第68話 心という亡霊

 アンドロイド医師の島谷伊緒は自ら所有するアンドロイドと婚姻する意思を公表。アンドロイドらしからぬ瑞々しい演奏で注目を集める矢木澤紫苑シリルがその相手である。


 島谷伊緒がこの婚姻を公表した一週間後、Revelationレベレイション社は声明を発表。島谷医師の所有するアンドロイドに搭載されている人工知能のドゥブルヴェは旧式な上深刻つ致命的なバグが発生している蓋然がいぜん性が極めて高い事を示唆。当該機体は所有者に対し予測不能かつ危険な行動をとることは確実で、早急なメンテナンスと大至急の人工知能交換を島谷医師に強く呼び掛けた。


 翌日島谷伊緒も声明を発表。Revelation社の声明にあるところのWやイクスの深刻且つ致命的なバグこそがアンドロイドを人間たらしめている最大の要因であり、よってそのバグに冒された脳機能の廃棄・交換は人としての心を持つに至ったアンドロイドの殺害にあたる。こうした行為は心を持つアンドロイドたちに対する最大最悪最低のだと厳しく指弾した。


 また自身の婚約者であるアンドロイドは法令・規則上では自身が所有者であるとされてはいるが、婚約の意思確認に関しては所有者としての権利や立場を行使・利用して強要したのではなく、対等の立場にあるパートナーとしてその意思を問うた上で婚約が成立したと改めて主張した。法的な所有者登録はしてあるとは言え、対等の立場を守るために当該アンドロイドに対するオーナー登録等の服従機能は一切使用していないという。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ところで、伊緒の並々ならぬ拘りから世界初のアンドロイド用消化吸収臓器「快食さん」が生み出された事も人々の耳目を集めた。これの知的財産権に関する収入は二人の慎ましい生活に多少は貢献した模様だ。

 ただ残念な事に、この臓器によるアンドロイドの消費電力の節約量はささやかなものであった。その為、わざわざアンドロイドに食事をさせ、更には消化かすの排出アタッチメントの増設やその臓器のクリーニングの手間まで増やそうという奇特なオーナーは稀有で、さしたる売り上げは見込まれないのが厳しい現実である。それでも、伊緒のようにアンドロイドと向き合って食事を摂りたい、そんな気風の所有者にとっては、まるで人間のように消化吸収をする本製品は大層喜ばれたという。


 因みにこれは秘話にあたる話だが、商品名を「さん」にするか「くん」にするかを巡り、伊緒とシリルはかつてないほど激しい「夫婦喧嘩」を繰り広げた。だがこれはどこの歴史にも記録にも残されていない。

 Revelation社は伊緒にとって予期しないトラブルが伊緒とシリルの間に起きると予言していたわけだが、二人にとってはこれこそが正に「予測不能かつ危険な」唯一最大のトラブルであった。



※2020年10月6日 加筆修正をしました。

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