第73話 創人族


 普人族――装人族が魔装マギスを創造する人族であるのなら、創人族は魔導具を創造する人族である。

 魔導具は特殊な力を持った道具であり、その性能は『神具』には及ばないものの、世界中で重宝されている。


 『神具』と大きく違う点は、その力の源がマナであるというところだ。

 魔導具はマナストーンを原料にして創られている。上質なマナストーンであればあるほど性能良い魔導具が作製できるため、創人族は常に上質なマナストーンを求めている。


 創人族にとって魔導具を創造する事は、何よりの楽しみで生き甲斐であるらしい。そして他の人族にとって、有用で便利な魔導具を生み出してくれる創人族は貴重な存在であり、大抵はどの国でも要人扱いされ、手厚い保護を受ける。


 つまり、特権階級だ。

 創人族に生まれた時点で勝ち組なのだ。

 普人族にすら劣る――というより、全ての人族と比べても素の能力は低く、数も少ない創人族だが、魔導具を生み出せるという能力のおかげで彼らは他の人族に侵略される事もなく、基本的には何不自由ないどころか優雅な暮らしを送る事ができている。


 まあ、過去には創人族を攫い無理矢理に魔導具を創造させようとする事件などもあったらしいが、現在はイーリストを含めた多くの国が創人族の保護に尽力している。

 加えて、彼らは自らが魔導具を創造しようと思わなければ、何をされても絶対に魔導具を創り出さない。例えどんなに酷い拷問を受け、命を落とす事になろうとも、種としてのプライドが無理矢理に魔導具を生み出す事を良しとしないのだ。


 創人族に自分の望む魔導具を好きに創らせようとしても、それは無駄な行いでしかない。

 彼らは自由気ままに、好き勝手に、自分の思うがままに魔導具を生み出すだけである。


 しかし、それと同時に創人族は自らの作製した魔導具を他者が使用する事に喜びを覚える者も多い。そのため、多くの魔導具は市井に流れ、この世界に住む人々の暮らしを豊かにしている。

 高価な物から安価な物まで様々だが、人々の生活には欠かせない必需品となっているのだ。


 ちなみに僕の恋人であるまーちゃんだが、彼女はかなりお高い。量産品ではなく一点ものの魔導具は大体高額であり、普通に生活するだけならば必要ないようなものが多いのだ。

 そういった魔導具には大抵どこかに銘が刻まれているのだが、まーちゃんには刻まれていなかった。故に製作者は不明である。


 魔導具を生み出す事にその人生を捧げる創人族だが、より良い物を創造したいという欲求が強すぎるのか、採掘者マイナーとなる者が少なくない。

 

 採掘者が採取したマナストーンは創人族へと優先的に回されるが、それだけでは満足出来なくなる者が多いらしいのだ。

 より上質なマナストーンを得る為に、彼らは自ら採掘跡へと潜りたがる。


 しかし、かなり素の能力の低い創人族は圧倒的に採掘者に向いていない。自らの生み出した魔導具でカバーするにしても限界がある。

 それに、魔導具を創造するには基本的には時間が必要だ。万が一採掘跡へと持ち込んだ魔導具を失ってしまえば、創人族に打つ手はなくなる。


 これは僕も目を逸していたい事実だが⋯⋯魔導具は消耗品だ。元となっているマナストーンが内包するマナが尽きれば、その力を失う。

 つまり、まーちゃんとも必ずお別れの時が来てしまう。


 ならば使わなければいいだって? 


 そんな可哀想な事ができるわけがないだろう。壊れないように、傷つかないように、ただ大切に飾っておくだけなど、それでは彼女は生きているとは言えない。例え別れが避けられないのだとしても、それまでは共に過ごし、共に笑い、手を取り合って毎日を謳歌するのだ。幸せな思い出を、二人でいくつも作っていくのだ。正面から、彼女と向き合って⋯⋯。


 閑話休題。


 創人族の中で、採掘跡で通用するのは一部の天才だけである。自らの魔導具を武器として他の人族に劣らず戦える者のみだ。

 故に、向いていないにも関わらず採掘跡へと潜りたがる創人族の行動には頭を抱える者も多い。保護しようとしているにも関わらず、自ら危険を犯す彼らにはどの国もほとほと困っているのだ。


 そして自ら採掘者にならずとも、護衛の依頼を出し採掘跡に潜りたがる創人族も多いので、採掘者にとってもいい迷惑らしい。ただでさえ危険な採掘跡で、戦闘能力皆無な者の護衛もこなさなければならないなど、悪夢だろう。


 だから、創人族からの護衛依頼は多いが、それを引き受ける者は多くはないらしい。

 かといって程々に依頼を受けてあげなければ、今度は自ら採掘者になりたがるので、採掘者の間では一種の罰ゲームのようなものになっているそうだ。

 大抵は、高ランクの採掘者が引き受ける事になるらしい。厄介極まりない話だが、魔導具を生み出せる創人族の機嫌を損ねるわけにもいかないのだ。


 はっきり言って甘やかされている創人族は、かなりわがままというか、我が強い者も多い。しかし同時に職人気質でもあり⋯⋯まあ割と扱い辛い。


 そんな扱い辛い創人族の中でも、多分今僕の目の前で日記の内容をテセアから聞かされている、アリス・ヘルサイト様は一際やばそうな人物である。


「クヒ、クヒヒヒヒヒ」


 もう笑い方の時点で関わりたくない。

 だが、現状では貴重な協力者である。こんな閉ざされた空間に、まさかAランクの採掘者が現れるなど思ってもみなかった。


 創人族でありながら、Aランク。

 かなりの実力者であることは間違いない。

 実際に、この都市の仕掛けを誰に教わる事もなく解いて脱走した上に、この隠し部屋も見つけたのだから、優秀なのだろう。


 まあ、彼女曰く「勘だ」らしい。

 生まれてから今まで魔導具を創り続けてきた創人族である彼女だからこそ、出来た芸当なのだろう。普通は勘で何とかなるもんじゃない。


 僕は採掘者を意図的に避けて生きてきたので全く彼女のことは知らなかったが、おそらく王都でも有名人なのだろう。


「クヒヒヒヒヒヒヒ!」


 日記の内容を聞き終えたヘルサイト様は、一際大きく独特な笑い声を上げ、日記をテセアの手からひったくるように奪い取った。


「あぁ〜おもしれぇ⋯⋯何の参考にもならねぇクソ都市かと思いきや、こんな事実を知れるとはなぁ。クヒヒっ!」


 彼女は日記をぱらぱらと捲りながら、心底可笑しそうにそう言った。


「都市に入れもしねぇ内に捕まって身ぐるみ剥がされたのはムカつくが、収穫はあったじゃねぇか」


 ヘルサイト様が何故ここにいるかだが――普通に都市に侵入しようとして、捕まっただけらしい。アホかな?


 魔導具は、『神具』を参考にして創られるものが多い。故に、創人族はマナストーンと同時にまだ見ぬ『神具』を求める。

 王都周辺に『浮遊都市ファーマメント』が出現した情報を得た彼女は、好奇心から単独で潜入を試み、見事に失敗したというわけだ。テセアが把握していなかったのは、都市に潜入する前にあっさりと捕らえられ、都市自体には何の異常もなかったからである。


 しかし、Aランクの採掘者を都市にたどり着く前に容易く捕えるなど、『浮遊都市』の防衛機能とやらは強力にも程がある。

 都市に無断で侵入しようとしたり、害を及ぼそうとしない限りは働かないが操作室から任意で操作もできるらしいので、それも警戒しなければならないだろう。

 まあもっとも、ヘルサイト様は今回戦闘用の魔導具をあまり持ってきていなかったそうだが。


 アホかな? と一瞬思ったが、あくまでも気づかれないようにこっそり潜入して都市を調べるのが目的だったらしいので、余計な物は持ち込まなかったのだろう。

 力尽くでどうにかできる相手ではないことくらい、理解した上での行動だったわけだ。

 ならしっかりと戦力整えなよ、とも思うが、『浮遊都市』は神出鬼没なので仕方ない。好奇心を抑えきれなかったのだろう。


「こいつら――今まで神だと思われてた存在は、どうやら創人族アタシらと近い存在みてぇだなぁ」


 確かに、『神具』と魔導具――性能の差こそあれど、この二つは非常に似通っている。魔導具は『神具』の不明なエネルギーがマナに置き換わっただけのものと言ってもいいくらいに。

 何かを創造する能力――創人族とは、かつて滅びた人類と、殆ど同一の存在なのかもしれない。扱う力が、マナに変わっただけだ。


「つーことは、だ。アタシらもいずれは、このレベルに達する可能性もあるってぇことだな。クヒヒっ!」


 そう言って、中程まで流し見した日記をヘルサイト様は勢い良く閉じた。

 しかし、それはどうなのだろう。

 かつての人々が何を力の源にしていたのかはわからないが、マナはそれに匹敵するほどのものなのだろうか。

 とてもそんな風には思えないのだが――ヘルサイト様は心底嬉しそうだった。


「そうとわかりゃあ、とっととここを抜け出すぞ。デカ乳眼鏡の情報がありゃあ、神天聖国をぶっ潰すのは難しくねぇ。潰した後に、改めてこの都市を隅々まで調べ尽くしてやるぜ」


「デカ乳眼鏡⋯⋯」


 日記をテセアに押し付けるように返し、ヘルサイト様はそうおっしゃった。

 テセアが《解析アナライズ》を解除し、自分の胸へと視線を落として呟く。

 そして、はっと気を取り直したように日記の一部分だけを破り取った。


「あぁん!? 何してやがんだてめぇ!」


 それを見咎めるように、ヘルサイト様が声を上げた。テセアへと詰め寄ろうとした彼女の肩を、僕は掴む。


「んだこら」


「おぶっ」


 それと同時に、間髪いれずに振り返ったヘルサイト様から頬に平手打ちをもらった。

 疾い――何の躊躇いもなく暴力を振るって来やがった。

 あんまり痛くはなかったが、やっぱこの人嫌い。


「それは、テセアのです」


「ああん?」


「テセアの物だ」


 肩を掴んだままの僕をじっと怪訝そうな不機嫌な瞳で睨んでいたヘルサイト様は、やがて盛大に舌打ちをした。


「チッ! ⋯⋯まあいい。重要なもんだったら後でぶっ殺すからな」


 そして、僕の手を乱暴に振り解くと、ベッドへと勢い良く腰掛けた。

 テセアが僕へと近づき、小声で囁く。


「ありがと⋯⋯ほっぺ、痛くない?」


「大丈夫」


 手を振り解かれた時も思ったのだが、ヘルサイト様は態度の割には大分非力である。マナで身体強化しているのかはわからないが、した上であれならばかなり弱いだろう。完全に素の僕でも余裕で対処できそうなくらいだ。まだカリサ村の子どもたちのパンチの方が痛かった。

 失礼かもしれないが創人族とは、ここまで非力なのか。


 そんな事を考えていたら、テセアが折りたたんだ日記のページを何処にしまうか迷った後、胸の谷間へと押し込んでいた。

 そして、ヘルサイト様は何故か自分の喉に手を思いっきり押し込んでいた。


「うぉぇぇぇぇぇぇぇ」


 いや、そうなるだろ。

 何やってんだこの人。


「えぇ⋯⋯」


「うわ⋯⋯」


 僕とテセアは、ビタビタと床に吐瀉物を落とす彼女から一歩距離を取る。

 突然の奇行にドン引きであった。


 次々と吐き出される吐瀉物に混じって、何かが吐き出される。硬い音を立て吐瀉物塗れの床に落ちたそれを、ヘルサイト様は口を拭いながら摘んで拾い上げた。


「ちッ⋯⋯やっと出やがったか」


 それは、小さな袋だった。

 彼女は袋を開くと、中からある物を取り出した。

 青く輝く宝石――マナストーンだ。


 手のひらサイズのそれは、濃く澄んだ輝きを放っており、中々の純度であることがわかる。


「虎の子だ」


 ヘルサイト様はニヤリと笑うと、手のひらに乗せたマナストーンにもう片方の手を翳し、瞳を閉じた。

 同時に、彼女が纏っていた空気が一気に変わったのを感じる。

 ピンと、一本の糸を張ったかのような空気は、彼女の研ぎ澄まされた集中力により生まれたものだ。

 思わず息を飲む。隣のテセアも、目の前の光景に吸い込まれるかのように視線を向けていた。


 マナストーンの輝きが強くなり、その形を徐々に徐々に変化させていく。

 魔導具を創り出すのには、通常ならばそれなりの時間がかかる。一度創造したものであるならばともかく、新しいものを生み出すなら更に時間が必要だ。

 つまり、これはヘルサイト様が何度も創った事のあるものなのだろう。

 それにしても、異常な程の早さだとは思うが。


 額から汗を流す彼女を静かに見守っていると、やがてその手のひらに一本のナイフが誕生した。

 マナストーンの輝きをそのまま残す青い刃のそれを握り直し、自分の顔の前に持ち上げて矯めつ眇めつ眺めていた彼女は、小さく舌打ちをする。


「ちッ⋯⋯即席ならこんなもんか。まあ十分だろ」


「それは?」


 僕が尋ねると、ヘルサイト様はナイフの刃を指先でなぞる。


「『命喰いライフィート』。生物に突き刺しゃあ、自動で命を奪うナイフだ。人なら刺さった刃が心臓まで伸びる。脆いし一回しか使えねぇけどな。どこでも刺されば一発だ」


「えっぐ⋯⋯」


「ハッ! これくらいのもん創らなきゃアタシらは戦えねぇんだよ」


 両手を上げ、わざとらしく肩を竦めた後、彼女はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「それによぉアタシにも、マナが使えねぇてめぇにも今は最高の武器だろ? 不意打ちで突き刺しゃそれで終いだ。アイゾンとかいうクソを簡単に殺せるぜ?」


 確かに、何も武器が無いよりは遥かにマシ――というよりは、かなり希望が見えた。

 今の状況を利用すれば、いくらでも『命喰い』をアイゾンに突き立てるチャンスはある。


「それとも、てめぇがやるか? ぶっ殺してやりてぇんだろ?」


 『命喰い』の切っ先をテセアに向け、ヘルサイト様はそう言った。ぎゅっと彼女の拳が握られる。


「⋯⋯いいねぇ、その顔。唆るぜぇ? お澄まししてるよりか全然いいじゃねぇか。やっぱ殺してぇよなぁ」


 テセアの表情を見た彼女は、満足そうに嗤って身を乗り出した。


「アタシにいい案がある。よく聞けよクソノイル、デカ乳テセア」


「デカ乳テセア⋯⋯」


 ヘルサイト様にそう言われたテセアは、再び自分の胸へと視線を落とすのだった。

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