今日もパスタがうまい

つう

第1話 イカとしめじの和風パスタ

トマトソースの気分だったのに、今日のランチは醤油味だった。

そもそも醤油味なのに、パスタなんてイタリアンな商品名でいいのかな?もうアボカドでお寿司が作れる時代になったんだから、問題ないのかな?


昼休みは1時間。外に食べに出ると一瞬で終わっちゃうけど、それでも外に出る。このお店の空間がいい。ずっと白基調のオフィスで仕事してると、頭も真っ白になっていく。一度人間らしい感覚に戻りたい。だからやっぱり外で食べる。


半地下のこの店は、コンクリート打ちっぱなし。本来は19時からが本番のカフェバーなんだろうけど、とにかくパスタが美味しいので、邪道な、と思いながら今日もランチに通う。店主がランチやってるんだから、一介の客が邪道だなんていう必要も思う必要もないんだろうけど、利益率を考えちゃうと、ランチにしか来てない自分は夜のお客さまたちに養われてる気分になって、少し複雑だ。でも。でもでも、


「ランチ、大盛りで!」


と毎回言っちゃう私がこんなこと考えてるなんて、誰も知らない。知ってたら怖い。そう、一人静かにカウンターに座って、上述のセリフと、「ごちそうさま」意外何も言わない制服姿のOLのことなんて、誰も気にしない。月に15回以上来てるなこの客、とか、炭水化物そんなにとって大丈夫か?とか、密かに心配してるかもしれないけど、私が喋らないからだろうけど、やっぱり誰も話しかけたりしない。そしてそれがまた気楽でうれしい。


「ランチ1つ。」


カウンターの隣の隣にまたお客さんが座った。パスタ好きなのかな。ローテーション決めてお店に来てるのかな。私はこの店の定休日すなわち月曜日以外の会社ランチはここなので、誰が常連で誰がそこそこで誰が初めての人なのか、なんとなくわかる。カフェバータイムのお客さんだけど今日はランチに来てみましたのお客さんも、会話を聞いていればだいたいわかる。その私の分析結果からいくと、この人は木曜日の人、とでも呼ぼうか。短絡的だけど。規則正しく木曜日に現れるから覚えやすい。


ここのお店のランチは「本日のランチ」一つだけ。それにサラダと一口前菜、コーヒーか紅茶がついている。パスタだと男性には物足りなくないだろうかと不要な心配をまたしてしまったが、彼もまた、


「大盛りで。」


そう、パスタだけど、大盛りにしても料金が同じなのだ。珍しいお店。こんなかっこいいお店なのに、中身がなにか、おかんがやっている定食屋のようなサービス。そんなこんないろんな特徴がどストライクなので、やっぱり通ってしまう。


ちなみに、本日のランチがなんのパスタかは、お店の前に出してある黒板に書いてあるから、自分の好みのパスタの時だけ来る方ももちろんいる。ミートソース系の人、クリームソース系の人、魚介類の人、等々。だけど隣の隣の人は、メニューに関係なく木曜日に来る。だから、木曜日の人、決定。


「お待たせしました。」


貧乏性なのか、トマトベースの方が材料費がかかっている気がして、オリーブオイルベースのパスタを食べると損をした気分になることが多い。だから、今日は醤油味と書いてあったので食べる前から損した気分だった。なのに!なのになのに!!

イカがこんなに入ってる!リングのところも足のところもふんだんに入っている。そしてイカから出たスープとそれに混ざり合ったニンニク込みのオリーブオイルをしめじが吸って、旨味が閉じ込められている。上からパラパラとかかっているきざみ海苔も抜群のアクセント。この場合、あさつきよりも断然きざみ海苔だ。フォークに数本パスタを絡めながらイカを刺し、同時に口に入れる。美味しい!声には出さないけども!!


いか、しめじ、いか、しめじ、と交互にさして巻きながら、どんどん食べていく。パスタは喉に詰まりがちな食材だけど、これだけスープとオイルが存在していれば、そんな心配はしなくていい。どんどん食べていくだけだ。どんどんどんどん食べて、食べて、お皿をからにして一息ついた。

食後のホットコーヒーと一緒に、いつもはついていないデザートが出てきた。


「木苺のムースです。」


「?」


「そちらのお客様からです。」


「?」


「……」(ここで木曜日の人が軽く右手をあげ、何事もなかったように前を向きコーヒーを飲む。)


「!」


何?これナンパ?今、夜の10時半?あの人誰?ホスト?いや、ダークグレーのスーツ着て、ノートPC入れた黒いバッグ持ってるホストとかいないし、顔も普通だし、いや、少し爽やかで30代に入ったばっかりくらいの、爽やかな人だけど、でも爽やかなだけで顔は普通だし、もう普通と爽やかしか言ってないけどこれといって特徴ないし、っていうか何が言いたいかというと、そういう普通なくせに、大富豪の御曹司でしかも自分がかっこいいって自惚れている自信過剰のイタリア製スーツで高級クラブに行くような人しかやらないようなことをする人がこの街にいたのか!そしてマティーニでもギムレットでもなく木苺のムースなんだけど!


いや、好き、大好き木苺。酸っぱいのがたまらないから月に一度ぐらい奮発しちゃって食べたりするけど、でもこの人知らない人だよ、木曜日にカウンターを共有するだけの、しかも私の記憶が確かならまだ2、3ヶ月しか共有してない、ほとんど知らない人だよ。あ、美味しい、やっぱり今日も美味しい。チーズケーキもいいけどこの酸っぱーい果実がムースになってまろやかに登場するのがたまらない。


口に入れてしまっては大人気ない態度も取れないので、木曜日の人に向かって「ごちそうさまです」と頭を下げた。「モニョゴニョモニョ。」と彼には聞こえてしまったかもしれない。しかしもうそこまでで私にとっては限界で、大人しくムースを食べて、大人しくコーヒーを飲んでレジに向かうしかなかった。どうしようどうしよう、どうしたら正しい対応になるんだろう、とぐるぐるしただけで正解は出なかった。


でも、そんなに頭をぐるぐるさせた割にはあっけなかった。木曜日の人はさっさと食べてもうかえってしまっていた。


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