第46話 シリルの幸せ
ひと通り肉や野菜を焼き終わると最後に
二人並んで腰かけ、まるで金属そっくりの輝きを持つ小鍋を眺めていると、ふとシリルが
「実際の炎は初めて見たけれど、不思議ね、とても穏やかな気持ちになるの。火は危険なものなのに」
伊緒が少し驚いたような表情を交えシリルに微笑みかける。
「そうなの? 火は大昔の人間にとってもの凄く大切だったのは知ってるでしょ。だから炎が目の前にあると安心する記憶が人間の遺伝子に刷り込まれているんだ、って聞いたことがあるよ。シリルにもその記憶があるなんて凄いね。やっぱりシリルの心は人間のと同じなんだ。嬉しいなあ」
しかしその心もあと十数時間で消滅してしまうと思うと二人の心には嬉しさなど浮かぶはずもなかった。それでもシリルはそんな心情はおくびにも出さずに明るく振る舞う。そして感謝の気持ちを伊緒に述べる。まるで遺言の様に。
「そうね、それもこれもみんな伊緒のおかげよ。ありがと。伊緒がいなかったら私、幸せも喜びも笑う事も知らないままだった。それと伊緒をからかう事も」
「最後のはいらないよ最後のは、もう」
「くすくす、だって可愛いからつい」
「うっ、可っ愛……っ」
「ほら、そうやってすぐ真っ赤になって言葉につまるところが、ね」
「そういう……」
「ん?」
「そういう時のシリルの顔だって、かっ可愛いから…… あたしだって上手く言えなくなっちゃうんだから……」
「あ」
伊緒が真っ赤になっているのは炎の熱のせいではない。伊緒はシリルが好きな、どこか子供っぽい可愛げのある必死の形相で、熾した火を火かき棒で意味もなく掻き回すしかなかった。シリルは少し驚いた表情をし、やがて穏やかで幸せに満ちた微笑みを浮かべて伊緒にそっと寄り添った。
二人は夜もかなり遅くまでぴったり身体をくっつけ寄り添ったまま焚火をしながら静かに会話を続けた。これから先にある
やがて名残惜しみながら、焚火を消しバンガローに戻る。シリルは充電さえすればいいので寝る必要はないのだが、疲労の蓄積した伊緒には充分な睡眠が必要だった。
バンガローの壁の両端に固定されたベッドでは離れ離れで寝るしかない。バンガローにカンテラを灯すと二人は離れたベッドにそれぞれ横になり手を繋いで横になった。
伊緒がシリルを見て言う。
「ねえ、シリルは何が一番楽しかった?」
ベッドに敷いた丸い非接触式充電シートの上に寝ているシリルが笑顔で答えた。
「伊緒は?」
質問を質問で返されて返答に窮したが、
「うん …全部、かな」
「じゃ私も全部」
「あ、なんかずるいよ。何だかずるい気がするよそれ」
伊緒はベッドから少し身を起こして非難めいた不満の声を上げた。
「全部比べられないほど楽しかったのも本当だし、伊緒が一番楽しいと思った事が私にとっても一番楽しいという気持ちも本当。だから全然ずるくないわ」
「うー、釈然としない」
笑顔を崩さないシリルに少し納得のいかない声の伊緒だが、身体は横に戻す。
「それじゃあ、敢えてひとつ挙げるとしたらパラグライダーかな。伊緒と一体になって空を飛ぶ感覚が素敵だった。あれが自由と言うものなのかしら。気持ちいいのね。自由って」
少し目を輝かせて話すシリル。
「…自由、か… うん… 自 由…」
シリルの声を子守唄にすーっと睡魔が伊緒の瞼を重くする。
「さ、もう寝ましょ。私はいいけど伊緒ってばすっかり疲れてる。ね、おいで。伊緒。一緒に寝ましょ」
「うん」
シリルが身を起こして手を引いて呼ぶがままに寝ぼけまなこでシリルのベッドに潜り込む伊緒。シリルに抱きかかえられすぐにでも意識を失うように寝てしまいかねない様子だ。
シリルが優しい声で、ありったけの愛を込めて伊緒に感謝の言葉をかける。
「今まで本当にありがとう、伊緒」
「うん」
「私今とても幸せよ」
「うん ……シリル」
「なあに、伊緒」
「シリル、愛して……る」
「私も、愛してる。誰よりも愛してる。いつまでも愛してる。伊緒。いつまでも、いつまでも、ずっと……」
「……ん……」
シリルに抱きかかえられ、愛の言葉を耳にしながら伊緒は深い眠りに落ちていった。シリルがリモコンでカンテラを消すと二人は真っ暗闇に包まれた。
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