第26話 聖女の思惑を×そう!④


 国王が殺された。

 それは衛兵や仕える学者にとっては衝撃的なもので、広間にいた誰もが動きを止め固まっていた。

 素早い魔力による攻撃。

 しかしそれが聖女の攻撃であったことに気がついたのは、俺の他にはたったひとりであった。


「聖女様っ!! これは反逆です。王に対し攻撃するなど……殺すなんて、信じられない。なんてことを」


「ミリア様。私ではありません。セツカ様がやったのですよ?」


「違うっ!! セツカはなにもやってない! そんな……どうして。これじゃまるで」


「使い捨て。ですかね?」


 聖女はそうのたまった。

 まるで最初から結末が決まっていたかのように、当たり前の顔をして。

 ミリアは物凄い速度で動き衛兵の剣を奪った。

 聖女とは国のために、国民のために勇者を導く役目なのだ。

 それが国王を殺すなど、正義とは真逆の行為に他ならない。

 彼女はこれまで見たことがないほど激昂している。


「国王に、ルーイーズに聞きたいことがあったのにっ!!」


「あー。ペニーワイズはあなたに真実を話してしまったのですか。賢い女だと思ってたんですけどねえ。なら、ミリア様をここで処分する必要が出てきましたね。いいでしょう。すべてお話ししてあげます。ここに汚い首を転がしているのは、私が見繕った偽の国王です。私の言うことを聞き、私の指示を実行するお人形さんですね。あなたのご両親は……はて、どうなったのでしたっけ?」


 聖女は首を傾け目を細めミリアを挑発する。

 ミリアは剣の切っ先をアリエルの顔へと向けた。


「アリエル貴様っ!!」


「あ、そうだ。この偽物と入れ換えるときバレないように仲良くミンチ肉にしたんでした。魔物の餌にでもなっていることでしょう」


「くそっ、くそっ!! よくもっ。あたしは、ずっと親に捨てられたと思って生きてきたんだぞっ!!」


「黙りなさい。そして誰に向かって剣を向けているのです?」


 アリエルは王座に座る王の首なし死体を蹴落とし、自ら座る。

 そして脚を組みこう言った。


「私がオリエンテールの新たな支配者。大聖女アリエルです。王は逆賊セツカに殺害され不在なので私が指揮をとりましょう」 


 結局これが目的か。

 国を支配して、この聖女は何を望んでいる?

 まさか単純に王になりたいなんて考えてはいないだろう。


「知りたいですかセツカ様? どうしてこう回りくどいことをしているか。どうしてセツカ様に王殺しを擦り付けたか? これですべてがすっきりハマるんですよ気持ちよーくね。人心をズボッとくわえて離さないようにするんですよ。人の心を操るにはこういう過激なのも必要なのです」

 

「わかりやすく言えクソビッチ」


「ビッチ? 私が? まあいいでしょう。すべては『新人類計画』のためです」


 わかりやすく言えと言ったのにこいつは無能か?

 アリエルは王座に座り、髪を触りながら続ける。


「今回の件でセツカ様は正式に国の敵となります。王を殺したことになるんですから当たり前ですよねえ? ですから、ここにいらした時点で私の勝ちだったのです。可愛いセツカ様はまんまと濡れ衣を貰いにやって来てくれたんですねえ。セツカ様は国中、どこでもまともには暮らせません。でもそんなセツカ様に大大大チャンス!! 私直属のしもべとして働いてもらいましょう。ていうか、それしか生きる道はありませんが」


「しもべとはなんだ。何をやらせるつもりだ?」


「国民を程よく間引いて欲しいのです。つまり殺戮ですね。王殺しのセツカ様は、これからオリエンテールの罪なき国民を殺し、新人類の生産に協力してもらいます」


「だから新人類とはなんだ。何故民衆を殺す必要がある?」


 聖女は面倒だと言わんばかりにため息をつき。


「転移されてきたあなた方が持つ能力があるでしょう? チートスキルとか呼んでいる加護のことです。アレ、もっと強力なものを人工的に作ろうと思いまして。国民一千人を生け贄に捧げることによって生まれる魔人。ソレを大量に生産する計画が新人類計画です」


 なるほどな。くだらない。

 聖女のたくらみが明らかになるほど、俺の落胆は大きくなっていく。

 あまりにもショボすぎるからだ。

 俺を悪役として利用して、国民を殺戮して儀式を行う。そうして魔人とやらをつくる。

 つまるところ強大な軍隊を作り出したいわけだ。それも自分に従順なやつを。

 転移してきた俺たち、貴族ボブリス、不死者の心臓を利用し、前国王とその后を殺害してまでやりたかったことがこれ。

 しょっぱ。

 親がこんな奴に殺されたことを知って涙目になっているミリアが可哀想すぎる。

 さて。1ポイントプラス。


「不死者の心臓から産み出される軍勢だけでは、低級のアンデッドだけなので心もとないのです。私が求めるのはセツカ様、あなたのように利用しやすいピュアな男の子ですよ? あはははっ。あなたがこうやって逃げ場がなくなり、協力するほかない状況になるのをどれだけ待ち望んだか。これで私は清廉潔白のまま、セツカ様が悪となり民衆を殺す。だけど安心してください。セツカ様をコントロールするのはこのわ・た・し♡全く、久しぶりに昂りましたよ、うふふ」


 ウインクしながら指をペロペロしている聖女。何のつもりかわからんが吐き気がする。

 はぁ。ついでだ。

 疑問に思っていることをこいつに聞いておくか。

 テンション上がっている今ならなんでも話してくれるだろうし。


「どうしてスレイの国を攻撃した? スレイの魔眼を狙ったのは何故だ?」


「そんなこと気になります? んー表向きでは、魔眼持ちはかなり魔力が高い子供が出来上がるから、有力貴族に資金と交換ですね。それにイシュタルは弱小国家でしたから、踏んだことすら覚えていません。雑草を踏んだこと覚えています?」


「親を亡くした、国を無くしたスレイの気持ちを考えたことはあるか?」


「ないですね。弱いから国が無くなるんでしょう? 私には関係がないしそんな気持ち知りたくもありません」


「1ポイントプラス」


「ん、なんですそれ?」


 さて、質問を続けようか。


「フローラが深淵の森に封印されているのは知っていたな? 三千年も子供のエルフが封印されていると知っていて、どうしてこの国はなんの対策もとらなかった?」


「あはっ。あれはその昔、私がつくった封印ですから。馬鹿王も国民も私の高度な魔法呪術を理解できるわけないでしょう? エルフなんて魔法の素材ですよ? セツカ様は情が移っているようですが、あの種族は耳がとがって気持ち悪いクソ田舎亜人ですよ? つーかオリエンテールが大国なのは私がそうやって呪いの調節をしてたお陰もあるんですから。少しは感謝して欲しいものです」


「1ポイントプラス」


「さっきからなんなんです? まあいいでしょう。さて、お話は終わりにしましょうか」


 聖女は脚を組み直し。


「私の黒騎士となったセツカ様に最初のおねがいです。ミリア様は知りすぎました。あなたが殺してください。やらなければイシイ様の元にいる人質が次々と死にます」


 嬉しそうに表情を崩しミリアを指差し死刑宣告する。

 愕然とするミリア。俺の顔を見て怯えてみせる。


「そんな……セツカやめて。あたしセツカのことが」


「チッ。ああ、それともこうしますか? 私の足を舐めたら、ミリア様を殺すのはやめにしようかなーと。私の足を、じっくりとねっとりと舐めて私を気持ちよくさせられたらミリア様の命は助けるかもしれない。私の満足次第。これってすごくフェアですよねえ!?」


「…………」


 俺は無言で聖女アリエルの元へと向かう。

 手を叩き、けらけらと嗤い喜んだアリエルは、履いていた白いブーツを脱ぐ。

 ミリアはうなだれ、それを見たアリエルは顔を歪めて口の端を上げた。


「まさかこっちを選ばれるとは。セツカ様ってば本当は私のこと好きなんじゃないですかあ? ちゃんと隅々まで舐めるのですよセツカ様あ? ほらほら、大聖女様の足の指の間を舐めることができて幸せですって顔をしながら、膝をついてミリア様を殺さないでくださいおねがいしますって懇願してくださいね!!」


 すっかり興奮した様子のアリエルは、背もたれに深く腰掛けながら脱いだブーツをプラプラとさせている。

 俺は無言でアリエルに接近する。

 そして彼女の近くまでやってきた。

 

「噛んだり痛くしたら人質を惨たらしく殺しますから。しっかり尽くして気持ちよくしてくださいねえ?」


「気持ちよくだな。わかった」


 右の拳をぎゅっと握りしめる。

 そして勢い良く後ろに振りかぶる。

 目の前にはいまだへらへら気味悪く嗤っている聖女の姿。

 そのまま、持てる最大の力をもって右拳を前面へと突きだした。

 つまり聖女の顔面をぶん殴る!!!


「がぺぇぇぇぇええええっ!?!?」


 聖女の鼻にクリーンヒットした拳を、そのまま体重を乗せて振り抜いてやった。

 やけに頑丈そうな王座に座っていた聖女は、パンチの衝撃をすべて喰らって歯が何本も吹き飛んだみたいだな。

 ぶっさ。切腹寸前の落ち武者みたいな顔してるぞ?


 口からごぽごぽ血を吹き出してすごく気持ちよさそう。喜んでくれたみたいで俺もうれしいよ。


「がはっ。ぎざっ、貴様っ!! はっ、はははっセツカ様やっちゃいましたねえっ。ううっ。私の顔面を殴るなんてひどい……はあはあっ、仕方ない、これほど愚かだとは計算外ですが。イシイ様、人質の半分を殺してください」


 突然の激痛に号泣しながら顔を押さえ、聖女アリエルはどこかに通信した様子だ。

 しかし通信から返ってきた声を聞き、アリエルの表情が固まる。


『悪いが、人質はゼロだぞ』


 俺の声だ。


「はぁ? えっ、あれっ? い、イシイ様は?」


 アホ顔をさらしているアリエルは、事態を理解できていない。

 チェックメイトとはこういう状況を言うんだよ、バカ女め。


「え?」


 さあて、貯まったポイントは精算しないとな。

 期限が切れると使えなくなっちゃうもん。ポイントカード。

 ねえ、大聖女アリエル様?

  

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