泳ぐ熱帯魚

@mi3719

 掃除機のうるさい音が私の耳に絶え間なく聞こえてくる。

今大声を出して叫んだとしても近所迷惑にならないのではないか、なんて馬鹿げたことを考えて大きく息を吸ってみるがそんな元気もない。短時間で大きいビニール袋に詰め込まれた羽毛布団は吸われるたびにどんどん小さくなっていく。最初はふわふわと気持ちよさそうな見た目が滑稽な形に変わっていく、そんな様がおかしくて私は微笑した。吸引口に当てている掃除機、圧縮袋から消えていく空気。そして、残った物体。吸われてしまった空気は確かに現在のもので、残った物体の中に微かにある空気もそうだ。これがまた新しい季節に解放される時、一体空気同士は調和されるのであろうか。私は色んな思いを込めてこの羽毛布団を押入れの奥にしまい込んだ。

 今日は日曜日。季節はまだ肌寒いが、桜も咲き始めた珍しく暖かい今日が嬉しくて衣替えを試みたのだ。私は思い立ったらすぐやる派だ。とりあえず寝ていた羽毛布団のカバーを勢いよく外して洗濯機へ、そして布団は圧縮した。ここまでは順調だ。でもそれ以降は進まずに終わった。

 「はあ、疲れたなあ。」

 大して動いてもいないのは自負していたが、お昼の時間になったことに気づき、手を止めた。タイミングを見計らうように携帯がなる。画面を見ると、同僚の楠木 桜からだ。

 「もしもし。」

 電話に出ると元気な桜の声が耳に響く。

 「もしもし!美菜!ねえ聞いて欲しいことがあるの!あのね!、、、」

 彼女はいつもマシンガントークをする。興奮が冷めないときは私が間に口を挟むこともできない。会社の同期で話していて波長が何かとあったのがきっかけに自然とよく行動するようになった。入社したばかりの頃、出勤前になんとなく見ていた報道番組で『鮭の正しい食べ方』を特集していたコーナーを見ていた彼女は、お昼に行った定食屋で『鮭定食』を自分が注文し、鮭の正しい食べ方を私に自慢げに披露してくれた。誰もが周知している内容であったが、あまりにも楽しそうに話す彼女を見てとてもじゃないけれど、「それ知ってるよ。」なんて言えなかった。本当に些細なきっかけかもしれないが、この日をきっかけに桜と仲良くなった気がする。とにかく桜は明るく気さくだし、愛嬌もあって先輩からも評価が高い。たまに少し変わった行動もすることがあるがそれも含め憎めない存在だ。

 彼女のマシンガントークは続く。まず休日の行動を事細かに話して、それぞれ起こったことをピックアップして私に報告してくれる。今日みたいに暇なタイミングだと構わないが、忙しい時だと困ってしまう。明日からまた会社で会うのにな、と思いつつ彼女の話を「うん、うん」と聞いてしまうところは、やっぱり彼女のことが好きだし、信頼しているんだなあ、と思う。「今日桜が咲き始めました!」というお天気お姉さんの言葉に感化されて衣替えしようと思いついたのも『桜』から来ているのかもしれない。そんなこと本人に行ってしまったらどうなることやら、想像はつくので黙っておくことにした。

 「それで、どうしたの?」

 私は桜に問いかける。

 「美菜と話したかったんだよー!でもね、1つ聞きたいことがあるの!」

 やっぱり、桜が電話をかけるときはマシンガントークの中に何か肝となる話がある。それは恋愛、仕事、友人関係いろいろだ。彼女は続けてこういった。

 「美菜さ、前の彼氏と別れてからしばらく経つじゃない?それからというもの美菜は仕事ばかりしているし、で会う機会もないんじゃないかなあって、だから私、新しい世界を提供しようと思って!」

 提供、、、。彼女らしい言葉の選び方だ。いつも言葉のチョイスが少しずれているのだ。

 恋愛は得意ではない、あれ以来から。

もう一度、恋愛というものに足を踏み入れてみようか、やらないよりやったほうがいいだろう。私は迷わず、「うん。」と言った。

 桜と桜、偶然が重なった日、春が始まるにはちょうどいい日じゃないか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る