幼馴染に彼女を自慢したらとんでもないことになった件について(旧題:幼馴染と彼女がヤンデレ化して俺の取り合いを始めた件について)
石田おきひと
第1話『青白い炎』
「あのっ、
体育館裏で、俺は黒髪の美少女に人生初の告白を受けていた。
きっと、これは夢だろうと思った。
だって、そうでないとつじつまが合わない。
俺の目の前にいるのは、学年で三本の指に入ると名高い美人の
艷やかな濡れ羽色の髪が、春の風に吹かれて水のようにたなびいている。
身長は、男子高校生の平均程度の俺より頭一個分低い。
それでいて、腰の高さは俺と大差ないというモデル並みのスタイルの良さ。
当然、顔はシャープなシェイプラインを描く卵型で、恐ろしく小ぶりだ。
穏やかそうな垂れ目を縁取るくっきりしたまつげ。
すっと鼻筋が通った小さな鼻。
桜色の唇から紡がれる言葉は、さながら春の日差しのように心地よい。
とんでもなく緊張しているのだろう。
白雪のような肌はほんのりと薄ピンク色に染まり、小さな手でぎゅっとチェック柄のプリーツスカートを握りしめている。
それでも、驚くほど大きな目でしっかりと俺を見据え、返事を待っている。
「えっと……」
俺は慎重に言葉を選ぶ。
高校に入学して、まだ一ヶ月足らず。
同じクラスとはいえ、高嶺の花な朝木さんと俺の間に交流など皆無。
すなわち、まっとうに考えれば彼女が俺に告白してくる理由など、ただ一つしかない。
それは、罰ゲーム。
地味で冴えない俺のような陰キャに、一抹の期待を抱かせる悪魔の所業。
しかし、自慢ではないが俺は生まれてこの方告白などされたことがない。
もちろん、罰ゲームでもだ。
たった一回でも、嘘でもハニートラップでも何でもいいから、女の子に好きだと言われてみたい。
それが俺、
要するに、俺はその手の罰ゲームの対象にすらならないほど影の薄い男だったわけだ。
その性質が、高校に進学しただけで変わるはずもない。
つまり、これはマジ告白だ。そうに違いない。
にわかに胸が高鳴り始める。
おいおい、来てしまったのかよ俺のモテ期。
イチローを見出したオリックスの三輪田スカウトのように。
奈須きのこの才能を見抜いた武内崇のように。
降伏した関羽を重用した曹操のように。
彼女もまた、その慧眼でもって俺の隠れ(過ぎていた)イケメンぶりを発見したのだろう。
となれば、もう答えは一つだ。
「ぜひ、よろしくおねがいします!」
人生最高と言い切れる一礼とともに、俺は朗々と宣言した。
朝木さんというベストパートナーを得た俺の人生には、これからめくるめく幸福が列をなして押し寄せてくるに違いない。
俺はこのとき、そう確信していたのだ。
◆ ◆ ◆
帰り道。
なんとも幸運なことに、朝木さんと俺の帰り道はかなり一致していた。
といっても、途中で彼女はバスに乗ってしまうわけだが……。
それでも、十分ほど一緒に歩いて帰ることができる。
桜が舞い散る並木道を、俺は雲の上を歩くような気持ちで帰っていた。
今朝登校するときまで、実に憂鬱で面白みのない光景だと思っていた通学路。
それが今では、ディズニーランドのワールドバザールのように華やかに見える。
心ない飼い主がほったらかした犬のフンまで微笑ましく思える始末だ。
はっきり言って、かなり重症だと思う。
かたわらを歩く朝木さんは、何だか落ち着きがない。
しきりにまばたきをしたり、時折困ったように眉をしかめたりしている。
スクールバッグについているパスケースが、歩くのに合わせてぴょこぴょこと揺れていた。
俺はおずおずと尋ねた。
「あの……やっぱり、俺なんかと並んで歩くの、恥ずかしい?」
「えっ!? ううん、全然そんなことないよ! 今部活の時間だから、あんまり人通りもないし!」
そういう問題なのだろうか。
いや、まあそういう問題だけどさ。
一応納得した俺は、満を持して聞きたかった質問を投げかけてみた。
「朝木さんはさ、その、いつから俺のこと好きだったの?」
付き合いたてのカップルが互いにする質問ランキングを作ったら、間違いなく上位入賞を果たすだろう。
そのくらい鉄板な質問なはずだが、朝木さんは何故か虚空に目を泳がせた。
「えーっと……い、いつからかなあ。よく分かんないけど、気がついたらって感じかな」
「そ、そうなんだ……」
言われてみれば、人を好きになった瞬間なんて、誰しも覚えているものではないのだろう。
漫画みたいに『トゥンク……』とか花びらとか出てくるわけじゃないし。
と、そんな初々しい会話を繰り広げている俺たちに、声をかけてくる者があった。
「あれ、春留ちゃんだよね? 何で庸光と帰ってるの?」
いぶかしげに首を捻る、見知った少女。
すらりとした手足にスレンダーな体つき。
制服のスカートから覗くまばゆい太もも。
目尻の吊り上がったキツめの顔立ちながら、切れ長の目と整った眉毛のバランスが美しい。
中学までは野暮ったいお下げにしていた髪を、内向きパーマのボブにしてからぐっと魅力が増したように思える。
ああ、相変わらず可愛いな、俺の幼馴染は。
「あ、月ノ瀬さ――やよいちゃん……えっとね、これはね」
「俺たち付き合ってるんだよ。そうだよね、朝木さん?」
「あー……うん」
しどろもどろになる朝木さんの言葉をさえぎって、俺ははっきりと言い切った。
鳩に豆鉄砲を食らったように、ぽかんと口を開ける少女こと、月ノ
まだ、事態が上手く飲み込めていないようだ。
「えっ、ちょっと待って。付き合ってるの? 庸光と春留ちゃんが? いつから?」
「ついさっき。朝木さんに告白されたんだよ」
「朝木さんから告白したの? 庸光に?」
「おう。それがどうかしたか?」
「いや、別に? ふーん、そうなんだ。なるほどね。朝木さんがね。庸光にね。ふーん……」
平静を装っているものの、明らかにやよいは動揺していた。
腕組みをしながら人差し指で二の腕をしきりに叩いている――彼女の癖だ。
そんな彼女の取り乱しようを見て、俺は仄暗い快感を覚えていた。
「ふふん、どうだビビったか? 散々俺のこと終身名誉童貞だの彼女いない歴=寿命とか馬鹿にしてきやがってコラ。俺だってその気になりゃーこんなもんよ」
やよいは昔からモテた。
顔がよく、性格は明るく愛嬌もあるのだから当たり前だ。
昔は芋臭い黒縁メガネをしており、それを外したときの正統派美少女っぷりのギャップもすごかった。
中学までにもらったラブレター(プラスSNSのメッセージ)は数知れず。
クラス替えのたびに男が群がってくるのが鬱陶しいと、愚痴風自慢を聞かされたのも一度や二度ではない。
いい加減飽き飽きしていたので聞き流していると、やよいは決まってこう言った。
『庸光はいいなー。こんな悩みとは一生無縁だろうし』
しかし、不思議とやよいは恋人を作らなかった。
野球部の主将やサッカー部のイケメンに告られても馬耳東風とばかり受け流していた。
『人気のある男子と付き合うといろいろ面倒くさそうだから』というのが本人の弁だ。
恐らく、そいつを好きな女子を敵に回すのが嫌だったのだろう。
俺はそんなやよいに内心ムカついていた。
こちとら相手を選ぶ以前に、選ぶ相手がいない有り様なのだ。
こんな世界は間違っている、と枕を濡らした夜もあった。
だからこそ、気分が良かった。
これは、俺を男として見ようとしなかったやよいに対する一種の復讐なのだ。
俺だって、女の子に認めてもらえるような立派な男だと、真正面から見せつけてやった。
ここまでやれば、少しはやよいも俺のことを見直すに違いない。
ま、見直したところでもう遅いんだけどな。
勝ち誇る俺とは対称的に、何やら朝木さんは焦りをつのらせているようだ。
完全な無表情になったやよいに歩み寄り、おたおたと身振り手振りで何事か伝えようとしている。
「あ、あのね、やよいちゃん。わたし、全然知らなくて……」
「ううん、いいよ。別になんでもないから。気にしないで」
朝木さんによく分からない返事をしてから、やよいはゆっくりと俺の方を向き直った。
「よかったじゃん、庸光。おめでと! じゃあね!」
そして、やよいは俺の返答も待たず、走り去っていってしまった。
☆ ☆ ☆
「おかえりー、やよい。もうすぐご飯だから、お菓子食べたりしちゃ駄目よ?」
気がつくと、私は家の玄関に立っていた。
どうやって学校から帰ってきたんだろう。
それすら思い出せないくらい、頭の中がぐちゃぐちゃだった。
階段横に置いてある姿見で、顔をチェックする。
高校に入るとき、思い切ってショートボブにした髪は、風で乱れてめちゃくちゃだ。
慣れないコンタクトレンズを入れた目も、ゴミが入ったのか真っ赤に充血している。
ありていに言って、ひどい有り様だった。
こんな顔、とても学校の皆には見せられない。
特に、
髪を切ったのも、メガネからコンタクトにしたのも、全部あいつの好みに合わせたからだ。
髪は長い方が好きだったし、メガネの方が楽で気に入っていた。
それでも、あいつは今の私の方が可愛いって言ってくれた。
なのに……。
「っ……!」
鼻の奥がつんと痛くなり、私はダッシュで階段を駆け上がった。
薄暗い自分の部屋に飛び込み、ベッドに真新しいスクールバッグを放り出す。
そして、お気に入りのクマさんのぬいぐるみに顔をうずめ、感情を爆発させた。
「うっ……うああああ――! うわあああん――!」
もこもこの毛皮と綿が、私のみっともない泣き声を受け止めてくれた。
このぬいぐるみも、小学生の頃、あいつと一緒に遊園地に行ったとき、親に買ってもらったものだ。
あのときはぬいぐるみより小さかったあいつも、今では私より背が高くなった。
ぶっきらぼうで陰気だけど、素直で可愛いところもある奴だった。
絶対、誰にも取られたりしないと思っていた。
あんな地味な男を好きになる女なんて、この世で私だけだと信じていた。
泣いて、泣いて、泣いて……。
どれくらい時間が経ったんだろう。
もしかすると、ほんの五分足らずの出来事だったかもしれない。
私はタオルで乱暴に顔を拭い、立ち上がって大きく深呼吸をした。
壁にかけてある、額縁入りの中学時代のクラス写真に目をやる。
体育祭が終わった後、全員で撮ったものだ。
珍しく楽しそうな笑顔を浮かべているあいつ――
(取り返してやる)
あんなぽっと出の女に、私の庸光を取られてたまるか。
あれは私のだ。誰にもやるもんか。
絶対、絶対、絶対絶対絶対絶対誰にもやらないんだから――!!
爪が食い込むほど固く握り込んだ拳を緩め、胸の前で組み合わせる。
しかし、取り返すといってもどうしようか?
あんまり露骨に奪おうとしたら、こっちの風評が悪くなってしまう。
「やよいー! ご飯よー!」
「はーい、今行くー!」
一階から届いたママの声に答えながら、私はゆっくりと制服のジャケットを脱いだ。
しばらくの間、様子見に徹した方がいいかもしれない。
あの二人の関係を観察して、付け入る隙を探す。
行動に移すのは、それからでも遅くない。
胸の中に、青白い炎が燃えている。
ささやかながらも、身を焦がすような高温の炎だ。
熱に浮かされたように、私は淡々と今後の計画を練った。
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