第2話 雨の日

 六畳間アパートのテラス戸から見える空は灰色に染まり、厚い雲からしとしとと雨が降り注いでいた。長引きそうな雨だった。心なしか、和室の畳も湿った感覚がする。


「雨くま」

「雨だな」


 緊急事態宣言を受け暇を持て余してる熊人のガジェコの呟きに、女騎士のアリスが答えた。


 濡れた窓ガラスを眺めるのをやめ、ガジェコは褐色の手をコタツ天板に伸ばす。ドラッグストアの袋をがさがさとあさり、中にあるさつまいもジャーキーを開封。一掴みしむしゃむしゃ食べる。


 三度繰り返して過半をたいらげる。


 ごろん。ホームセンターで九八〇円で購入したロング座布団に寝転んだガジェコは、万年こたつのなかで脚を伸ばす。アパートの借主の持ち物だった、独り暮らし用こたつなので狭い。対面にいるアリスの脚にがんとぶつかった。

 領土的野心を抱いたガジェコは、アリスが邪魔なのでぐいぐい押す。


「国境線をこえているが」

「想像してごらん、国境のない世界を。難しいことじゃないさ」

「節度を保て」

「世界中で好き勝手に国境線をひいたイギリス人のアリスに言われたくないくま」


 さらに両足で押す。すると硬いもので小突かれた。この女、剣の鞘で叩いてきやがった。むかついたので爪先で鞘ごと剣をはさむ。ひっぱる。慌てた様子でアリスがこたつ毛布をめくった。


「こら貴公、女王陛下から賜った私の剣を足蹴にするな。これは世界でも十指に入る貴重なアーティファクトだぞ。なんだと思ってるのだ」


 かかったな、愚か者め! その瞬間、アリスの顔面に向けてさつまいもジャーキーで蓄えた燃料をブボボモワッと解き放つ。


「おっと屁がでてしまったくま」

「くっさ! けものの、動物臭がすごい!」


 悶絶するアリス。ブロッケンマンに毒ガス攻撃されたラーメンマンみたいに悲鳴をあげて苦しむ。じたばたじたばた。極めてなにか生命に対する侮辱を感じさせる動きをしながら悶絶している。むごいかと思ったが笑える動きだ。


 こたつから飛び出しもがいているアリスをみて、ガジェコは嗜虐的な満足感に包まれた。領土紛争に勝利した。ここに新生国家を樹立せねば。毛沢東もいっている、国家は獣孔からうまれるのだ。


 アリスを十分苦しませたあと、ガジェコはもう一度さつまいもジャーキーに手を伸ばした。涙目で見守るアリス。その顔がふと疑問を持った。


「そのさつまいもジャーキー。さっきから気になっていたのだが」

「なんだよやらないぞ」

「別にいらんが」


 そそくさと懐に隠す。さつまいもジャーキーは不要不急な外出が叫ばれるなか、アパート借主の愛猫のためにキャットフード購入の代表者としてドラッグストアに出向いたガジェコが、ついでに買ってきたものだ。


「それ犬用とパッケージに書いてあるぞ」

「!?」


 ホントだった。まじまじと見つめ停止する。おかげで隙を曝してしまった。


「ところで貴公」


 冷静さを取り戻したアリスが、どこからともなくメイスを取り出す。神聖の祝福を受けたそれは、アリスが腐敗と汚濁が支配する疫病したたる谷へと冒険に出かけ拾ったものだ。


「人類は麺類という言葉を知っているか?」

「お、落ち着くくま。それはテレビ放送できない内容だくま」

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