第167話 不審な贈り物


 『友剣の国』とは、イーリスト王国とネイル魔導国の国境線に位置する都市国家である。

 イーリストとネイル、それから両国と同盟関係にあるキリアヤム百獣国の保護下にあり、世界一平和な国だと言われている。


 三千年前、世界中の文明を滅ぼした大戦争、それが終息したとされる地――つまり魔王と呼ばれた者が、勇者と呼ばれるようになった者により封印された地に友剣の国は存在する。


 かつて人類が再び手を取り合った場所だ。


 友剣の国には今でも勇者の遺したとされる一振りのつるぎが存在しており、人々はそれを戒めとして二度と同じ過ちは繰り返すまいと誓った。


 とはいえ、人と人の間には争いは絶えない。小さな諍いから国家間の戦争に至るまで、全ての争い事を根絶するのは不可能だろう。


 だからこそ、友剣の国という――平和の象徴が存在する事は重要なのだと思う。


 この国では宗教や人種差別を禁止しており、あらゆる人種が、博愛の精神をもって生活している。


 厳密に言えば国というよりも、イーリスト、ネイル、キリアヤムの自治区といった方が近いのだろうか。


 無論、人によっては窮屈だと感じる国ではあると思うが、そこに住む人々が不満を抱かず、三国が協力しているからこそ、争いのない友剣の国は存在できている。


 そんな武力とは縁遠い友剣の国だが、年に一度だけ、非常に物騒な時期を迎える事があった。


 『麗剣祭』という⋯⋯まあ、お祭りが行われるのだ。


 簡単に言えば、世界各国の強者達が集い、試合という形であくまで平和的に、武を競い合うお祭りである。

 何故そんな物騒な催事が友剣の国で行われるのかといえば、そこが世界で最も中立で平和とされる場所だからだ。


 皮肉な話に思えるが、理には適っている。

 もし治安の悪い土地でそんな催しが行われれば、それこそ犯罪や戦争の火種にしかならないだろう。


 逆に言えば、治安が維持されているからこそ、安心して武を競い合えるのだ。


 それに、人には誰しも闘争本能というものがある。当然ながら個人差はあれど、そういった欲求を解消する為には、やはり競い合う事も時には必要だ。


 だからこそ一種の娯楽――という言い方はどうにも参加者が見世物になっているようで良くないような気はするが、こういった催し事も大切なのだろう。


 あくまで平和的にといったが、武を競う以上、怪我は当然で、滅多にあることではないが最悪命を落とすこともあるらしい。そういった悲惨さも敢えて見せる事で、啓蒙の意味もあるのだと思う。


 争いを知っているからこそ、真の意味で争いを避ける。

 平和ボケをしないための戒めともなる。


 とまあ⋯⋯様々な狙いや思惑があって『麗剣祭』は友剣の国で開催されるのだろうが⋯⋯はっきり言ってやはりお祭りだ。


 友剣の国には多くの観光客や参加者達が集う事になり、一年で最も活気づく時期だろう。

 僕は行きたくない。


 まず参加者の殆どは当然ながら採掘者マイナーである。強者が集うのだから、どうしてもそうなる。一般参加も可能ではあるらしいが、友剣の国は採掘者達で賑わう事になるだろう。つまり、地獄だ。


 いや、決して採掘者を悪く言うわけではないのだが、無駄に注目されてしまっているらしい現状では、本気で行きたくない。

 注目されていなくとも、行きたくない。


 僕は平和を愛する男だ。平時であれば友剣の国への旅行に異を唱える事などないだろう。しかし、今回はどうにも気が重くて仕方なかった。


「ソフィ、友剣の国に着いたらのんびり釣りにでも行こうか」


「ダメよ、その⋯⋯応援、してくれなきゃ⋯⋯」


「あ、はい」


 テーブルに料理を配膳してくれているソフィに微笑むと、頬を染めたミーナにそう言われ、僕は頷くしかなかった。照れながらも真っ直ぐにそんな事を言われてしまうと、非常に断りづらい。


「⋯⋯⋯⋯あざとい態度でおねだり、本当に汚い猫」


「同意だ。まったく油断も隙もないね。ノイルはボクの応援をする為に、友剣の国へ来てくれるというのに」


「は? 何故先輩がゴミの応援をするんですか? 先輩は私を見守りに来てくれるんです」


 シアラがミーナに汚物を見るかのような目を向け、エルが呆れたように肩を竦め、フィオナがエルを睨めつける。

 口を開けば喧嘩を始めるね。

 もうどこから突っ込めばいいのかわからないよ。


「ノイルノイル、これが我の力作じゃ」


 隣に座った店長が、僕の袖をくいくいと引きながら目の前の皿を指差した。そこには焼けた魚にホイップクリームが盛られた何かがあった。


 あなた、甘いもの好きなのはわかるけど、これはないでしょう。


 ソフィのを見習いなよ。チーズを乗せて炙ったり、卵で包んだり、切れ目を入れたパンに挟んだり、ソースで和えたり、あなたが適当に焼いた食材を上手いこと料理に昇華させてるでしょ。

 店長のはこれ料理じゃなくて凶器だよ。


 久しぶりに料理に手を出したと思ったら、何故無駄な独創性を出そうとしてしまうのか。あなた別に普通にレシピ通り作れない事はないでしょう。ちょっと下手だけど。


 まあ、僕は別にこの程度なら食べられるし、処理するのはどうせ僕なのだろうが、ソフィの方がいいなぁ。


「これは我とノイルを表しておるのじゃ」


 にこにこと微笑みながら店長は目の前の哀れな魚を指差す。魚が僕で、クリームが店長って事かな? 多分この料理口の中で大喧嘩始めるけど、なるほどよく表わせてるね。こいつぁ確かに傑作だ。


 シアラが哀れな魚へとちらりと視線を向け、「うぷ⋯⋯」と両手で口を押さえた。


 僕は無言でシアラの背中を擦る。


 向かい合ったソファの内、一つは店長と僕とシアラが座り、対面はアリスが腕を広げのびのびと専有している。元々全員が座れるわけではないが、彼女の隣には誰も座りたがらなかったため、現在『白の道標ホワイトロード』の店内は軽い立食パーティーのようになっていた。


 テーブルに納まりきらない料理は、エルがふわふわと宙に浮かべてくれている。

 何とも楽しげなパーティーに見えるが――


「あたしが一番に頼んだのよ!」


「だから何ですか? 図々しいだけでしょう?」


「恥を知るべきだ泥棒猫」


 空気はあまりにも悪かった。


 僕らの座ったソファの後ろからは、ミーナとフィオナ、エルの言い争う声が聞こえてくる。


 どうやら彼女たちは、『麗剣祭』で白黒はっきりとつけるつもりらしい。元々出場するつもりだったというエルやミーナ、アリスはともかく、一般参加であるフィオナ達は大変だろう。


 というか、もう少し穏便に済ませる事はできないものだろうか。僕が言っていい事ではないけど。


「てめぇは結局どうすんだ?」


「うーん、私も出ようとは思うけど、それならまたノイルに血をもらわなきゃ」


 アリスに問われたノエルが、そう言ってどこか淫靡な雰囲気の笑みを向けてきた。僕は誤魔化すために、店長がフォークに刺して口元へと差し出していた哀れな魚を食べる。普通に美味しくなかった。


「どうじゃ?」


「新しい味ですね」


「うぷ⋯⋯」


 瞳を輝かせて尋ねてくる店長に当たり障りのない言葉を返し、気持ち悪そうに口元を押さえているシアラの背を撫でる。


「わぁ、何これ凄いね!」


 そうこうしている内に、外に出ていたテセアが戻ってきて花の咲くような笑みを浮かべた。

 楽しそうなパーティーに見えるけど、まだ地獄は続いてるんだテセア。もう少し席を外しているのが正解かもしれない。


 しかしテセアは躊躇うことなくアリスの隣に腰掛ける。


「はい、ノイル」


 そして、両手に持っていた小包を僕へと差し出した。それを左手で落とさないように受け取り、テセアに尋ねる。


「何これ?」


「わかんない。二日前くらいからノイル宛に荷物が届いてるんだよね。気がついたらお店の入り口に置いてあるの」


 ああ、テセアは『私の箱庭マイガーデン』に入る前に何か言おうとしてたけど、これの事だったのかな。

 しかし僕宛に何かが届くなど随分珍しい。それも連日送られてくるなど、一体誰からだろうか。


「へぇ⋯⋯」


 可愛らしい包装紙でラッピングされた小包は、リボンの隙間にカードのような物が挟んである。


「はい」


「ほい」


 片腕しかないので店長に小包を持ってもらい、カードを抜き取ってそれを検める


「ん⋯⋯? 私の英雄マイヒーロー、ノイル様へ。愛を⋯⋯込めて⋯⋯?」


 小さなカードには、そんな意味のわからないメッセージが書いてあった。

 僕は一体いつどこで誰の英雄になったのだろう。一切身に覚えがない。というより、英雄などという言葉は僕と最も縁遠い言葉だろう。


 つまりこれは――


「悪戯、かな⋯⋯」


 悪戯だとしても、何となく僅かな恐怖を覚える。少なくともこれを送った相手は僕の事を知っている筈だ。しかし僕の友人の中にこんな悪戯をする人物は居ないと思うし、何より差出人の名前が何処にも見当たらない。


「え、なに⋯⋯」


 考えれば考えるほど何だか怖くなってきた。

 店長が持っている可愛らしい小包が途端に不気味な物に思えてくる。

 気づけば皆が黙り込んで僕を見ていた。


「やっぱり心当たりない? ちょっと待っててね」


 どこか神妙な面持ちで僕を窺っていたテセアが、いそいそと立ち上がり、店の奥へと入っていく。

 どうしたのだろうと思っていると、直ぐに彼女は戻ってきた。


 ――両手いっぱいに同じような小包を抱えて。


「んしょ」


「えぇ⋯⋯」


 ぞっと背筋に冷たいものが奔り、僕は思わず手に持ったメッセージカードを取り落とす。


 二日前から届き始めたんだよね? 何その量。


「エルさん、お願いしてもいい?」


「ああ」


 テセアがエルに声をかけると、テーブルの上に並んでいた料理は全て宙に浮き、空いたテーブルにテセアは小包の山を置いた。

 そして、ポケットから今度は束になったメッセージカードを取り出し僕に差し出す。


「全部これについてたやつだよ」


「えぇ⋯⋯」


 恐る恐る、僕はそれを受け取りとりあえず一番上になっているカードを見る。


 ――ノイル様へ、いつも見てます。


「ひぇ⋯⋯」


 僕は再びカードの束を取り落とした。ばらばらと辺りに散らばったメッセージカードに書かれている内容が、いくつか嫌でも目に入る。




 ――愛していますノイル様。妻より。


 ――その場はノイル様にふさわしくありません。


 ――ノイル様に喜んで頂けるよう、一生懸命作りました。


 ――ノイル様、いつ、二人の生活を始めましょうか?


 ――私なら、いつでもノイル様を支えられます。


 ――周りの女が邪魔ですね、ノイル様。


 ――はっきりと言ったらどうでしょうかノイル様? 私だけを愛していると。


 ――優しさは、時に人を傷つけますよノイル様。


 ――早く気づいてノイル様、私に。


 ――私こそが、ノイル様の理想のヒロインです。




 ホラーかな?

 何これこっわ。


 誰、本当にこんな悪戯するのは誰?

 凄まじい身の危険を感じるんですけど。というより、これはもはや犯罪なのではないだろうか。


 全身に鳥肌が立つのを感じながら、僕は呆然と散らばったメッセージカードと、積まれた小包の山を眺める事しかできなかった。


「ふむ⋯⋯開けてみるかのぅ」


「いえ、一応先輩の許可が必要だと取っておきましたが、やはり燃やしてしまいましょう」


「その反応だと、ノイルはまったく身に覚えがないみたいだしね」


「⋯⋯⋯⋯大丈夫、兄さん?」


 店長が小包を持ち上げ、フィオナが嫌悪感の籠もった瞳で小包の山を睨む。ノエルが案じるように僕への視線を向け、シアラが気遣うようにぎゅっと手を握ってくれる。


「とりあえず、一個くらいは中身見てみるべきだろ」


「差出人の手掛かりがあるかもしれないしね。気色悪いけど、開けるべきだわ」


 アリスが気持ち悪そうに顔を顰め、ミーナは吐き気でも堪えるかのように瞳を閉じていた。


 店長がぽいと宙に小包を放ると、エルが片手を翳し風が小包の包装を綺麗に剥ぎ取り、中身を取り出す。


 途端、気味の悪い物に触れてしまったかのようにエルは顔を歪め、ぽとりと小包の中身がテーブルの上に落ちる。


 ソフィがいつの間にか手袋を嵌めた手で、そっと摘むようにそれを持ち上げた。


「これは⋯⋯」


 そしてじっと顔の前で小包の中身を検めた彼女は、一つ頷く。


「人の髪が編み込まれた、腕輪のようですね。上手く刺繍糸に忍び込ませていて目立ちませんが、赤茶色の髪でしょう」


「えぇ⋯⋯」


「気持ち悪い⋯⋯自分の髪を贈りつけるなんて、どんな思考ですか」


 吐き捨てるようにそう呟いたフィオナへ僕は無言で視線を向ける。

 彼女は僕にプレゼントしてくれた、ほぼ自身の髪で編まれたピチピチのパンツの存在を忘れてしまったのだろうか。あれ、扱いに困ってるんだけど。


「しかし⋯⋯許せないな」


 エルが嫌悪感を隠さない表情でソフィの持つ腕輪を睨みつけた。


「これは悪質なストーカー行為だ。人としての道理に反している」


 僕は、今度はエルを無言で見つめるのだった。

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