第104話 器
「⋯⋯⋯⋯皆、一緒に呼んで欲しかったかも⋯⋯」
「え?」
とりあえずということで、テセアを『
特に、ストロベリーブロンドの光と、薄紫の光と、金色の光はまるで撫で回すかのように動いていた。
テセアは皆に恐る恐るといった様子で手を伸ばしながら、苦笑する。
「わ、わっ⋯⋯あはは」
「何か不味かったかな?」
「んー⋯⋯その⋯⋯皆外で、誰が一番に呼ばれるかって話を、してて⋯⋯」
「ああ⋯⋯」
この間僕が起きたときのような状況になっていたと。なるほどね。
「ごめんテセア」
僕はテセアに謝罪する。単純にまずは彼女に皆の状態を見てもらいたかっただけなのだが、以前同じような状況に陥ったミーナは非常に厄介な絡まれ方をしていた。もう少し考えて行動するべきだったかもしれない。考えたところで外でそんな話をしているなど、予想はできなかっただろうが。というか、普通皆一斉に呼ばれると思わない? 何で外の皆は個別に呼ばれると思ってたんだろう。この世は不思議だ。
「ううん、最初は角が立つかなって思ったけど⋯⋯状況が状況みたいだしね。きっと皆わかってくれるよ」
テセアはそう言うと、飛び回る光たちから一歩下がり、改めて頭を下げた。
「私はテセア・アーレンス。よろしくね」
そして顔を上げると僕がお願いするまでもなく、《
「早速だけど、少し見させてもらうね」
その声に真っ先に反応したストロベリーブロンドの光――魔法士ちゃんが、テセアの立てた指先に止まるように近づいた。テセアは一度くすりと笑い、すぐに真剣な眼差しを彼女に向ける。しばらくじっと魔法士ちゃんを見つめていたテセアは、やがて一つ息を吐き、瞳を閉じて頭を振った。《解析》を解除すると、僕へと視線を向ける。
「だめ⋯⋯よくわかんないや。魂だけの状態だからかな⋯⋯凄く掠れてたり、欠けてたりでまともに読み取れる部分がほとんどない。不安定な状態ではなさそうだけど⋯⋯ごめんね」
「いや、この状態でも問題がないってわかっただけでも十分だよ。ありがとうテセア」
僕は感謝の気持ちを込めてテセアの頭を撫でる。ストロベリーブロンドと薄紫の光が、自分もというように僕らの周りをふよふよと飛び回るが、干渉する術がないのでどうしようもない。
しびれを切らしたかのように、魔法士ちゃんが僕の胸へと突撃する――が、ただ身体を突き抜けるだけだった。
その事実に愕然としたかのように、魔法士ちゃんは地面にふらふらと落ちる。動揺したのは彼女だけではないらしく、他の皆も僕の身体へと近づき次々と通り抜けていく。
どうやら、僕の身体に戻る事ができないらしい。
「ノイル⋯⋯」
「うん、えっと⋯⋯解放」
僕は心配そうに皆を見ているテセアの頭から手を離し、『私の箱庭』への縛りを解くキーワードを口にした。本来はこれで本人が出たいと思えば『私の箱庭』から出る事ができるのだが、皆の場合は――
「もう一度試してみて」
そう言うと、再び『六重奏』の皆は僕の身体へと飛び込むように入ってきた。
先程とは違い、今度は身体を突き抜けることはなく確かに僕の中に何かが戻ってきたような感覚がある。
光が一つ入る度に身体は重くなるが、同時に言いようのない温かさも感じ、僕は自然と笑みを浮かべてしまう。
皆が僕の中に戻ると、一度胸の奥がとくんと脈打った。
自身の手のひらを眺めながら、僕はほっと息を吐く。何故だかそこまで心配はしていなかったが、やはりちゃんと戻って来られるようで安心した。
「皆を呼ぼうか、まあ⋯⋯何が出来るってわけでもないけどね。改めてテセアにも皆を紹介するよ」
「うんっ」
一通りの確認を終えた僕の言葉に、テセアは笑顔で頷いてくれるのだった。
◇
「えーっと⋯⋯こちら『六重奏』の皆さんです」
『
「僕から順に、魔法士ちゃん、狩人ちゃん、馬車さん、守護者さん、癒し手さん、変革者の六人です。見たとおり会話したりはできないんだけど⋯⋯一応肯定や否定くらいの受け答えはできるから、何か質問があれば、その、遠慮なくどうぞ⋯⋯」
空気、重くない?
テセア以外に笑顔がないよ。いや、一応ノエルも笑顔だけど、何か圧を感じる。何で友達を紹介するだけでこれ程の緊張感を伴わなければならないのか、この世は不思議である。
「はい」
「⋯⋯⋯⋯何? ノエル?」
手を上げたノエルに、僕は恐る恐る尋ねた。
「今後だけどね、この人たちはどうするの? ノイルの中から出られたわけだし、『
「あ、いや⋯⋯僕の中にはいつでも戻れるから、とりあえずは今後も今まで通り、かな⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯ふぅん、そっかぁ」
一瞬、笑顔が陰ったように見えたノエルの周りを、魔法士ちゃんが煽るかのように飛び回る。ノエルが微笑んだまま微動だにしないのが何故か恐ろしかった。
一頻り飛び回っていた魔法士ちゃんが戻ってくると、エルが肩を竦めた。
「これじゃあ、まともに話し合いはできそうにないね」
「⋯⋯⋯⋯要は、容れ物が、器があればいい」
唇に手を当てたシアラが、何か考え込むようにそう言った。皆の視線が彼女へと向く。
「⋯⋯⋯⋯兄さん以外の、魂を納める器があれば、いい」
「それは、そうなんだけどさ⋯⋯」
僕も一応それは考えた。僕の中から出る事が出来たのならば、後は皆にそれぞれ相応しい身体さえあれば、問題は解決する。皆は自由を手に入れる事ができるだろう。しかし、それは適当なものでなければいけない。
僕が皆にマナを分け与えていたのならば、皆の器になる身体には相応のマナが備わっていなければならないはずだ。一瞬エルが持っているあの人形程のクオリティならば、限りなく人に近いしありなのではと考えたが、マナがなければ器にはなり得ない。
それに、所詮は人形だ。いくらリアルでも表情も動かなければ言葉を発することもできないのでは意味がない。そんな身体には皆も入りたくはないだろう。それでは物に宿るのと変わらない。
相応のマナを持ち、人と遜色が無く、可能ならば皆の容姿を再現できるようなものがあれば、仮の身体にはできるだろうが⋯⋯そんなものが都合よくあるとは思えない。
「⋯⋯⋯⋯あの女が使ってた、
「自動人形⋯⋯?」
「そうか! いい考えだねシアラ。彼女に彼らの身体を創ってもらえばいいんだ」
「⋯⋯⋯⋯お前じゃなくて、兄さんに褒めてもらいたかった」
「彼女⋯⋯?」
僕が首を捻っていると、エルが得心がいったように手を打ち、シアラは不機嫌そうに横目で彼女を睨めつける。僕はいまいちよくわかっていないが、彼女たちには『六重奏』の皆の身体のあてがあるらしい。どうやら、誰かに自動人形とやらを作製してもらうつもりらしいが、果たして本当に皆の身体の代わりになるようなものが用意できるのだろうか。
疑うつもりはないが、ちょっとした『神具』に匹敵するかもしれない代物だ。優れた魔導具を創造できる者ならば可能性はあるかもしれないが――
「あ」
そこまで考えて、僕は一人の人物に思い当たってしまった。間違いなく、この王都で――いや、おそらく全ての創人族の中でも傑出した存在であろう人物に。
「アリスだよ、ノイル。あの人の創った人形なら十分な器になると思う。私も直接見たけど、殆ど人間そのものだったから」
「あ、はい」
やはりか。
僕が思い当たったのと同時に、ノエルがそう説明してくれた。僕はアリスに頼み事をしなければならない事を考えると気が重くなる。今日だって大変な目に遭わされたというのに、はっきり言ってしまえばまったく気が進まない。対価に何を要求されるかわかったものではなかった。
しかし、だ。
僕は隣にふわふわと浮かぶ六色の光たちを一度見た。皆も、こちらを見ているのがわかる。
一つ息を吐き、覚悟を決めた。
仕方ない。背に腹は代えられないのだ。
アリスに話してみることにしよう。
「これが繋がれば、だけど、私からアリスに言っておくね!」
ああ、テセアが嬉しそうだ。僕が渡したあのイヤリングを揺らして、屈託のない笑顔を浮かべている。
「そういえば⋯⋯テセアちゃん。ずっと気になっていたんですが、そのイヤリングは――」
「ノイルからもらったの!」
フィオナの問に、テセアは食い気味に答えた。そして、はっとしたように口元に手を当てる。
テセアはあれだね、テンション上がると何でも言っちゃうタイプだね。いや、別に悪いことは言ってないんだけどね。
「⋯⋯そう、ですか」
「⋯⋯へぇ」
フィオナとノエルが若干頬を引つらせ、僕を見てくる。
「⋯⋯⋯⋯兄さん、私には?」
シアラに至っては、いつの間にか僕の目の前に立っていた。手品かな?
「皆様、あれはアリス様に押し付けられた魔導具で、女性への贈り物、という意味合いはありません」
「そうなんですよソフィさん」
僕は全部説明してくれたソフィに全力で乗っかった。常にエルの側に居る彼女は、事情を知っていたのだろう。無表情のまま腰の辺りでさり気なくこちらにピースサインを送っている。フォローしてくれたらしい。ソフィは確実に成長していると僕は思った。
テセアもうんうんと頷いている。
「まあ、どのような事情と理由であれ、アクセサリを女性に贈ったという事実は変わりませんが、問題はないでしょう」
フォローするなら最後までお願い。
ソフィはやや得意気な顔で、今度は両手でピースサインを送ってくる。完璧に説明してみせたと思っているのだろう。ソフィは成長しているようでしていないのかもしれない。お茶目にはなっているが。
テセアもがっくりと肩を落とした。
「⋯⋯思うところはあるが、ボクはアリスの贈り物をノイルが手放した事の方が嬉しいからね。渡したのはテセアだし、納得することにするよ」
エルが肩を竦めてそう言った。
何か催促するかのような視線をこちらにちらちらと送ってくるのは気のせいだろう。
まあしかし、彼女の言葉でとりあえず一旦場は落ち着いた。もし渡したのがテセアじゃなければどうなっていたのだろうか。あと、あのイヤリングって別に贈り物とかじゃなくて、勝手に持ち出してきちゃったものなんだけど、まあいいだろう。
「⋯⋯⋯⋯兄さん、私には?」
一人納得していない子もいるけど。まあいいだろう。
僕はクールな笑みを浮かべ、誤魔化すように目の前で両手を差し出してくるシアラの頭を撫でた。今度何かあげるよ。
ストロベリーブロンドの光が、撫でるなと言わんばかりに僕の周りを飛び回る。
「⋯⋯⋯⋯フッ」
しかし干渉できない彼女に、シアラが勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「ノイルちとよいかのぅ?」
「あ、はい」
また面倒な事になりそうだと思っていたら、これまで珍しく静観していた店長が、ふいに声をかけてきた。
腕を組んだ彼女はじっとこちら――『六重奏』の皆を見ており、それまで暴れていた魔法士ちゃんも急に大人しくなる。まるで、店長との対話を望んでいるかのようだった。
「少しの間、そやつらと話をさせてもらえぬかのぅ。こちらの声が届くのならばそれでよい」
「え? 僕は別に構いませんけど⋯⋯」
僕はそう言いながら、『六重奏』の皆を見る。すると、皆も同意するように上下した。
それを見た店長は腕を解き、歩き出す。
「全員構わぬようじゃな。では、ついくるのじゃ。あちらで話すとしよう」
彼女の言葉に異論はないとばかりに、六色の光たちは後を追う。と、思い出したかのようにストロベリーブロンドの光が戻ってきて僕の周りを一周し、頬の辺りに軽く触れるようにすると、再び店長の後を追っていった。
シアラがずっと手で払っていたが、触れられないので意味はなかった。
「何話すんだろ⋯⋯」
僕は平原の奥へと歩いていく店長と、それを追う六色の光たちを見ながら、どさくさに紛れてノイルくんへと手を伸ばしてきたシアラの両手を掴み、そう呟くのだった。
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