第66話 造られた神子
大聖珠内部は、外よりも更に複雑な造りになっていた。
蜘蛛の巣のように透明な筒状の通路が幾本も張り巡らされており、それらが繋いでいるのは、これまた球状となっているいくつもの部屋だ。びっしりと大聖珠内に配置されたそれは、やはりこれまた白一色であり、外からは中の様子を見る事はできない。中央にある球体からは真下へと一本の管が伸びており、どうやらそこから『
これまでテセアにいくつか球状の部屋を案内してもらったが、中はどこもあまり変わりがなく、何の飾り気もない部屋だった。
「もしかして⋯⋯ここって未完成だったのかな⋯⋯」
都市、というにはあまりにも物が足りていないように思う。何というか、とりあえず形だけ決めて、あまり深く考えずに思いつきのまま創ったのではないかという適当さを感じる。移動もいちいち面倒だし、とても計算されて創られたとはどうしても思えないのだ。いい加減さに定評のある僕は、不思議とシンパシーを感じてしまう。
筒状の通路を歩きながらそう呟いた僕に、前を歩くテセアが笑いながら答える。
「あははっ、未完成、ね。うん、間違ってないよ。未完成だし、ここはただの遊びで創られた都市なんだ。だから造りが適当なの。人が住むことなんてぜーんぜん考えられてない。でもね――」
大聖珠中央の部屋の前に辿り着いたテセアは、こちらへとくるりと振り返り、指を一本立てて言葉を続ける。
「結果的に創造主は、ここに住まざるを得なかったみたいだけど」
「テセアは、どうしてそんなに⋯⋯」
「詳しいのかって?」
首を傾げながら楽しげに尋ねてくるテセアに、僕は無言で首肯した。
彼女はあまりにも『浮遊都市』について知り過ぎている。いくらここに住んでいるとはいえ、まるで創造主――リュメルへルクに直接聞いたかのように語るのだ。しかも相手は神ではなく、ただの人かのように。
テセアはにこり、と微笑み《
「《解析》は、
「もしかして⋯⋯」
「そう、それは人だけじゃないの。例えばね、今私が操作してるこれは、指で三回円を描くと扉のロックを解除できる。覚えておいた方がいいよ。大聖珠の扉や仕掛けは、大体同じ操作をすれば動くから」
なんとなく――テセアが『浮遊都市』において神子と呼ばれている理由がわかった気がした。
開いた扉から球体の中へと入りながら、彼女は話を続ける。僕も後に続いて中へと入ると、その部屋は今までとは違い、中央にぽつんとこれまでと同じ――鍵球とでも言おうか、それが設置されていた。
テセアは慣れた手付きで鍵球を操作する。
すると、ゆっくりと球体の仕掛けを中心に、僕らの立つ場所が下降し始めた。どうやら外から見たあの管の中を下っているらしい。このまま進めば、『浮遊都市』の基盤内部へと辿り着くだろう。
「これ、結構進むの遅いから。今の内に説明しとこっか。神天聖国と神子と――クソ野郎の話を」
《解析》を解いたテセアは、憎悪を込めた口調で彼女に似合わない汚い言葉を吐くのだった。
◇
『浮遊都市』――その存在が世界で確認されると、各国はこぞって『浮遊都市』の獲得へ注力した。しかし、神出鬼没な上、発見すらも困難なそれは、どの国の手に渡ることもなく幻の存在となっていった。
だがそんな中、ある一人の男がもはや狂気に近い妄執の末、遂に『浮遊都市』へと辿り着く。男は国の調査隊や、まして
『浮遊都市』へと足を踏み入れた男の中にあったのは、強い歓喜の念――それと、深い自分への失意。
何年も、何十年もかけて辿り着いた場所は、男を歓迎してはくれなかった。いや、厳密に言えば発見すらも困難な都市に入る事が出来た時点で、『浮遊都市』の方は男を受け入れていたのかもしれない。
ただ、男には何も理解できなかったのだ。都市の中枢らしき場所の扉の開き方も、幾本も建ち並ぶ建造物の意味も、何一つ、男は理解できなかった。
初めは神の創造した都市、その荘厳さや美しさ、独創性、都市に満ちる空気――それらに触れているだけで、男はこの上なく満たされていた。
しかし、人の欲望とは際限がない。
男は更に先を求めた。あの扉の先を、一つ一つの建造物の意味を、『浮遊都市』の全てを理解したいと望んだ。
だが、男の力だけでは、それは不可能だった。『浮遊都市』へと辿り着く為に、男は既に自身の能力を最大限に使用してしまっていたのだ。
男は考えた末、一つの結論に至った。
自分一人で不可能ならば――他の者にやらせればいい。
男は凶行に走るようになった。
地上から人を攫い、『浮遊都市』を解明できる能力を発現できる者を探し続けた。
能力を発現出来ず用無しとなった者はゴミのように処分することに、なんら罪の意識など感じはしない。
やがて、攫ってきた者たちの中でも、自分と同じ様に『浮遊都市』へと心酔する者が現れ始める。それは殺されることへの恐怖からだったのか、その者が本質的に神への畏怖を感じたのかはわからないが、そういった者たちは生かされ、男と共に『浮遊都市』で暮らす事を許可された。
これが、後に神天聖国と名乗る集団の基礎となる。
『浮遊都市』で暮らす者たちの人数が、数十人となった頃――遂に、男は求め続けた存在に出会った。
攫った者の中に、《
初めの神子の扱いは、人のそれではなかった。
常に拘束され、自由はない。男を始めとした『浮遊都市』に住む者たちは、口では彼女を神子様と崇めながらも、思い通りに動かなければ、酷い痛苦を与えた。
もしも少女が自由に動けたのであれば、『浮遊都市』の機能を使って抵抗する事も可能だったかもしれない。しかし、それは許されなかった。
決して殺しはしなかったが、拷問の末に、最初の神子は四肢を奪われ、ただ《解析》を使用するだけの物として扱われた。
初めの神子の力で解明されたのは、大聖珠の扉や仕掛けの起動方法であった。
男は歓喜し、神子を引きずり大聖珠内を調べ尽くした。そして、いくつかの保管されていた『神具』を発見する。
しかし、初めの神子の力では、それ以上の解明は不可能であった。
それがわかるとすぐさま男は、次の世代の神子を生み出す準備にとりかかる。
つまり、現在の神子に子を孕ませたのだ。
初めの神子が子を授かることのできる齢になると、男は即座に行動に移した。能力をより高めるため、才能ある者を攫いあてがった。
神子は三人の子を産み力尽きたが、もはや能力の足りない神子は、男にとって価値はなかった。
後は神子の生んだ子が成長し、《解析》を発現させるのを待つだけである。《解析》を発現する者が現れるまで、神子に延々と子を産ませたほうが確実であったかもしれないが、どちらにしろ、神子はもはやこれ以上子を産める身体ではなくなっていた。
問題があるとすれば、男の寿命である。
神子が三人目の子を生んだ時点で、男は既に年老いており、もう長くはない命となっていた。
しかし、男は焦りはしない。
何故ならば、神子に調べさせた『神具』の内に、『転魂珠』という自らの魂を他へと移す『神具』が存在したからだ。神子によれば適正が必要で、上手くいかねば魂に問題が起こるらしいが、自分ならば問題はない。神はきっと――リュメルへルク様が自らをお見捨てになろうはずがないからだ。
男は失敗を一切恐れる事なく、『破魂珠』という魂のみを破壊できる『神具』を攫った幼子に使用し、『転魂珠』で自らの魂を移し替えた。地上の者が宝珠シリーズと呼んでいる男が信仰する神が創造したガラス玉のような『神具』は、魂に作用するものである。
非常に危険極まりない代物であるが、男にとってそれは神からの贈り物だ。何を恐れる必要があるだろうか。
そうして禁忌を犯した男は、あろうことか転生とも呼ぶべきその行為を成功させてしまった。
男は神に愛されている確信に身も魂も震える程の悦びに浸り、神子の子の成長を待った。
やがて時が過ぎ、子供の内一人が《解析》を発現させた。男は狂喜乱舞し、他二人の子を処分して、新たな神子を崇め拘束した。
二代目の神子は男の狙い通り初代の神子を上回る力を持っていた。そうして、『浮遊都市』が創造主に関するものを呼び寄せる機能を持っている事が判明し、男は涙を流した。
しかし、二代目はそこまでしか『浮遊都市』の機能を解明できなかった。となれば、男がやることは一つである。初代に行った口にするのも悍ましい下劣で残忍な行為だ。
二代目の神子は二人の子を産み、力尽きた。
このタイミングに合わせ、男もより優れた身体へと魂を移した。
『浮遊都市』に住まう信者の数も増え続けていた。
二代目の産んだ二人の子は、男女であった。その内、《解析》を発現させたのは、女児のほうである。これを確認した男は、一つの仮設を立てた。
《解析》は男では発現出来ぬ魔装なのではないか、と。
思えば二代目も女性だった。男ならば子を作るのも楽なのだが、と思ったものだ。ならば女性が産まれるまでは、神子を使い潰すわけにはいかない。と、この頃から男は少し神子の扱いを改める。
しかし、三代目の能力は二代目と遜色ない程度のものであった。失敗作に男は落胆したが、三代目が成長するまで根気強く待ち、今度は自らが神子へと子を孕ませた。
自分の子が神子となり『浮遊都市』の――神の意図を解明する姿を想像するだけで、男は得も言えぬ興奮を覚えた。
結果として、三代目は三人の子を産んだ。立て続けに男児であった時には男は酷く落胆して、泣き叫ぶ三代目の前で女を産まねばこうなる、と赤子を処分したが、三番目に産まれた子は、才覚に満ち溢れていた。
成長した四代目は、これまで解明されていなかった『浮遊都市』の機能を、次々と解き明かしていった。最高傑作だと、男は神に感謝を捧げ、再び優れた若き身体に魂を移し換えると、四代目の神子を愛し、そして自らの妻と定めた。
そうして――堂々と神天聖国を名乗り始めたのだ。
しかし、どうしても悔やまれるのは、四代目は子を孕むことができなかった事だ。
何度試しても、四代目は不妊であった。
苦渋の決断の末、男は四代目の魂を他の身体へと移し換えた。
魔装は魂へと定着するものだ。魂さえ同じであれば、受ける器が優れてさえいれば問題はない。結果的に、四代目は新たな身体で子を宿したが、そのせいで精神に異常をきたしてしまったのだと、男は思った。
四代目が産んだのは――双子の女児であった。
一人は赤子の時点で、既にこれまで見た事のない程に天稟に満ち溢れていた。もはや考えるまでもない。この子こそが神の子供――五代目の神子だ。
男は喜び勇み、不要となったもう一人の赤子をどうするか考えた末、信者たちへの奉仕役へと育てることに決めた。敬虔な信者たちの助けになるのだ、この子も喜ぶだろう。
そう四代目にも伝えた。
そこで、初めて男は四代目が狂っていた事実を知る。
四代目がいくつかの『神具』と五代目神子と定めた赤子を奪い、『浮遊都市』から逃げ出したのだ。
この神の都市から逃げ出し、愛する自分を裏切るなど、信じられなかった。
幸いにも四代目は直ぐに見つかり、悲しみを堪えながらもその場で処分したが、五代目神子となるはずだった赤子はおらず、『神具』も全ては回収できなかった。
何故四代目がそのような凶行に走ったのか男は理解できなかった。
そして、未だ赤子と『神具』の内の一つは発見されていない。
幸いにも、残された赤子が四代目と遜色ない能力を持っていてくれたおかげで、無事に五代目の神子を務めてもらうことができるだろう。
けれど、本当に口惜しい。
もう一人の赤子が残っていれば――あの子が《解析》を発現させていれば、『浮遊都市』の全てを知る事も夢ではなかった。
まあいい、次だ。次は失敗はしない。
五代目が十分に成長したら――愛すべき我が子と、神子と、完璧な子を作ればそれでいい。その為にも、また素晴らしき肉体へと魂を移さねば。
神天聖国創始者――アイゾン・スゲハルゲンは、まだ幼き五代目神子の頭を撫でながら、優しげな笑顔を浮かべるのだった。
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