第162話 身を挺して
三角旗を至る所に設置し、『炭火亭』よろしく持ち込んだ食材の乗った網付きのテーブルを三つ程並べた砂浜で、僕は水着に適当なシャツを着て色とりどりの紙吹雪を盛大に撒き散らしていた。
「サプラーイズ!!」
これは師匠が用意してくれておいた所謂パーティーセットである。
つまり僕の作戦はこうだ。
サプライズパーティーを開くために、その準備をするために、今まで引き篭もっていた。これでいく。
僕に出来る最大限の笑みを浮かべながら、集まった皆の前でただ無心に紙吹雪を撒き散らす。
止まってはいけない。勢いで押し切るんだ。
「【
そう叫んでサングラスを放り投げた僕は、それを再び掴み取り、かけ直してクールな笑みを皆に向けた。
「実はさ⋯⋯こっそりこれを準備していて――思ったより時間がかかったよ」
クライスさんよろしく歯を輝かせるイメージで、僕は親指を立てた。
「いや嘘つけよ」
「今日は皆! 楽しんでくれ!」
目を細めたアリスに何か言われたが、僕にはよく聞こえなかった。しまったな、あまりの大声で彼女の言葉を遮ってしまったか。でも仕方ない、これはパーティーだからね。声も大きくなるさ。
速攻でバレて焦ったわけじゃないよ本当。
準備に時間がかかったのは事実だからね。僕の心の準備に。なんならまだ出来てなかったよ。
けれど、皆の反応は上々だ。
フィオナは胸の前で両手を組んで瞳を輝かせているし、ノエルはにこにこしている。シアラは何か不満げでテセアは苦笑しているし、エルとミーナは何かお互いの距離が若干遠い。アリスは呆れたような顔をしているが、ソフィは拍手すらしてくれている。店長に至ってはほらみろ「おほー」だ。
うん⋯⋯上々だ。
何と言われようが、上々だと思う事にしよう。
僕は勢いよくシャツを脱ぎ捨てた。
同時にサングラスも引っ掛かって地面に落ちたが、そんな事を気にしてはいられない。
「さあ! パーティーの始まりだ――」
「はいッ!!!!!」
声高に告げようとした僕は、フィオナが涎を垂らしながら突っ込んで来たのを見て、意味なくシャツを脱いだのは失敗だったと悟るのだった。
◇
「てれっれってれー」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「どきどき、水着こんてすとー」
「何が始まるの」
砂浜でしっかりシャツを着て椅子に座らされた僕は、目の前でぶかぶかのサングラス(僕の物)をかけてそう言ったソフィに、真顔で尋ねた。
「わーわーぱちぱちー。当然、ぽろりもございます」
「あってたまるか」
誰だソフィにそんな事を教えたのは。
というより、そんなものが当然あってたまるか。
ソフィは一度不思議そうに首を傾げたあと、気を取り直したように無表情で話を続ける。
「これより、水着を着用された皆様が、お一人ずつご登場なされます。だ⋯⋯ノイル様にはその美しさや可愛らしさの審査をお願い致します」
「あ、はい」
予想通りといえば予想通りだが、こんな予想外れて欲しかったよ。
「評価は点数で表して頂きます。先程お渡しした点数札はお持ちでしょうか?」
「あ、はい」
僕は手元にある一から十と書かれた棒の先に丸い札のついた物をソフィに見せる。
全員水着を持参してきている時点で意味がわからないが、こんな物まで用意しているのはもっと理解ができなかった。今すぐ叩き折りたい。
ソフィは目を閉じて頷くと、片手で砂浜に点々としているテントを指していく。
「皆様にはあちらの控室からご登場して頂きます」
控室なんだあれ。
店長のテントだから『神具』だよねあれ。
控室に使ってるんだ。
「アピールタイムは一人十分となっております。ノイル様にはまず純粋な水着姿の点数をつけていただき、アピールタイムの追加点として更に点数をつけていただきます」
「あ、はい」
長いなぁ⋯⋯一人十分かぁ⋯⋯。
ということは一時間半近くかかるってこと?
ねえもうやめない?
「なお、参加者の皆様からだ⋯⋯ノイル様へのお触りは厳禁。だ⋯⋯ノイル様からのお触りは可となっております。むしろ推奨だという旨を伝えてほしいとのことです」
「やったぁ」
触らないよ。むしろ推奨じゃないよ。気でも狂ってるのか。
「公平を期す為に、司会進行は
「助かるぜ」
やりたくねぇ。
本気でやりたくないよこれ。
僕はそっと手を上げた。
「あの⋯⋯」
「何かご質問がおありでしょうか?」
「やりたくないんだけど」
皆に点数つけるとか嫌だよ。何様だよ。僕の心は耐えられないよ。それに順位なんて決まったら絶対もっとギスギスするじゃん。何の罰ゲームだこれは。
ソフィは不思議そうに首を傾げて、砂浜を片手で差した。
「では、あの惨劇を繰り返すのをご希望だということでしょうか?」
ソフィが指した先には、見るも無惨に半壊したパーティ会場があった。
フィオナが僕に突貫してきた事から端を発した大乱闘の余波を受け、僕の突貫工事によるパーティセットは今や戦の後のようになっている。
三角旗は大半が地面に落ち、網付きのテーブルは脚が折れているものもあり、食材が砂浜に散らばっていた。
「⋯⋯⋯⋯」
「この妥協案を受け入れなければ、ルール無用の血を血で洗う争いとなりますが、よろしいのでしょうか?」
「⋯⋯⋯⋯やりますよ」
僕は首を傾げているソフィに、力なく頷いた。先程だってパーティ会場が破壊され機嫌を損ねた店長が皆を止めなければ、どうなっていたかわからないのだ。もう殴り合う皆など僕の精神衛生上見たくはないのだ。
選択肢はなかった。
「因みに優勝賞品は、だ⋯⋯ノイル様とのペア旅行となっております」
「僕は聞いてないなぁ」
完全に初耳だよ。
僕にも予定やら意思があるんだって事はわかってる? 予定はないけどさ。
まあ旅行くらいなら別に構わないけど、僕お金無いからね? 財布も『
諦めて一つ息を吐き、ノリノリで司会になりきっているソフィに尋ねる。
「旅行って行き先は決まってるの?」
「友剣の国となっております」
この時期の友剣の国かぁ⋯⋯行きたくないなぁ。いやね、普段なら別に構わないんだけどこの時期って確かアレをやるよね。物騒なやつ。
お祭りは星湖祭で充分堪能したから遠慮したいなぁ。
「何で、友剣の国なの?」
「多数決で決定いたしました。というよりも、マスター、ミーナ様、アリス様のお三方以外の皆様は、だ⋯⋯ノイル様との旅行ならば、行き先は何処でも構わないと」
その三人が希望したってことは確実にアレじゃん。絶対アレ関係じゃん。流石に出場しろと言われるわけではないだろうが⋯⋯。
「他に何かご質問は?」
「⋯⋯とりあえずいいや⋯⋯」
唇に指を当てて尋ねてきたソフィに、力なく笑顔を向ける。もうさっさと終わらせよう。終わらせて、逃げる方法を考えよう。
僕は覚悟を決めた。
「では、早速始めていきたいと思います」
ソフィが粛々と一礼しながらそう告げて、両手を開いた。
「えんとりーなんばーわーん」
「あ、はい」
「ソフィ・シャルミルー」
「あ、はい」
ソフィも参加してたのね。まあ水着着てるもんね。
先程から司会進行を務めているソフィは、当然のようにワンピースタイプの肩紐と腰にフリルがあしらわれた紺の水着姿だった。
彼女はサングラスを外してハンドベルを何処かから取り出すと、それを鳴らす。砂浜にベルの音が少し虚しく鳴り響き、ソフィは指を二本立てて目の横にかざすと、反対の手は腰に当てて片足立ちになりポーズを決める。
「ぱちん」
「あ、はい」
そして、愛らしい笑顔と平坦な声でウィンクを飛ばしてきた。
僕はとりあえず十点の札を上げておいた。
まあ可愛らしいからいいだろう。
「あぴーるたーいむ」
「あ、はい」
僕はソフィが何かやりだす前に、十点の札を再び掲げた。別に適当にやったわけではない。普通に可愛いからアピールは不要だ。満点でいいよ、今のポーズだけで満点だ。アリスのようにあざとくもない。
ソフィは一度瞳を瞬かせ、すっと姿勢を正した。そして、遠くを見るような表情を浮かべる。
「ソフィは⋯⋯何と罪な女なのでしょうか」
「あ、はい」
「だ⋯⋯ノイル様を虜にしてしまうなど⋯⋯マスターともミーナ様とも、空焚きしたお鍋の焦げよりもしつこい確執を生んでしまいますね⋯⋯」
「あ、はい」
「けれど⋯⋯! これが現実⋯⋯! だ⋯⋯ノイル様は、ソフィを選んだのです⋯⋯!」
「あ、はい」
悲痛そうな表情で、ソフィは虚空に手を伸ばし嘆く。
僕は彼女の小芝居を観賞しながらも、考えていた。
いっその事、ソフィを選んでしまえばいいのでは?
それが最も角が立たない解決法だろう。
どうせ旅行に出かけても皆来るのだろうし、ならば相手は誰とも空焚きしたお鍋の焦げよりもしつこい確執を生んでいないソフィが適任ではないだろうか。
これだ⋯⋯! ソフィを優勝させてしまえばいい。あとテセアも。テセアも同率で優勝させよう。彼女とは理由もなく旅行に行きたい。
問題は普通にやれば皆満点を取るだろうという事だ。彼女たちが普通にアピールしてくれば、僕は普通に満点を出す。店長には問答無用で一点を出すが、他の皆は満点となるだろう。
加えて、仮に真っ当に審査して順位が出たとしよう。そうなれば間違いなく空焚きしたお鍋の焦げよりもしつこい確執を生んでしまう。
それは僕の胃が空焚きされる事と同意だ。
つまりこの水着コンテスト、例えソフィとテセアを優勝させたとしても無傷では済まない。
開催されてしまった時点で、詰んでいるのだ。
しかし、だ。
僕は左手を顎に当てながら、思わずクールな笑みを浮かべた。
逆に考えろ、真っ当な審査でなければいいのだ。
僕が――不正をすればいい。
要は、参加者の皆を上手く誘導し、ルール違反による失格を誘えばいい。
先程ソフィは何と言っていた? 公平性を保つ為に審査員である僕へのお触りは禁止だと言っていた。
ならば――僕に触れさせればいい。そうすれば、失格にさせる事ができ順位をつける必要などなくなる。失格ならば、僕の趣向は介在せず優劣は着かない。空焚きしたお鍋の焦げよりもしつこい確執は生まれないだろう。
もしくは何らかのアクシデントによる審査不可を狙う。例えば参加者を気絶させるなどだが⋯⋯これは難しいが一人だけ確実に通用するだろう相手は居る。
果たして全員を失格にさせる事ができるかはわからないが、やってやろうじゃないか。
勝機を見出した僕は、まずはシャツを脱ぎ捨てた。
小芝居を続けていたソフィが不思議そうに首を傾げる。僕はクールに立ち上がり、そんな彼女の頭を撫でた。
「裏ルール、だ⋯⋯ノイル様のお触りによりこの時点でソフィの優勝が決定いたしました」
「あ、はい」
そんな
僕はソフィにクールな笑みを向ける。
「でも、一応コンテストは続けようか」
そうしないとお鍋の焦げよりもしつこい確執を生んでしまうからね。
白黒はっきりつけて、その上で自分の魅力が足りなかったからとは思わせない必要があるのだ。
「はい」
こくりと頷いたソフィの頭から手を離し、僕は水着に手をかけた。
「ソフィ、これから審査が終わるまでは、できるだけ僕を見てはいけないよ」
「しかし⋯⋯」
「ソフィの為なんだ」
「承知致しました」
大人しく背を向けてくれたソフィを確認した僕は、履いていた水着を脱いだ。
そして、ゆっくりと椅子に座り直し、クールに脚を組む。
さあ始めようか――戦いを。
瞳に力を宿し、僕は肘おきに左肘をついて顎に手を当てる。
水着という極めて破壊力の高い武器を何の対策もなしに前にしたら、僕の理性は消し飛ばされていたかもしれない。
しかし、既に覚悟は決まった。この精神状態ならばノイルくんもノイルさんには成長しないだろう。
残念だったね、今回誘惑する側なのは――僕だ。
不敵な笑みを浮かべ、僕は背を向けたままのソフィに声をかける。
「始めようか」
「では」
頷いた彼女は平坦な声で朗々と喋り始める。
「愛され姉妹のお姉ちゃん。無垢な笑顔に癒やされる。けれど身体は悩殺ボディ。無邪気な態度とのアンバランスが、背徳感を醸し出す。色々教えてお兄ちゃん。えんとりーなんばーつー。テセア・アーレンスー」
「こらこら〜」
なんて事言うのこの子は。
僕はソフィの口上を注意しながらも、テセアの番だったので急いで水着を穿き直すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます