第37話 振られ者たちの午後

「なあんか、いい感じになっちゃってるね」


「ね……」


 心からつまらなさそうな顔をして、ソフトクリームを食べつつあぐらをかいて呟く由花。つまらなさそうな顔で由花に同意する彩希。彩希はシートの上にうつ伏せに寝っ転がってウミガメの浮袋(※1)に上半身を乗せ、少し日焼けした背中には由花がつけた赤々とした手形が残っている。行儀悪く座っている由花はプールの対岸から視線を逸らしてばかりいる。時折鼻をすする音が聞こえる。彩希も終始憂鬱な面持ちだ。ソフトクリームを食べ終わった由花は、コーンの包み紙をくしゃくしゃと丸めてバッグに放り込むと、彩希の隣のシャチの浮き袋(※2)に上半身を預け、うつ伏せに寝そべって彩希に声をかける。


「さっきなんか喧嘩してたのにね」


 うつ伏せのままやはりうつ伏せの由花の方に顔を向けて答える彩希。


「うん、ちょっと大声出してたよね」


「あのまま破局すりゃよかったのに」


 由花はよほど泣いたのだろう。赤い眼が痛々しい。


「う、うん……」


 彩希は幾度も目をしばたたく。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 帰り支度を始めながら彩希がぽつりとこぼす。


「まあ、あたし達だっていつかいいことあるさ。はぁ」


 心の底からうんざりした声で由花が応える。


「さあどうかしら…… あーあ、あたし、彩希と遊びに行ってばかりでつまんない」


「あー、はいはい、そうですねそうですね。じゃあもういっその事やめちゃう?」


「来週どこ行くんだっけ」


「釣りしてみたいって言ってたじゃん。九街区のヘザーにある釣り堀行こ」


「ええ、それなら三街区で川釣りとかじゃないの」


「そう言うの結構大変なの。もう少し慣れてからね。道具もいるし。それにもの凄く遠いじゃん三街区なんて。野生の王国だよ」


 それなりのリサーチをしている彩希に由花は内心では少し感心していた。が、それは敢えて見せない。


「まね」


「ほら、デートだと思えばさ、気持ちも少し上がってこない? ね? デートデート」


 むしろ彩希お得意の少しふざけた口調が由花にはうっとうしい。


「あーあ、彩希とデートかあ…… 彩希とデート…… ああーあー」


 とてつもなく大きなため息を吐く由花。心の底からうんざりしているように見せる。ちょっとは楽しみだが、それを見せたらまた彩希は調子に乗るし、それに何だか少し悔しい。


「はあ、色々役不足ですいませんね」


「それを言うなら力不足」


「あはい」


 ミニテーブルをパチパチと折りたたむ彩希は思ったよりもしょんぼりしていた。


「うん…… でもまあ、しよ。デート。気も紛れるしさ。私彩希の事そんなに嫌いじゃないよ」


 彩希を慰める由花もあまり浮かない顔だ。


「うん。あたしも由花の事そんなに嫌いじゃないし」


 シートを畳む彩希は愛想笑いなのか苦笑いなのか、その両方なのかよく分らない表情を見せる。もしかするとどちらでもないのかも知れない。


「友達レベルでね」


「あはは、そうだね」


 妙なところで釘を刺す由花に彩希はさらに苦笑いをする。


「でもさ、やっぱり矢木澤バグっちゃったのかしら。時々こっちチラ見してたよね。イラつく」


 シリルの事を思い出すだけでもふつふつと怒りが沸き起こる由花。苦虫を噛み潰したような表情で吐き捨てる。


「専門家じゃないからわかんないけどね。でもさ、もしバグってるとしたら、これ誰も気が付いてないのかな」


 彩希は不思議そうな声で応える。


「そうなんじゃない? アンドロイドの行動なんていちいち観察しないでしょ普通。あんたたちが観てるドラマみたいに本当に『見えないとこで事件は起きてる』のね。だけどさ、人間が機械といちゃいちゃするだなんて世も末」


「……うん ……でも」


「でも、それは伊緒が決めた事だから。 分かってる、分かってるわよそんな事…………    ……分かってるって!」


「あ、ああ、わ、わかってるならいい……」 


 二人でもくもくと片付ける中、ウミガメの浮袋の空気を抜く由花の手が止まる。


「ねえ、バグったアンドロイドってバレたら脳を廃棄させられるんでしょ」


「い、いやちょっと待って由花それは……」


「それも分かってる。彩希の言う通り私も伊緒の心を第一に考えるし、私からは何もしない。大体今矢木澤をぶっ壊したって伊緒が泣くだけだもん。でもあれが伊緒を傷つけようとしたら躊躇も容赦もしないから。その時は止めないでよ彩希」


「あ、ああ……」


 いつぞや見た由花の氷の目つきに彩希はぞっとしつつどこか物悲しい思いで胸が詰まる。

 帰りがけ、二人は三本目のアイスを食べながらシリルとのおしゃべりに没頭する伊緒に声もかけず、そのままプールを後にした。



 ▼用語

 ※1ウミガメの浮袋:

 とてもかわいい。

 大型浮袋はプール内に持ち込んではいけません。使用はプールサイドで。


 ※2シャチの浮袋:

 とってもかわいい。

 大型浮袋はプール内に持ち込んではいけません。使用はプールサイドで。


【次回】

 第38話 文化祭

 5/21 22:00 公開予定

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