第47話

 名残惜しそうにしていたミリアを見送り。

 レーネたちとクラスメイトらは出発した。

 カポルたち大臣には城下の民たちへと今回の件を説明させ、被害が出ないように国境付近へ近づかないように触れを出してもらう。

 王城へは、限られた者だけが残された。


 静けさに支配された王城の中には、二人の男女が残っていた。

 王座へと座る俺と、申し訳なさそうに隣へと立つハヤサカ。

 ハヤサカは前髪が目元まで伸び邪魔をしているが、よく見ると結構可愛らしい顔をしている女子だ。

 だが性格が内気なので他のクラスメイトと話しているところを見たことがないのだが。

 俺の隣にいるハヤサカはどぎまぎとしながら尋ねてきた。


「せ、セツカくん。ど、どうしてわたしはここに残るの? みんなは戦いに行ったのに……わたしだけセツカくんの近くにいていいの?」


「ああ、お前の能力が必要だからな。ハヤサカ。俺のスキルで肩代わりをしてもいいが、スキル使用中に敵に襲撃された場合の危険性がある。俺のスキルは、基本的に一度にひとつずつの発動だ」


「そ、そうなんだ。わ、わたしがセツカくんに必要……なんだ」


「物体を『転移』できるのはすごい能力だ。時と場合によっては、お前と俺だけで戦争に勝てるだろう」


「……セツカくんとわたしだけ? うぇへへ。そんなこと……ないです。セツカくんかっこいい。うぇへへ」


 笑い方、キモっ。

 なんなんだハヤサカ。頬を両手で挟んで笑ってる。なんか笑い方が個性的だなこの女。

 ともかく、俺の隣で気味の悪い笑いを続けているハヤサカは戦略的に必要なのでこの場に残したのだ。

 その理由は、すこし待った後にやってきた。

 サムズの到着だ。


「お待たせしましたセツカ様。国中からかき集めましたが、この数がやっとでした」


「いくつだ?」


「最高級品が10。高級品が50。低級のものが10000。最低レベルが数万……おそらくですが4、5万本でしょう」


「よくやった。十分すぎる成果だ。数としては足りないが、俺の能力を付与すればなんとか間に合うだろう」


「セツカ様のご指示があってこそです!」


 サムズは背後に商人仲間や、屈強そうな人夫を引き連れ、そいつらが運んできたのは大量の木箱だ。

 中身はオリエンテール中から集めた『聖水』。

 以前確かめたように、この世界特有のファンタジー効果によって、聖水はアンデッドに特殊なダメージが与えられる。

 サムズには聖水の質、量問わず国中からありったけ集めるように指示を出しておいたのだ。

 俺たちが話し合っている間、サムズはオリエンテール中からこれを集めていたことになる。

 一晩で集められる数としては限界以上だろう。よく頑張ってくれる。


「しかしよくもこれほどの本数を集められたな。さすがはサムズといった所か?」


「いえいえ。最低レベルのものは国中の教会で死蔵されていた、聖水としては使い物にならない質のものまで混じってますから。セツカ様のあの能力があってこそ利用できるというもの。教会関係者も喜んで差し出しましたよ。倉庫の肥やしになるよりは、と」


「助かる」


「……これくらいしかできませんが、母を救ってくださったセツカ様のためならばこの星の裏側からでも商品を取り寄せてみせましょうぞ」


 頼りになる男だ。

 やがて運び込まれた大量の木箱に入った聖水ポーションが積み上げられ、俺はその山に手をかざす。

 スキル発動だ。



 ■――聖水の効果限界を『殺し』ます。有効範囲を一定化します。



 木箱の中が光で満たされ、変貌を遂げる。

 最低レベルの効果しかなかった聖水も、俺のスキルでみるみると高レベルの効果をもつものに変化していく。

 不思議そうにその光景を眺めていたハヤサカは、遠慮がちに俺に尋ねてきた。


「すごい……で、でもセツカくん。セツカくんなら、聖水の効果を自分で作り出せるんじゃ……? だって、セツカくんの能力って、いろいろなものを『殺す』能力でしょ?」


 やけに鋭いなハヤサカのやつ。

 俺は意図的にクラスの皆に対し能力の全容を全て伝えていないにも関わらず、こいつは若干、俺の能力について気がついている気がする。

 まあ、名前は最初の時点でバレているわけだし、アリエルとの戦闘を見られてしまったからには全て隠すのは不可能に近いが。

 そもそも、隠すことでもないんだがな。


「ああ。よく気がついたなハヤサカ。しかし、1を10にするのと0を1にするのは大きく違う。無から有を作り出すのは、俺のスキルでも時間がかかる。それが弱点でもある。だから、今回はサムズに聖水を用意させこうして加護を『殺し』て増幅させた。これで瞬時に最大効果の聖水の完成というわけさ……俺のスキルの話はハヤサカ以外、誰にもしていない。あまり口外しないでくれ」


「だ、だってずっとずっと見てたから。セツカくんのこと……し、しない。しないですっ。わたし以外、スキルのことって誰にも話していないんですか?」


「ああ。スキルについてはいちいち説明をしないことにしている。この話題をしたのはハヤサカ。お前だけだな」


「……ひひっ。秘密にしましゅ。セツカくんとの内緒の秘密にします。わたしだけが聞いちゃった。ひひっ」


「? なんだかわからんが、そうしてくれ」


 笑い方が気味悪いが?

 大丈夫なのだろうか、ハヤサカ。

 不安なぐらいテンションが上がっていたが、これまでのやり取りでテンションが上がる場面が無かったので本当に意味のわからない女だ。

 しかしこいつの『転移』能力はかなり便利なのだ。

 ハヤサカに国境付近の地図を見せ、それぞれ戦力がぶつかり合うだろうポイントを教えておく。

 そして、


「これを渡しておこう」


「ひゃんっ!?」


「……なんだ?」


「ご、ごめんなさいごめんなさい。いきなりセツカくんの手が、わたしの手に触れたから。わ、わたしの手は汚いから」


「ん? 汚くないじゃないか。これは『迷宮尺皮袋』というアイテムらしい。重さや大きさを無視して、アイテムを持ち運べる。首から下げていろ」


「は、はい……ちょっと驚いただけです。ありがとうございます。触っていただいて」


「は?」


「セツカくんの手……小鳥みたいにあったかいんですね」


「渡したんだから、離してくれないか?」 


「ひゃあ、ごめんなさい、ごめんなさい……」


「まあいい。聖水を全部この袋に入れて、準備は完了さ。あとはハヤサカ。この戦争でお前が『クイーン』になればいい」


 箱に詰められた聖水のポーションを次々と迷宮尺皮袋へと放り込みながら、俺はハヤサカに言い聞かせる。

 ハヤサカはわかっているのかいないのか、胸の前でぎゅっと両手を握りしめながら俺の話に耳を傾けてはいるようだが。

 こっちをじっとキラキラした瞳でにらんでくるが、話を聞いているのかこの女?


「チェスを知っているだろう。クイーンはナイト・ポーン以外の動きを再現できる最強の駒だ。どの戦場にも即座に到達し、どの駒よりも引き際は鮮やか。ハヤサカの『転移』を使って、皆を支援してほしい。つまりは、アンデッドに対するトドメにハヤサカの持つ聖水が必要なんだ」


「……わたしが、クイーン。せ、セツカくんは?」


「俺は、立ち位置としてはキングだが……まあこの戦争で犠牲者を出すことが敗北だからな。国民全てが『キング』という意味でも……」


「セツカくんがキング。ということは!? な、なら、わたしがセツカくんを守護ればいいの? 絶対がんばる!!」


「いきなり大声を出してどうした!? ま、まあやる気があるならいい。お前そんなに元気なキャラだったか?」


「んふふふ。わたしはクイーン。キングを守護る。わたしクイーン。セツカくん、キング……つまり、んふふふっ!!」


「俺のことより、まずは皆の支援をだな……」


 こうして、ハヤサカに詳しい説明を終えた俺はようやく一息つけたのだった。

 ひと仕事終え、サムズも一晩中駆け回ったため、疲れきった顔で座り込んでいる。

 サムズは頭を掻きながら言った。


「いやあ。さすがはセツカ様。新しい奥さまの候補になられた御方も、とてもお美しい。すこし変わった性格をしておられるようですが。はははっ」


「サムズ。お前何を言っているんだ?」


「えっ?」


「は?」


「あ、あの。ハヤサカ様はもしかして、セツカ様の……」


「ただのクラスメイトだぞ? 何を勘違いしているサムズ。それに、俺に妻などいるわけない。まだ高校生だぞ?」


「…………(レーネ様スレイ様フローラ様、それとミリア殿下おいたわしや……セツカ様やばいですって!! ハヤサカ様が完全に勘違いしておられるとは絶対に言えない。だって目がハートになりながら転移して行きましたし、キングとクイーンは結婚する!セツカくんかっこいい!とかブツブツ呟いていましたしっ。セツカ様逃げてっ。ハヤサカ様がクイーンと言われたとか言いふらした瞬間、ミリア王女殿下のメンタルが剣鬼になるから超逃げてっ)」


「小声でどうしたんだサムズ? どうして絶望を垣間見たような顔をこっちに向ける?」


「いえ。ミリア様とレーネ様たちに甘いものでもご用意しておきましょう。私にできるのは、それだけです……」


「さっきから意味不明だぞサムズ」


 なんだかよくわからないサムズは差し置いて、そろそろ戦闘が始まるころだろう。

 俺はスキルを発動する。


 ■――アカシックレコードの参照権限を『殺し』ます。古の魔法を参照…………。

 ■――遠隔視の術式を『殺し』再現します。


 古に滅びたとされる遠隔視の魔法をスキルによって、戦場の鳥瞰図が明らかにされていく。

 ホログラム映像のように映し出されたのは、ヘリコプターから空撮されたような広大な風景。

 中央には目立つ銀色の靡く髪。騎乗したスレイのものだ。

 豆粒みたいな軍勢を多数率いて、街道を国境へ向け急行している。

 最初にぶつかり合うのは、やはりスレイたちの軍とゴブリン騎乗兵だろう。

 俺は腕を組みながら、火蓋が切って落とされる瞬間を待つのであった。

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