ダンジョン stay ナイツ!! ―迷宮探索一夜漬けアホ騎士共―

藤塚マーク

第1話 成績発表

「納ッッッッッッ得できないわ!!」


 廊下の真ん中。

 甲高い少女の声がこだまする。

 俺は思わず耳を塞ぎ、すれ違う生徒たちは怪訝そうな顔をしながら振り返った。


「な、何なんだ一体……」


 キーンとする耳元を押さえつつ、今しがた声を発した少女の方へ目を向けた。


 紅い長髪。

 犬耳のようにはねた横髪。

 人形のように端正な顔立ちからは、想像もつかないほど獰猛な眼光。


「フー……ッ! フー……ッ!」


 彼女の口から、獣の唸り声のような吐息が漏れる。


「……黙っていたらかわいいのに」


 やべ、こっち見た。

 さっと人混みに隠れて事なきを得る。

 ……ちょっと間を置いて、改めて紅い髪の少女を観察する事にした。


 金の刺繍の入った白コートに、黒のインナーとミニスカート。

 彼女の出で立ちは、ここ王立騎士団養成所の女子生徒……つまり見習い騎士である証だ。

 軽装なので、恐らく魔導騎士科の生徒だろう。


 肩元には、もうじき卒業する第49期生のエムブレムが添えられており。

 どうやら俺と年は変わらないようである。

 ……その割にはちょっと幼く見えるけど。


 そんな彼女は二つに結んだ紅髪を揺らし、両手を壁についてお尻を突き出す格好で。

 恥も外聞もかなぐり捨てて、何かをじっと睨みつけている。

 身体の動きと同調して、豊かな胸元が小刻みに震えていた。


「……ていうか何に対して怒ってんだ?」


 気になったので。

 彼女の視線の先を追っていけば……そこには俺たち卒業生の成績表が張り出されてあった。


「……あー、なるほど。成績表か」


 今日は卒業試験の結果が発表される日だ。

 どうやらあの子は、自分の成績が気に食わなくて怒ってるらしい。


 さっきまで成績表を眺めていた他の生徒たちは、気まずそうに距離を取っている。

 紅い髪の少女は上体を起こすと、尚も甲高い声をあげながら、地団駄を踏んで憤慨していた。


「な・ん・で! このアタシが“二位”なのよ! 許せない一位の奴ぁぁぁぁ!!」


 どうやら当たりのようだ。

 自分に自信があるタイプなのかな。

 プライドの高さ故に、自分の上を行く存在が許せない……とか?


 そう言えば聞いたことがある。

 この騎士団養成所の第49期生には、“関わってはいけない危険人物”が三人いると。

 失礼ながら、彼女はその一人かもしれない。

 その危険人物ってどんな特徴だったっけなぁ……?


 俺がそんな事を考えている間にも、彼女は自身の頭をかき乱しながらものすごい剣幕で唸っている。

 見てくれは美少女なのに勿体ない。


「こりゃしばらく近寄らない方がいいかな」


 俺は自分の成績が気になりつつも、何かの拍子に彼女が暴れだして巻き添えを食らうのも嫌なので、ため息ひとつ。

 また後で見に来ようかなーと思い、その場を後にする。

 すると――


「お兄様ー!」


 成績表を睨み付ける少女を挟んで向こう側、そこから聞き慣れた声が聞こえた。


「この声は——」


 遠巻きに眺めている人混みをくぐり抜けて、ふわりと銀髪をなびかせながら、一人の小柄な少女が駆け寄ってきた。


 同じく騎士団養成所の制服に、一学年下である第50期生のエムブレム。

 首に希少な聖騎士科の証である木製のロザリオをぶら下げ、少女はにこやかに俺の名前を呼んだ。


「お待たせしました、クロエお兄様!」

「シロナ!」


 同じく笑顔で彼女の名を呼んだ。

 俺は少しかがんで目線を合わせ、勢いよく駆けて来た妹と両手でハイタッチする。


「早かったじゃないか。聖騎士科の訓練はもう終わったの?」

「はい! クロエお兄様の成績が気になりましたので! それはもう全速力で!」

「そう言ってもらえると何だか照れるなぁ」


 立ち上がりながら、チラリと彼女に目を向ける。

 ――かわいい。いつ見ても天使だ。

 学内では俺の事をシスコンアホ野郎と馬鹿にする人間もいるが、彼女のような妹がいてシスコンにならない方がどうかしている。


 それほどにシロナ・ランダードはよくできた妹なのだ。


 利発で人柄が良く、何かと「お兄様ー!」と元気な声で俺に呼びかけてくれる。

 笑顔がかわいい天使。

 さらに最年少で養成所に入学し、希少な人材である聖騎士科の中でもトップの成績を誇るなど、騎士としても将来を有望視されている。

 才能溢れる女神。

 少々怖がりな欠点を除けば、兄である俺の贔屓目を抜きにしても、非の打ちどころのない美少女である。

 文句のつけようのない唯一神だ。


「それに、俺みたいな馬鹿な兄貴でも見限らないんだよなぁ」


 ……実はちょっと自信がなかったので、卒業試験の勉強を手伝ってもらったりもした。

 いやマジで助かりましたありがとうシロナ様。


 本当に手を合わせて拝んでいる俺の姿に首を傾げた後、シロナは思い出したようにポンと手を叩いた。


「そうでした! それよりお兄様、おめでとうございます!!」


 興奮したように声が上擦るシロナ。

 俺は何に対してのおめでとうなのか一瞬考えるも、すぐに卒業する事に対してのお祝いだと気づいた。

 手ごたえはあったが、無事卒業試験に受かったようだ。


「ああ、ありがとう! 俺もついに正式に騎士団へ入隊できるんだな。ランダード家の人間として恥じない様に……は、ちょっと難しいかもだけど、シロナの為にできる限り精一杯——」

「あ——いえ! もちろんそれもあるのですが!」


 ……うん?

 他に何かあるんだろうか。

 シロナは少し顔を俯かせると、にへらーと笑って——


「成績一位を! お兄様が卒業試験の結果、見事に成績一位を勝ち取られたので!」


 ――1位? 俺が?


「うおおおおおマジかやったやった! 俺やったよシロナぁぁぁぁ!!」

「はい! やりました! ほんとにやりましたよお兄様ぁぁぁぁぁ!!」


 ガタッ


 後ろの方で何か音がした気がするけど今はどうでもよかった。


「それもこれもシロナが手伝ってくれたおかげだよ! ありがとう! 俺ようやく努力が報われた感じで嬉しくて……!」

「ああ! 泣くのはまだ早いですよお兄様!! それに実技はお兄様の方が——」

「…………へぇぇぇぇぇぇ。一位、一位なんだ。ふーーーーーーーん?」


 俺達が喜び合ってると、突然後ろから声を投げかけられた。


 ——しまった! 騒ぎすぎたか!


 俺達は迷惑をかけてしまったことを謝ろうと後ろを振り向き……すぐにそんな生易しいレベルの話ではないことに気づいた。


「アタシは“二位”だったのよねぇ。まったく羨ましいわぁ一位だなんて」


 ——な・ん・で! このアタシが“二位”なのよ! 許さない一位の奴ぁぁぁぁ!!


 先程聞いた台詞が脳内で再生される。

 ……ああ、そういえばまだ居ましたね貴女。


 先程騒いでいた紅髪の少女は、ゆらりと髪をふり乱してこちらへ近づいてくる。

 怒りで瞳孔は開き、鋭い犬歯を剝き出しにして、その整った顔立ちを悪魔の笑みのように歪めていた。


 ……女の子がしちゃいけない表情かおじゃねーか。


「――でもね、アタシこう思うのよ。自分より上の順位の奴を全員血祭りにあげれば、実質アタシが一位になるんだって。……アンタもそう思わない?」


 それでなれるのは殺人鬼のナンバーワンだよ。

 あとその顔めっちゃ怖いからやめて。


「あわわわわわわ……」


 恐怖で痙攣して、白目をむいて倒れそうになってるシロナをかばいつつ、俺はそれとなーく立ち去ろうとゆっくり後ずさり……


 ガシッ


 紅蓮の悪魔(比喩)は額に青筋を浮かべながら、肉食獣のように血走った眼で俺の肩をがっしり掴んだ。


「……聞こえたわよ。アンタが普通科一位のクロエ・ランダードなんだってね」


 シロナが泡を吹いて倒れた。

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