようとしないはずだ。しかし、用が済み次第あの人はあっさりと王都を去った。父さんも無事なのは間違いない。


 しかしこれから先狙われる可能性はあるため、一応既に手紙は出しておいた。だから遊び歩かず大人しく実家に帰っていてくれれば良いのだが⋯⋯そんな気が全くしない。どこに居るかわからないと連絡のしようもないというのに困ったおっさんだ。麗剣祭が終わり次第、『海底都市ディプシー』に向かう前に一度捜し出す必要がある。


 とはいえ、現時点で『魔王』が規格外の力を持ちながら、『六重奏』を宿しているわけでもない、僕の身近な存在の誰にも憑依していないのは、僕を認識してから日が浅く、家族関係すら把握できていなかったからではないだろうか。


 もし何年も前から僕を認識していたのならば、幾らでも身近な存在に憑依するチャンスはあったはずだ。旅に出ていたフィオナ、長く離れていたシアラ、近くに居ながらも僕に接触していなかったエル。そしてそもそも存在を忘れていた父さん。


 この四人は特に僕の知らぬ所で憑依するのは容易だったはずだ。しかし、『魔王』はその誰も狙うことはなかったと考えていい。


 テセアが僕の称号を確認した時期を考慮すると『浮遊都市ファーマメント』の一件の際には、既に『魔王』は僕を認識していたと考えるべきだろう。

 そして幼少時代共に過ごした父さんとシアラは狙われておらず、学生時代から僕の存在を把握していたのならばフィオナと僕の関係を知らないはずがないが、長期間単独行動を取っていたフィオナも狙われてはいない。


 ならば『魔王』が僕に目をつけたのは『白の道標ホワイトロード』で働き始め、フィオナと再会し、一時的に別れていた期間の可能性が高く――その中で最も怪しいのはカリサ村の一件だ。


 身近な人物が誰も憑依されていない理由としては、『六重奏』の皆が居たためする意味がなかったという理由や、『魔王』には別の計略があった、こちらがそう想定するだろうことを読んでいた、などの可能性も考えられるが⋯⋯それがあってもやはりあのスライムと『愚者の指輪』はどうにも引っかかる。


 そもそも、そもそもの話しだ。


 思い返してみれば、何故あのスライムは――僕を狙った?


 ノエルを人質にしてまで、僕を狙っていた理由はなんだ?


 僕を喰らい更に自身の力を高めるためか?

 店長に対抗するために?


 馬鹿を言うな。

 普段僕の身体に流れるマナ量はたかが知れている。


 僕自身知らなかった才能を見抜いていた?


 それもない。

 まずそれならば、ノエルを直ぐに喰らい僕を襲ったはずだ。

 ノエルの才覚を見抜けなかったのであれば、テセアのように人の才を量ることができたとは思えない。


 店長を脅威と感じ、僕を喰らい力をつけようとしたのは間違いないだろう。

 しかし、それは僕のマナや才に期待しての行動ではない。


 ではあのスライム――『愚者の指輪』は僕から何を感じ取ったのか。


 おそらくは、僕の中に眠っていた変革者の――魂へと干渉する力・・・・・・・・だ。


 殆ど『神具』化しているらしい皆の魂を感じ取っていたのであれば、僕に六つ以上の能力があることはわかっていたはず。

 けれどあのスライムは明らかに僕が新たな魔装マギスを見せる度、想定を崩されていた。だからこそその隙を突いて一矢報いることはできたのだ。


 おかしいじゃないか。あれ程慎重だった相手が、事前に皆の力を感じ取っていたのなら、複数の能力を行使する事を想定していないなんて。


 僕が力を引き出せないと考えていたのだとしても、万が一の可能性も頭になかったとは思えない。いくつか魔装を見せた時点で予想はできたはずなのに。


 そうできなかったのは、感じ取った力が一つだけで、それはまだ奥深く眠っており、逆に言えば感じ取れなかった力を僕が行使していたからではないのか。


 こう考えてみると――候補は変革者の力しか残らない。

 そしてそうなれば、何故変革者の力のみ感じ取ったのかという疑問が浮き上がってくる。


 ⋯⋯似ていたから・・・・・・ではないのか。

 きっと自身の力と、近いものだったのだ。


 魂への干渉。

 差異はあれど、『愚者の指輪』もまた、そういった力を内包していたのだろう。

 故に変革者の力のみを感じ取れたのだと考えれば、様々なものが繋がってくる。


 最終的にあのスライムは『愚者の指輪』に呑まれ暴走していた。力を求めるあまり――いや、そうさせられた事により魂を侵食されたのだ。


 使用者の力を増幅し、魂を侵食する。

 それは想定される『魔王』の能力とあまりにも近い。


 『魔王』の力の一端。


 それが――『愚者の指輪』だったのではないか。


 『魔王』の存在を知った今、そう思えてならないのだ。


「あの指輪は選定⋯⋯いえ、というよりは実験かしら。自分の器に相応しい存在を探そうとしていたのかもしれないわね」


「実験の線が濃厚だな。そんなものが大量に出てきちまったら、どんな馬鹿でも警戒するようになるからばら撒きすぎるわけにもいかねぇし、あまり効率は良くねぇ」


「『魔王』がいつ封印を抜け出したのかはわからないけど、三千年前と違いその頃には奴が求める程の才を持った存在は少なくなっていたんじゃないかな。だけど一度失敗したんだ、より確実に世界からマナを消し去るためには、一度目より優れた器を求めたはずだ」


「だからあらゆる手段を試してたってこと⋯⋯? 指輪はその内の一つ? でもやっぱり数が出回ってないなら、直ぐに止めた?」


「いや⋯⋯そもそも数は必要のない策だ。少数の指輪でもいずれは求める器の手に渡る可能性は低くはない。時間はかかるかもしれんが、指輪の力で暴走する者を止めるためには必ず強者が現れ、それは続いていく。種を撒き、後はそれが勝手に育つのを待って刈取ればいい。たとえ育たなくとも『魔王』にとっては何の痛痒にもならんだろう。効率を度外視すれば片手間にできる悪くない手だ。結果的に――」


 癒し手さん、馬車さん、変革者、狩人ちゃん、守護者さんが順番に言葉を交わし、僕へと視線を向けた。


「奴はノイルを見つけた」


 食物連鎖、のようなものだろうか。


 まずは弱い存在が指輪を拾い暴れ、それを止めるためにより力を持った存在が現れる。そして指輪はその者の手に渡り――同じことを繰り返していく。スムーズに進めば指輪を手にする者はどんどんと勝手に洗練されていき、いずれは、『魔王』のお眼鏡に適う者の手にも渡るだろう。


 そこまで上手くいかずとも、放置しておくだけでやりすぎなければ奴にとってはメリットしか生まないのだから、確かに守護者さんの言うとおり効率は良くないが打っておくだけで有効な策だ。


 それに見事に僕は引っかかったということになるが⋯⋯



 ――試してみればよかろう。


 ――そんな簡単に⋯⋯⋯⋯あ、ちょ、やめっ⋯⋯やめろぉ!



 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯あの人のせいじゃねーか!!

 そんな指輪嵌めちゃったの、あの人のせいじゃねーか!!


 もしこの考えが間違っていないのだとしたら、あの人のせいじゃねーか!!


「やっぱりあの人のせいじゃないか!」


 思わず声に出た。


『じゃあ殺しましょうノイルさん』


 何で魔法士ちゃんはウキウキしたような口調でここぞとばかりに恐ろしいことを唆すのかな?


 よーしやるぞー! とはならないよ?

 今度マナボトルと激辛料理を同時に口にねじ込んではやるけどね。


『そんな⋯⋯!』


 確認するけど、それはあまりにも酷い仕打ちだっていう「そんな⋯⋯!」だよね?

 魔法士ちゃんの提案を却下した事に対する「そんな⋯⋯!」ではないよね?


 魔法士ちゃんは本当は優しいもんね。

 不安になってきた。


『大丈夫ですよ。安心してください』


 そっかぁ。

 どちらかは教えてくれないかぁ。


『言うまでもないかと』


 あ、はい。


 ところで魔法士ちゃんもこの推測は正しいと思う?


『そうですね⋯⋯私はこれまでのノイルさんの人生をノイルさん以上に記憶に焼き付けていますので、あらゆる場面を鮮明に思い出せますけど』


 すげぇや。


『殆ど確定と見て間違いありません。ノイルさんの全く知らない所で見つかっていた、という可能性もありますが、妙な気配に私が気づかないわけがないので⋯⋯やはりあの時しかあり得ません』


 すげぇや魔法士ちゃん。僕の人生に僕より百倍は詳しいぜ。


 しかし⋯⋯そうなってくると――ノエルの父親も『魔王』に奪われたことになる、か。


 どうやら本格的に、奴は僕に喧嘩を売っているらしい。


 あるのかは知らないが、顔を見たこともない相手にここまでの憤りを覚えたのは本当に初めてだよ『魔王』。


 と、そう思った瞬間景色が僅かに揺らいだ。


「もう時間かな? どうやら無駄話が過ぎたようだ⋯⋯本当にね」


 僕の様子から察したのか、変革者が苦笑しながら肩を竦める。


「誰かさんのせいでな」


 馬車さんがここぞとばかりに変革者に続いて頷ずく。


「まあどちらにせよ、ノイルにここでの細かい記憶までは残らん。とりあえず最低限、確認すべき点は確認できた。⋯⋯それで良しとしよう」


 守護者さんが眉根を寄せながらも、自分を納得させるかのようにそう言った。


「そうね、でも貴女は反省しなさい」


 癒し手さんが微笑んで同意し、直ぐさま魔法士ちゃんへと鋭い視線を向ける。


『は? ノイルさん? まだですよ? まだセックスしてないじゃないですか? 約束しましたよね? いかないですよね? いかないでください? まだ居てくれますよね? 私をイかせるまで、いかないですよね?』


 当の魔法士ちゃんは何も聞いてはいなかったが。


 まあこればっかりはどうしようもないよ魔法士ちゃん。僕だって延々と眠って居られるわけじゃないからね。


 僕は立ち上がって一度伸びをしてから、皆を改めて見回した。


「また来るよ」


 そう言うと、小刻みに震えている魔法士ちゃん以外の皆が笑顔で応えてくれる。

 いつものやり取り、何度も繰り返した挨拶。けれどふと――何か今回は特別なものに感じた。


「⋯⋯?」


 突然訪れたその感覚が自分でも良くわからず、僕は顎に手を当てて首を傾げる。


「どうしたんだいノイル?」

 

 変革者が同じように首を傾げて訊ねてきた。もっとも、変革者の仕草は僕よりも幾分愛らしいものだが。


「いや⋯⋯気のせいかな、なんでもないよ」


 直ぐに胸から消えた感覚は、きっと気のせいだったのだろう。僕は一度頭を振って笑みを浮かべる。


「そうかい⋯⋯? ああ、そういえばもう一つ訊いておきたいことがあったんだけど、いいかな?」


 変革者はもう一度反対に首を傾げたあと、思い出したように僕へと向き直る。


「なに?」


「麗剣祭ではマナボトルも使えないし、自分たちの一人か二人を宿して挑むつもりだろう?」


「ああ、そうだね」


 再び視界が揺らぐ中、僕は変革者に頷いた。麗剣祭では、最も効率良く力を引き出せる一人を宿した状態で戦おうと思っている。もっとも、状況によって手は変えるだろうけど。


「それは誰か一応教えておいてくれないかな? 能力的に考えれば、自分と癒し手と馬車はないだろうけど、他の三人は麗剣祭までに己を高めておきたいだろうからね」


 なるほど、そういうことか。


「えっと――」


『私ですよね? 私私私、私以外ありえませんよね? ね、ノイルさん? 見せつけてやりましょうよ。私とノイルさんの愛の力を』


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯狩人ちゃんかな」


 僕が顔を逸らしてぽそりと答えると、頭の中に言葉になっていない甲高く短い声が響く。魔法士ちゃん、今の声どこから出したんだろう。


「選ばれたのは! 私でしたーーー!!」


 思わず頭を押さえていると、狩人ちゃんが喜色満面の笑みで勢い良く立ち上がり、両手を腰に当てた。

 僕の頭の中には大きな歯軋りのような音が響く。


「まあ能力で考えればー、当然私になるしっ、ノイルがこういう時に頼るのが私なのはもっと当然っていうか、必然なんだよねー」


 狩人ちゃんは上機嫌そうににこにこ笑顔で薄い胸を張っている。魔法士ちゃん以外の全員が額に手を当てていた。


『⋯⋯⋯⋯ノイルさん、どういうことですか⋯⋯? 私じゃなくて、こんなアホな子を選ぶなんて⋯⋯』


 いや、《滅魔法士》はさ、だってさ、あれは火力がありすぎるんだよね。殲滅力がありすぎて人に向けるには扱いが困難なんだよね。だから別に魔法士ちゃんがダメってわけじゃないんだよ? 本当だよ? あれ下手しなくても人を殺めちゃうからね。


『私は扱いが難しい面倒な女だと⋯⋯?』


 違うんだよなぁ⋯⋯そんなこと微塵も思ってないんだよなぁ⋯⋯。どうしてそういう解釈になっちゃったの?


「ノイルノイルノイルっ!」


 やめて狩人ちゃん。今そんなことしたら狩人ちゃんが後でどうなるかわからないから。


 しかしよほど嬉しかったのか、狩人ちゃんは普段とは違い照れた様子もなく僕へと抱きついていた。ロープが切れるような音が聞こえたが、それも気づいていないようだ。


 狩人ちゃんは屈託のない笑みを浮かべているが、どこかから聞こえてくる鎖が悲鳴を上げるような音に気づいて欲しい。早く、早く逃げないと狩人ちゃん。


「頑張ろうねっ!」


「う、うん。でもそれより今は狩人ちゃん⋯⋯その⋯⋯早く逃げたほうが⋯⋯」


「ダメだ! 抑えきれねぇ!」


「守護者!」


「ぐ⋯⋯!」


「狩人ちゃん! 逃げなさい!」


「へ?」


 皆の焦燥に満ちたような声に、狩人ちゃんがぽかんとした様子で振り向いた。


「ひっ⋯⋯」


 そして、その無邪気な顔が一瞬で青ざめるのを見た瞬間、僕の意識はこの世界から離れるのだった。

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