第166話 不和
散乱していたパーティ会場を片付けた僕らは、店長が手当たり次第に焼きまくっていた食材を持って『
子供のように拗ねていた店長は、どうやら待っている間に機嫌を直したらしく、『
「本当に先輩には何もしていないんですね? 先輩に誓えますか? 誓えるんですか?」
「だーからーしてねぇって言ってんだろうがボケ」
「疑わしいね、長時間ノイルと共に過ごして自制心が保てるわけがない」
「てめぇらと一緒にすんな変態カスども」
逆に待たせてしまった皆の機嫌は最悪だった。
フィオナとエルがアリスを刺々しく問い詰めている。アリスは鬱陶しそうに眉を顰めていた。
空気、悪いね。
しかしアリスは流石に嘘が上手い。矛を向けられまくっているのに、一切動揺する事もなく受け答えしている。胆力が違う。
僕の部屋――『私の箱庭』が置かれている現在はシアラとテセアの部屋からぞろぞろと出ながら、僕らは階段を下る。
「⋯⋯⋯⋯姉さん、本当は?」
「何もなかったってば⋯⋯」
シアラに懐疑的な目を向けられたテセアが、呆れたように肩を竦めて答える。
テセアも意外と嘘が上手い。『
しかし僕に追及されなくて良かった。僕もポーカーフェイスには自信があるが、シアラには嘘をつけないからね。
「でもノイルは何か隠してるみたいだけど?」
何とかなりそうだとほっとしていた僕は、微笑を湛えたノエルの言葉に愕然としてしまう。必死に動揺を表に出さないよう、平静を装い口を開く。
「何も隠してないよ?」
「あんたはすぐ顔に出るって言ったでしょ。で、何があったのよ?」
馬鹿な。
僕のクールなポーカーフェイスは完璧な筈だ。顔に出るわけがない。
しかし、ミーナはじとっとした目でこちらを見ており、完全に何かあったのだと確信している様子だった。
階段を下り終え、最後尾から『白の道標』店内に入った僕は、皆の視線を浴びながらどうにかこの場を切り抜ける方法を模索する。
と、アリスが大きく舌打ちした。
「チッ⋯⋯」
瞬間、銀の銃口が彼女の頭へと突きつけられる。
「発言と行動には気をつけてくださいね。あなたの頭が吹き飛んでいないのは、先輩の腕と器を創る役目があるからに過ぎません。もっとも器はともかく、あなたごときに先輩に相応しい腕を創れるとは到底思えませんが」
フィオナさん、あなたが発言と行動には気をつけようね。
冷たい瞳と銃口を向けられたアリスは、不快そうにフィオナを一瞥すると、静かに逃げ出そうとしていた僕へと視線を向けた。
「クソダーリン」
「あ、はい」
「仕方ねぇからアレ、見せてやれ」
アレ⋯⋯?
アレとは⋯⋯?
よくわからないが、どうやらアリスには何か策があるらしい。だとすれば、それに乗っからない手はない。しかしアレが何なのかわからない。
と、皆からやや離れて必死に両腕をぶんぶん振ったあと片手をぐるぐると回しているテセアの姿が視界に入った。僕に視線を向けている皆は彼女の行動に気づいていない。
テセアのファインプレイにより、僕はアレが何なのか理解した。
すぐさましまっていた最愛の人をポーチから取り出し、サイズを調整して皆に見せる。
「『魔釣り竿』だね、それが一体⋯⋯」
何だと問おうとしたのだろうエルの言葉が途切れ、彼女は大きく目を見開いた。
他の皆も信じられないかのように、まーちゃん――そのグリップ部分へと目を向けている。
アリスがニヤリとガラの悪い笑みを浮かべた。
「クヒヒ! 理解したか? アレはこのアリスちゃんが創ったもんだったんだよ。どうだ? 羨ましいかこら? あ? てめぇらがあまりにも惨めだから黙っててやろうと思ったんだがなぁ! クヒヒヒヒヒ!」
アリスは高らかに嗤う。
「そ、それがどうしたというんですか⋯⋯?」
フィオナが絞り出すかのような声で問いかける。必死に平静を装おうとしているようだが、彼女がアリスに向けた銃口は小刻みに震えていた。
アリスは凶悪な笑みでその銃口を鷲掴みする。
「おいおい⋯⋯いつまで可愛いアリスちゃんにこんな物騒なもん向けてんだ? なあ? わかんだろ? あいつにとって、アタシはどんな存在になったと思う?」
フィオナの顔が悔しげに歪み、唇の端からは一滴の血が流れ落ちた。
「言ってやれ、クソダーリン。アタシは何だ?」
「おかあ⋯⋯」
問われ答えようとした僕は身体の前で大きく両腕を交差させ、バッテンのジェスチャーをしているテセアを見て、はっと思い直す。
「神です」
これも何か違ったのか、テセアはがっくりと肩を落としアリスは眉を一瞬ぴくりと動かしたが、他に相応しい言葉が思いつかなかった。というか今では割と本気でそう思っている。
「⋯⋯さて、てめぇは大切なノイルの神であるアリスちゃんに、手ぇ出すのか? あ?」
短銃が消失し、がくり、とフィオナは膝から崩れ落ちた。今にも血涙を流しそうなほどの憎悪と屈辱に満ちたような表情で、フィオナは悠然と自身を見下ろすアリスを睨みつける。
「アリス⋯⋯ヘル、サイトぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
近所迷惑。近所迷惑だよフィオナ。どこから出したのそんな大声。まあ『白の道標』の立地なら、近所迷惑など気にする必要はないのだが。
「い〜い顔だクソ女。見たかったぜぇ、てめぇのそういう顔をよぉ」
煽る煽る。フィオナの血管がブチ切れそうな程にアリスは極悪な笑顔で煽る。
キスした事実を誤魔化せたのはいいが、えらいことになった。
「ぐ⋯⋯ぎ、が、ぁ⋯⋯」
もはや言葉になっていない声を発しているフィオナを放置し、アリスは応接用のソファにどかりと腰を下ろして脚を組んだ。そして背もたれに両腕を伸ばし、ふん反り返る。
「大人しくしてねぇから、知っちまったなぁ⋯⋯てめぇらとアリスちゃんの明確な差ってやつをよぉ。わかったら今後、アタシに危害を加えんじゃねぇぞカス共」
何でこの人たち危害を加え合う前提で話をしてるんだろう。
しかし、僕の頭がおかしくなったのでなければ、これで皆はアリスに無茶な真似はしないだろう。意味がわからない。
「⋯⋯やってくれたねアリス⋯⋯キミはどうやら本気でボクと敵対したいらしい⋯⋯! もはや手段は選ばない⋯⋯!!」
エルが折れるのではないかという程に歯を噛み締め、その音が部屋に響き渡る。
手段は選ばないって何だろ。怖いよ。
「おう、かかってこいよクソ『精霊王』。アリスちゃんは逃げも隠れもしねぇからよぉ」
逃げて、隠れた方がいいんじゃないかなぁ⋯⋯。
エルの悔しそうな表情に心底愉快そうな笑みを向けているアリスを見て、僕はそう思った。
「⋯⋯随分偉そうだけど、それって結局恋愛対象からは外れてるじゃない。くだらないわね」
腕を組んだミーナがアリスを鋭く睨みつける。冷静に見えるが、相当苛立っているのか尻尾が大きくばたばたと動いていた。
「そう思っといた方が幸せだわなぁ、色ボケ猫」
アリスはそろそろ煽るの止めた方がいいんじゃないかなぁ。僕の胃のために。
外は相変わらず雨が降り続き、室内の空気はじめっとしているが、この重たさは湿度のせいではないだろう。
「⋯⋯⋯⋯調子に乗るな。私は、神だろうが、いつでも、殺す。それが、兄さんの、ため」
シアラは何を言っているのかな?
可愛らしい顔を歪めて物騒な事を言うもんじゃないよ?
注意しなきゃいけないとは思うけどごめん。今それよりも僕消えたいんだよね。この世界から。
「そうだね、シアラちゃんの言う通りかな」
ノエルさん? どうしたの?
何でシアラの言葉に微笑みながらすぐさま追随したの?
もしかしてどこか調子悪い? 心とか。
そういう時はテセアを眺めるのがおすすめだよ。安らかな心を取り戻せるから。
今は現実逃避しているのか、観葉植物の葉脈で迷路遊びしてるよ。見てほらあれ。僕も混ざりたい。
「だってこんな悪い神様を信仰するなんて、絶対にノイルのためにならないもん。私が目を覚まさしてあげるの。だから気をつけてね。私、手、出せるよ? ノイルのためだから、ね?」
「チッ⋯⋯やっぱイカれてやがんなてめぇ⋯⋯」
人好きのする笑顔でそう言ったノエルに、アリスが舌打ちしてガラの悪い笑みを返す。
あの日のノエルはもう戻ってこない。
僕はそう確信した。
ごめんなさいカリサ村の皆さん、村長夫妻。
ノエルが『白の道標』で働き始めたのはやはり間違いだったのかもしれません。何故彼女が変わってしまったのかはわかりませんが、多分僕が悪かったんだと思います。
そして僕はもう、変わっていく彼女を止める事は出来そうにありません。むしろ僕が関わると加速するみたいです。
でも、どう変わろうがノエルはノエルですよね?
それに、そもそも僕に彼女の事をお願いしたのが間違いなんですよ。だから結果的に言えば僕は悪くなく、あなたたちが悪いんです。
そういうことですよ?
「そう、ですね⋯⋯⋯⋯」
僕が心の中で責任転嫁していると、蹲っていたフィオナがゆらりと立ち上がった。
大丈夫だろうか。眼は血走り口と鼻からは血が流れ落ちている。大丈夫じゃないな。
「先輩を誑かす悪神に裁きを下すのに、躊躇う必要なんて、ありませんね⋯⋯⋯⋯ああ、考えてみればそうですよ⋯⋯むしろ早急に排除、するべき、ですよねぇ⋯⋯」
まずいぞ。
フィオナが意味のわからない理論で大義名分を得てしまった。頭がおかしくなりそうだ。
「待つんだフィオナ、ノイルの腕と器が出来るまではたとえ悪神の力だろうと必要だ」
その後は?
ねえその後はどうするつもり?
アリスの後頭部に再び銃口を突きつけたフィオナを、エルが凛とした声で止める。正確には止めてはいないが。
ぴくりとフィオナの手が動き、銃口が下がろうとした瞬間――
「ちなみにログハウスの中でキスしたぜ」
アリスが笑顔で今日一番の煽りをかました。
ねぇ何でせっかく隠してたのにバラすの?
最悪のタイミングで何でバラすの?
シン、と室内が静まり返り、テセアが無言で『白の道標』から出ていく。
愉しそうな笑みを浮かべているアリス以外の視線が、ゆっくりと僕へと向いた。
「ひぇ」
全員に能面のような表情を向けられ、僕は恐怖で声を漏らす。おしっこもほんの少し漏らしたかもしれない。
しかし、皆はまたすぐにソファに座っているアリスへと視線を戻した。
「⋯⋯⋯⋯は?」
アリスが爆弾発言をしてから何十秒後だろうか、誰の声だったのだろうか。しばしの間雨音しか響いていなかった室内に、そんな声が響いた。
土剣が、銃口が、漆黒の拳が、アリスの顔にほとんど触れる程の位置に一斉に突きつけられる。
ノエルはにこにことそれを眺めており、ミーナは壁に寄りかかり腕を組んで瞳を閉じていた。
アリスに物理的に矛を向けた過激派の三人は、瞳孔が開いている。
「まあ落ち着けや」
流石に止めなければと動こうとしたのと同時に、アリスが堂々とそう言い放った。
とんでもない精神力だ。僕なら大も漏らしているだろう。
「アタシだけじゃねぇだろうが、てめぇら全員がキスぐらいしてんだろ? ムカついてんのはアリスちゃんにだけか? あ?」
ガラの悪い笑みでアリスは言葉を続ける。
「せっかくクソダーリンも友剣の国に行くことになったんだ」
僕は一度も了承していないが、その件について拒否権はなかった。
「どうせならよぉ⋯⋯そこで全員で潰し合おうぜ」
アリスは思い切り口角を釣り上げ、瞳をギラつかせた。
「【
再度、室内を雨音のみが満たす。
まるで時が止まったかのように誰も声を発することはない。
「待たせたのぅ!!」
「パーティだぜぇ」
そんな張り詰めた空気の中、適当に焼かれた食材をアレンジするため炊事場に二人で篭もっていた店長とソフィが、両手に大きなお盆を乗せて現れる。
「渾身の出来じゃ!」
「結構なお手前でした」
快活な笑顔と無表情の二人組は、息ぴったりに、息の止まりそうな空気をぶち壊すのだった。
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