第48話


 街道・牧草地帯。

 ヘルゴブリンが騎乗したデッドウルフの軍勢は、視界に人間たちをとらえた瞬間に散開した。

 牧草地帯にまばらに広がるウルフは、戦場をいたずらに拡大しようというもくろみがあるかに思えた。

 が、予想どおり。

 辺境の町に到達する寸前。スレイが率いるオリエンテール正規軍二万の兵士たちは軽装で国内を駆け、敵の騎乗兵たちが迫る街道エリアまでなんとか間に合ったかたちになる。

 戦線をできるだけ延ばし、一匹も逃さずに討伐したら勝利だ。

 ハヤサカのスキルで転送できる人数には限りがあるため、二万の兵士たちは一度動かしたら取り返しがつかない。実質この戦場が一番大規模な衝突戦になるだろうと予測されていた。

 髪をポニーテールにしてまとめたスレイは、いつかセツカに買ってもらった黒いドレス服を着て戦場に立っていた。

 デート以外でそれを着るのは初めてだった。


(セツカ様のために、絶対に失敗するわけにはいかない。私は、期待されている。スレイはもう、守られてばかりではありません。私のご先祖様はとても偉いお方だったとアリエルの件でわかりました。でも私は……けっきょくセツカ様に助けられたからアリエルの、聖女の呪縛から逃れられただけにすぎない。なら、私だってレーネのように運命を『殺さ』なければ)


 スレイはきっ。と地平線をにらむ。

 揺れるような陽炎のなかに、悪鬼のように立ち並ぶ敵の騎乗兵たち。

 しかしスレイは怖さは微塵も感じなかった。

 ちいさな身体でピンと背筋を伸ばしたスレイは、高貴な立ち振舞いで兵士たちの前へと出る。

 

「みなさん。私たちは、オリエンテール国民の命を背中に背負っています。たった一体でも逃したら負けです。たった一人の国民を殺されたら、私たちの敗北です。他の戦場よりも戦力が多いのは、それほどこの戦場の責任が重いからです。重要度が高く、セツカ様の信頼が厚いからです。私たちは勝たなければいけない。どの戦場よりも早く、そしてどの戦場よりも圧倒的に!」


 それは王族であり、聖女の子孫であるスレイの覚悟。

 本当は緊張で手を震わせている、ちいさな女の子の本気を伝える気持ちであった。

 兵士たちは沈黙に包まれる。

 本当に勝てるのだろうか?

 アンデッドと戦争をするなど、物語でもありえない話だ。

 兵士たちは怯えていた。

 スレイはぎゅっとこぶしを握りしめる。どんなに強くても、ひとりじゃ限界がある。

 みんなの協力がなければ、完全な勝利は得られない。

 最初に沈黙を破ったのはオニズカであった。

 張り裂けんばかりの拍手をうつ。


「…………スレイちゃんよく言った。ヤンキーでもそんな覚悟キマってる奴いねーって」


 サカモトも微笑みながら手を叩く。


「こんなに可愛いらしい姫君に戦場に出てきてもらって、僕たち幸せものだね。いいのかい? 僕たちがスレイちゃんにすべて任せっきりでさ」


 すると、兵士たちの緊張が解けはじめる。

 年端もいかぬ美少女にここまでさせて、自分たちはいったいなんだ?

 スレイの美しい覚悟を目にした男たちは魂を奮い立たせ、女たちも希望の光をスレイの背中に見いだす。

 クラスメイトの面々も覚悟を新たにして自分のスキルの確認を始めたようだ。

 スレイは涙目になりながらそういった皆の面々を眺める。

 こんな子供の私の言うことを聞いてくれる。団結して一緒に戦ってくれる。


「スレイちゃん。一緒に戦ってセツカ様を喜ばせようね」

「ぜったい勝とう。いきなり攻めてくるアンデッドなんかぶっ倒そうぜ」

「スレイちゃん。指示をお願い」


「……はい! みなさん、ありがとう。ほんとうに、ありがとう……」


 こうして、二万の兵士とクラスメイトは一致団結した。

 スレイの後ろ姿はまるで救国の銀髪姫サリアナ。

 しかし彼女は自分の意思で、自分の守りたいものを守るために戦う決意をした。

 『がんばって』と言われた気がしたが、それは空耳だったのか。

 スレイの戦争が始まった。



「オニズカ様! サカモト様! できるだけ距離をとってください! 魔法部隊はウルフの脚を狙って! 歩兵はスクラムを組んで、戦線を絶対死守です」


 牧草地帯に引かれた一本の線。

 広大なラインを押し上げるようにして進むのが、スレイ率いるオリエンテール軍。

 一方のゴブリン騎乗兵は統率されていないのか、数十騎ほどがひとかたまりになって突撃を繰り返してくる。

 あの程度ならば魔法兵の魔法で転ばせ、兵士の剣で十分に止めを刺せる。


「ギャウッ!!」

「グルゥッ!!」


 次々と倒されていくゴブリンとウルフ。

 スレイは安堵した。よかった、これなら消耗戦にすらならずに殲滅できそうです。

 戦線を押し上げる。

 オニズカとサカモトも奮戦していた。


「『聖剣イーフリト』。っら燃えろコラぁ!!」

「僕の魔法は地味ですが、初級の魔法なら無詠唱で、ほぼ無尽蔵に撃てますよ? こういう戦場では有利ですね」


 オニズカは爆炎を纏った剣で敵をなぎ倒し、サカモトは両手から水と光の弾を連続で発射している。

 こうして見ると、彼らの能力もかなりのものだ。

 爆炎は一度に数体の敵を巻き込み、魔法弾は追尾能力も兼ね備えている様子だ。


 他のクラスメイトたちも各々スキルを発現させる。

 女子運動部連合と女子進学組。帰宅部連中。

 オニズカやサカモトほどではないが、彼女たちは比較的真面目にダンジョン攻略に取り組んだ。

 スキルに頼らずとも、ある程度の能力は身に付いた。

 兵士たちをサポートするようにクラスメイトが点在し、突撃してこようとする敵の騎乗兵に対し攻撃を仕掛ける。

 おかげで兵士たちに消耗が発生せずに済む。

 とても順調な滑り出しであった。

 スレイは兵士やクラスメイトたちよりすこし背後から、魔法により援護をしている。


「氷華乱舞(コキュートス)!! 足止めなら、この程度で十分そうですね」


 氷のつぶてはゴブリンたちの頭上から降り注ぎ、ゴブリンは騎乗しているウルフごと地面に叩きつけられる。

 そのままゴルフボール大の氷に滅多うちにされ息絶えた。面制圧できるほどの魔法だ。

 これでもスレイのもつ魔法の中では加減したものだ。

 攻撃力よりも、どうやって取り逃がさないようにするかに神経を使わなければいけない。


(しかし、さすがセツカ様です。ゴブリンとウルフは正確にはアンデッドではない。セツカ様はお優しいから正規軍とアンデッドの衝突は避けたのですね。もしスケルトンと正面衝突した場合、死亡した兵士が次々と復活して敵の戦力になるリスクもありましたから)


 スレイは両手から魔法を発動させながら、セツカのことを考える。


(ああ、信頼してくださってありがとうございます。スレイにもこうやって兵士をまとめ、戦うことができました。あとはこのまま殲滅させて……)



 ボコボオォッ。



 スレイの背後。

 土がいきなり盛り上がり、数体のゴブリンとウルフが湧き出してきた。

 なんと、あらかじめ土に潜り隠れていたのだ。


(しまったっ!?)


 普段ならば気配に気づいていたはずなのに、セツカ様のことを考えていてのぼせていたのか?

 スレイはあわてて踵を返す。


「おうスレイちゃん、大丈夫かっ!?」

「僕も行きますよ?」


「大丈夫ですっ。オニズカ様とサカモト様は、ぜったいに戦線をくずさないで! 私が逃した敵を止めますっ!!」


 拘束(バインド)で何体かは即座に捕獲できたものの、何匹かは蜘蛛の子を散らすようにして走り出してしまった。

 このままでは、どこかの村を襲撃されて国民が殺されてしまう。

 スレイは魔力を脚に集め、空中に踊り出すようにして飛び出した。


 一匹、二匹、三匹。

 逃したゴブリンを探すために飛行魔法を使いながら、空から強力な魔法を叩き込んでしらみつぶしにしていく。

 すこし魔力が減ってしまった。

 セツカ様の加護を受けているのに、魔眼のおかげで人より魔力が沢山あるのになんて情けない。

 スレイは泣きそうになりながら逃げたゴブリンを追う。


(あれが最後の一匹ですね)


 ようやく最後のゴブリンを倒したとき、スレイの魔力は慣れない飛行魔法によって尽きかけていた。

 へとへとになってしまったが、オニズカやサカモトと合流してエーテル薬ですこしの回復をし戦線に復帰せねば。

 スレイは額の汗をぬぐう。


「ふう。ほんとうに、オニズカ様やサカモト様、仲間のみなさんがいて良かった。私ひとりだったら逃してました。ゴブリン騎乗兵は思ったより姑息な手段を使うのですね……」


 ふらふらしながら歩いていると、ボコリ。とスレイの周囲が盛り上がる。

 山のような巨体が露になる。

 まるでこの場所にスレイがやってくるのを知っていたかのように、巨大な身体と無限の精力を特徴とするオーガゴブリンが地面に隠れていたのである。


「そ、そんな……こんなときにオーガゴブリンが!? もしかして……最初から全部罠だったのですか?」


 オーガゴブリンの数は三体。

 一方スレイの魔力はゼロ。

 レーネと違い、スレイの身体能力は大して強力ではない。

 魔力の切れたスレイはオーガゴブリンには何の抵抗もできずにいいようにされてしまうしかない。


「……そんな、私。こんなところで……? セツカ様」


 スレイは歯を食いしばった。

 あのとき。

 七人衆に国を滅ぼされたときはどうだったか?

 あのときだって勝てない相手に、私は尻尾をまいて逃げて、泣いているだけだった。

 オーガゴブリンなんか、七人衆にくらべたら全然弱い。

 

「ゲギゲギ、ゲギゲギッ」


 女を前にして下衆な笑いを浮かべるオーガゴブリンたち。

 スレイの力が非力だと悟り、これから壊れるまで楽しむつもりでいる。

 スレイは落ち着いていた。

 落ち着いて、懐から短刀を取り出した。


「きれいな花にはトゲがある。私のトゲは、ひとりの御方に捧げるまでは決して丸くなることはございません」


「げぎ?」


「来るなら来なさい。あなたの男性部分をズタズタにしてあげますから」


「ぎぃぃい!?」


 スレイの迫力に気圧されたものの、オーガゴブリンたちはじりじりと距離をつめてくる。

 身を固くし、そのときを待つ。

 もし穢されるというならば、スレイは喜んで舌を噛む。

 七人衆のときのような後ろ向きのハッタリではなく、本心から発揮された迫力はオーガゴブリンを怯えさせた。


 するとその瞬間、天が光った。


 ギィィィィンッ!!



 ――カッ!!



 まばゆい閃光に包まれ、一瞬だけスレイは目を閉じてしまった。

 次に瞳を開けた瞬間、オーガゴブリンたちはなんと何本もの巨大な光の矢で串刺しになり絶命していたのだ。


 ■――スナイピングアローの仕組みを『殺し』ました。光を魔力で拘束した矢による400000m級スナイプ達成です。


 スレイは腰の力が抜け、へたりこんだ。

 セツカ様が助けてくださったのだ。

 王都からは魔力の通信が即座に届かないほどの距離がある。

 セツカ様は王都にいて忙しいながらスレイのことをじっと見ていてくれた。

 片時も離れずに見ていないとこうはいかないだろう。

 そんな遠い場所からスレイのピンチにあらかじめ気がつき、数十秒は発生する狙撃の誤差を修正し。

 正確な狙いで三体のオーガゴブリンを葬り、スレイの貞操を守ってくださったのだ。

 なんという愛なのだろうか。

 スレイは身体の芯が熱くなる感覚を味わう。


「ありがとうございます。大好きですセツカ様……どれだけスレイの好きな気持ちを引き出してくれるんですか。私、これ以上セツカ様を好きになったら、ホントにおかしくなっちゃいます……」


 スレイはしばし恍惚としてセツカの姿を思い浮かべることにふけっていた。




 その間に戦線はカタがつき、騎乗兵の拡散は防がれた。

 スレイの広範囲魔法で大量に倒した功績と、オニズカ・サカモトたちがしらみつぶしに敵を葬った成果であった。

 

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