第47話 偽りの星灯火に焦がれ求める

 日付もとうに変わった深夜、伊緒いおは決して眠る事のないシリルの腕にかき抱かれ規則正しい寝息を立てている。そんな伊緒を起こさないようにそっとベッドから這い出たシリルは二人用の小さなバンガローから外に出た。


 屋外のゴミ捨て場の前に立ちTシャツをめくる。腹部からビニールのパックをズルズルと引きずり出して捨てる。シリルが伊緒と一緒に楽しく食べていた食べ物は消化されないままこうやって打ち捨てられる。ドロドロと澱んだ色をしたビニールパックは、バサッと空しい音を立てて、すえた臭いを漂わせる生ごみの山に投げ捨てられて埋もれる。

 シリルはこの瞬間が何よりも嫌いだった。所有者よりも水よりも嫌いだった。自分はアンドロイドに過ぎないのだと、人間になんてなれやしないのだと心の底から思い知らされるのだから。


 少しだけ身体が軽くなったシリルは、見晴らしのいい草地にまで歩みを進めた。キャンプ場の緩やかな斜面に一人腰かけ柔らかい夜風に吹かれる。細い絹のような人造毛髪がさらさらと風に揺れる。こんな時間になってようやく快晴になったのが少し恨めしい。



 夜空を見上げる。漆黒の中をまばゆい星々がこれ見よがしに輝く細長い帯。その狭間には少し太い帯がある。その太い帯の暗闇には、少ないながらもいくつかのきらめきがちかちかと瞬いている。しかしその瞬きのひとつひとつは、遥か彼方の恒星の輝きではない。人間の生活や日常、喜怒哀楽と人生そのものの縮図で、ただの夜景に過ぎない。


 人はこれを「偽りの星灯火ほしともしび」と呼んでわらう。しかし例えそれが偽りだとしても、自らの手できらきらとした星明りを灯せる人間がシリルには羨ましかった。

 シリルは機械として製造されるのではなく、そういう存在として生まれたかった。



 シリルはこれから八時間もすると、伊緒の言葉を借りれば、「殺される」。しかし不思議と死に対する恐怖はなかった。死を強要する人間への恨みや怒りもなかった。ただただ伊緒のこれからだけが気がかりだった。自分がいなくなった後の伊緒の孤独を思うと、伊緒が不憫でならなかった。

 恐怖や恨みや怒りはないとは言え、湿り気を帯びた寂しげな夜風に吹かれるシリルの思いもまた寂しさでいっぱいだった。八時間後、自分はあの「偽りの星灯火ほしともしび」として瞬くことすら許されぬアンドロイドのまま消し去られるのだ、永遠に。

 それが、本当に、寂しい。



「シリル」


 センサー類を殆ど最小感度にしていた為、背後からの声に不覚を取られ少し驚く。


「伊緒…… どうしたの?」


 シリルは立ち上がって伊緒の方を向く。伊緒の声色に何か不穏なものを感じた。


「うっかり寝落ちしちゃってたけどさ。あたしこんなの絶対に嫌だ。もう嫌なんだ。黙ってシリルが殺されるのを待つだけなんて、あたしは真っ平ごめんなんだ」


 シリルに歩み寄る伊緒の表情は真剣だが、シリルにはその伊緒の表情に不吉な何かが浮かび上がっているような気がしてならない。訳も分からず背筋が冷たくなったかのような反応が人造皮膚に生じる。歩み寄る伊緒から距離を置こうと、シリルは思わず少し後ずさりをしてしまう。


「嫌、って… どういう事? それなら一体どうするの?」


 突然ざあっと風が流れる。顔に被さる長く細い髪を指でいて直すシリル。


「方法が、あるんだ」


 伊緒は風で顔にかかる短い髪をそのままに、決意に満ちた目でシリルを見つめていた。

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