第52話 回収
「シリル、来い」
二階にあるシリルの部屋のドアをノックもせずに開けたた弦造は、ぞんざいにその一言だけ放つと階下に降りて行った。
シリルはそれに従いリビングへ向かう。
先ほどトラックが到着し、何やら大きな機材を運び込む耳障りな金属音が聞こえていた。自分を回収しに来たのに間違いないだろう。
不安に駆られたシリルは、伊緒に助けを求めて叫びたい気持ちでいっぱいだった。いざとなったら諦めの境地などどこにもなかった。
もし伊緒がシリルの救出に失敗したら、シリルは機能停止、いや死ぬことになる。今は伊緒を信じるしかない。硬く手を握りしめるシリル。
でもだからと言って伊緒に犯罪を犯させていい道理がない。やはり私は心なんて持たなければよかった。
伊緒を愛さなければ、伊緒から愛されたりしなければよかった。
不安を湛えた目で室内を見回すと二人の作業員がストレッチャーに似た器具をいじっている。この器具は寝台というよりも拘束具と呼ぶのがふさわしいように思え嫌悪感と不安がいや増す。その傍らには弦造がいた。興味深くその器具を眺めている。シリルに気がつくとそちらを向く弦造。彼が自分まで興味深く眺めているのはなぜかシリルには理解できなかった。
「あれ、ご主人、これ服着てるじゃないですか。取らなくていいんですか?」
痩せ形で背が高く眼鏡をかけた若い作業員が、少し馴れ馴れしい口調で弦造に尋ねた。
「ん、どうせ捨てる。構わん」
「いやあこんな高そうな服を勿体無い。さすが御大尽は違うなあ」
三人は震えて立ちつくすシリルには何の興味を示さない。長いひげを生やした肉付きの良い作業員が弦造に声をかける。
「さて、それじゃあもういいですね、ご主人。こいつに何かあります?」
「いや、ない。とっとと終わらせてくれ」
シリルは思わず口を開いた。
「私が廃棄処分になるのが嬉しいのですか? お父さん」
意表をついての突然の発声にぎょっとしてシリルの方を見る作業員たち。弦造だけがさらに興味を持った目でシリルを眺める。今日シリルが廃棄されることを、シリル本人は知らないと弦造は思っているはずだ。だが、この男たちが回収業者だとシリルが知っていることに弦造は驚いている様子はない。
「なるほど今日廃棄されることを知っていたんだな? どうやって知った」
弦造の眼鏡の奥に酷薄な光が輝く。
こんなことをしたからといってシリルが生き延びられるわけはないのはシリル本人にも判っている。だがふと所有者である父に一矢報いてやりたい、そんな気がした。脳機能内のミラの感情プログラムを起動させる。途端に声の雰囲気も表情も変わる。
「ごめんなさい。それはシリルさんのした事なので私にはお答えできないの。私はお父さんにとって要らない存在なの?」
「……」
無言で無表情の弦造。痩せ細った身体と顔。メガネの奥の瞳は好奇心と、それ以外の不吉な何かの輝きを宿していた。
「私はお父さんに――」
「もう不要だ。シリルもミラももう不要になった。お前らは用無しなのだ。だから捨てる」
氷のように冷たい目になり冷たい言葉を極低温の冷気と共に吐き出す弦造。
ひげの作業員が事務的にポケットからトークンを取り出すと、突然シリルは意識を失った。
※2020年10月18日 矛盾点の調整をしました。
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