熊と女騎士、八畳間暮らし

うぉーけん

第1話 お仕事募集中

「お仕事がないくまね」


 コタツに下半身を突っ込み、寝転んでスマホをいじっていたガジェコは呟く。頭頂部の一対のほわほわ毛の茶色い熊耳がひょこひょこ動くたび、褐色の指先がすいすいと画面をスクロールさせていく。

 でも、特段興味を示す情報は就職情報サイトにはない。

 

「流行り病が席捲しているのだから、しかたあるまい。どこも不景気なのだ」


 反対側に座っているアリスアリネ・アルヴァアアルトという名前にアが多い女が、出がらし茶を啜りながら答えた。

 ガジェコが視線を投げかけると、略称アリスは畳に置いた愛剣を抱えて茶を飲んでいた。重要な臓器を守る配置のブレストプレート・アーマー、左手の手甲という金属の部分鎧、そして履いている装甲ロングブーツといったいで立ちを彼女は崩さない。


 土足のまま月額家賃・三万八千円、駐車場付きアパートに上がり込み借主からバールでお仕置きされたアリスは、いつもいつも女騎士アピールがうざいやつだとガジェコは思う。SNSで女騎士論客ぶろうと思ったのに、フォロワー37人で止まってるくせに。部屋の中くらい鎧を脱げよ。

 まあ、今アリスにかまっている暇はない。銀の髪をかきかきしてガジェコは再度スマホに視線を落とす。


 家主が大学の講義を受けに行っている間、とくにすることがないふたりは、2LDKのうち倉庫代わりだった六畳間の和室で漫然と過ごしていた。

 ごろりと転がり姿勢をかえるガジェコ。外から求人! 高収入! アルバイトォー! という大音量をがなり立てるトラックが走る音が聞こえる。うるさい。言われなくてもわかってる。今のあたしには仕事が必要なのだ。


「お、この求人けっこういいじゃん。なになに、オーク向けの飲食業? 飲食業(意味深)かあ。あーでも経験者優遇、要資格ってあるな」


 眉根を寄せて、声だけでアリスに問う。


「この女騎士検定二級ってなんだ。知ってる、アリス?」


「士業である女騎士を開業するのに必要な資格だな。二級は実技を含んだ試験が必要だ。一級は主任女騎士の指導の下、五年以上の実務経験がなければ取得できん。国家資格だから女騎士は〇魔忍よりも社会的信頼度が高い仕事だぞ。賃貸住宅も借りれるしローンを組むのにも有利だ」


「ほうほう。検定って、とりあえず二級だとどんなテストすんのさ?」


「そうだな。まずは性的な要素を含む尋問拷問に耐える忍耐力を問われる」


「それむしろ女騎士の才能あったら受からないんじゃないの!?」


 がばりと起き上がって尋ねるガジェコ。命を刈り取る交渉を強いられる(出品側にとって)フリマアプリ・命流狩離で購入したなんとか焼きの湯呑をコタツ天板にことりと置くアリス。


「私は検定を持っていないからわからん」


「お前モグリの女騎士かよ!」


「私は騎士は騎士でも保険会社勤めの属性騎士アルケーナイトだからな。ちゃんと必要な土属性の高圧・特別高圧(地面)の取扱特別教育を修了しているぞ」


 誇らしげに金髪をなびかせる。コタツに万年床に借主の愛猫ががりがりした衾の和室でカッコつけられても単に滑稽だ。

 ちなみに愛猫の家庭的地位はガジェコやアリスより上だった。


「はいはい正社員はいいよね。あたしみたいな非正規はお仕事なくて大変だよ」


 銀髪をいじいじ指で巻き取るガジェコ。家賃も水道光熱費も家主の女子大生持ちなのだが、人の三倍は食べる熊の獣化症者ライカンスロピィであるガジェコのご飯代は自分で出さねばならない。


 お金が必要なのに、仕事がない。このままでは食い詰める。ジリ貧だ。


 ガジェコは空腹にため息をついた。いつもは亜空間の預次元ポケットポケットパケットにしまっている二挺の自動拳銃、グリズリー・マーク・ファイヴもウィン・マグも所在なげにコタツ天板に転がっている。


 うーん、やっぱりイギリス秘密情報部ザ・ファームの殺し屋を退職するんじゃなかった。退職方法が強引だったので、おかげで目撃次第射殺シュート・オン・サイト命令が自分にでて命を狙われているのも再就職に面倒な点だ。前回はコーヒーチェーン店の面接中に特殊空挺部隊SASに急襲されて死ぬかと思った。

 不義理はするもんじゃない。


 ガジェコが頭を抱えていると、かんかんと階段を軽快にあがってくる音が聞こえた。ロッキンホースが金属を叩く音。やがて安普請の玄関扉ががちゃりと開く。

 借主の女子大生が帰宅したようだ。


「ただいまー、スーパーでお寿司がセール価格だったから買ってきたよー。バイト代もでたし、わたしの奢りだよ奢り!」


 明るい上機嫌な声。おおっと感動してガジェコはコタツから飛び出した。


「おかえりー」


 人懐こい犬のような表情を浮かべて家主を迎えるガジェコ。とりあえず今日のご飯はなんとかなりそうだ。

 まあ、明日のことは明日考えるとしよう。

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