第24話「あのう~ 怒ってませんか?」

エスラーダの中心街から山側に少し登ったところに、「魔法の湯」はあった。

谷川は風景を見渡せるように開放されているようだが、俺たちがいる山側からは内部が見えない構造になっている。


「おおー、

 ここが魔法の湯なのね!」

「呪文がかけられていて、

 疲労回復の効用があると言われているぞ」

「いいねー。

 でも何も準備してこなかったけど

 大丈夫なのかな」

「・・・・お、そういえば、

 これ使ってくれよ」


俺はナップサックから、さっき100円ショップで買ってきたものを取り出し、2人に渡した。


「無撚糸タオル(100円)」x2

「バスタオル(200円)」x2

「せっけん(100円)」x1

「シャンプー(100円)」x1

「トラベル歯磨きセット(100円)」x2

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

合計 800円


「なにこれ!」

「凄い、ふわふわ!」


無撚糸タオルは綿を撚(よ)らずに織っているため、通常のタオルよりも格段に肌触りがよい。

モエカとマロンはその感触に感動したようだ。

タオルを頬に当てて、目をトロンと潤ませている。


「この容器に入っている液体は

 髪の毛を洗うときに使ってくれ。

 他はだいたいわかるだろ」

「ほお・・・

 髪の毛専用の洗剤なんてあるんだな」

「ありがとうミノル、

 使ってみるね!」


幸い、喜んでもらえたようだ。

100円の洗面器も買うかどうか迷ったのだが、さすがにそのくらいの設備は用意されているだろう。


「ミノルはどうするの?

 お風呂」

「俺は、

 さっきの店で服を買ってくるわ。

 温泉は2人で楽しんでくれ」


風呂もよいが、俺は途中で見かけた作業着屋のほうが気になっていた。

今着ているクロムの服は、火を吐く怪物に燃やされて袖や裾が散り散りになっている。


「えー、

 そうなんだ」

「じゃあ後で、

 ここで待ち合わせにしよう」

「おう」


モエカとマロンはキャッキャ言いながら銭湯へと入っていった。


俺は、ちょっと道を後戻りして、服屋へと入った。

職業別の作業に特化した機能的な服を売っている店だ。


そんな中で、やたらとポケットがついている上着とズボンが俺の目に止まった。

どんな職業のために作られた服なのかはわからないが、便利そうだ。

今まで戦闘中に魔法水を使う際、いちいちナップサックから取り出すので時間がかかってしかたなかった。

その点、服のポケットに入れておけば、直ぐに取り出すことができるだろう。

俺はそもそもファッションには興味が無い男なので、色を選んだり体に合わせたりはせず、即断で購入を決めた。


効率よく買い物ができて満足だった。

ただ、せっかくの新しい服だし、俺はやっぱり銭湯で体を洗うことにした。


銭湯の構造は日本と同じで、受付でコインを払ったあと、男女で入り口が分かれているタイプだった。

脱衣所で服を脱ぎ、洗い場に腰掛ける。

水道は無く、お湯が溜まっているところから必要なぶんだけ桶で汲んでくる方式だ。

こっちの世界に来て、初めて石鹸で体を洗ったが、びっくりするほどスッキリした。

溜まりに溜まった老廃物が洗い流されて、汗腺が新鮮な空気を呼吸していることが感じられるほどだった。


洗い場の扉から外にでると、露天風呂があった。

遠方にエスラーダの町並みを眺めることができて絶景だ。

足先で温度を確認してから体を湯船に沈めてみる。


「ふうう~」


思わず声が漏れた。

これが疲労回復に効くという「魔法の湯」か。

通常の温泉は地熱で温められた湯を適温に冷まして使うが、これは魔法の力で湯そのものが発熱しているようだった。

凝り固まった筋肉がほぐれていく。


その時、女湯から声が聞こえた。


「この石鹸、

 泡がすごい!」

「おお。

 これほど

 ふわふわに泡立つのは初めてだ」


モエカとマロンの声だ。

100円ショップの石鹸のクオリティの高さに驚いているようだ。


「背中、洗ってやろうか?」

「え、ほんと?

 ありがとう!」


2人とも声が大きいので会話が筒抜けだ。

男湯に俺しか居ないのは幸いだった。


「あ~ん、

 あああ~ん」


え?


「ああん

 ・・・あああ・・あ」


おいおい、モエカ。

妙に色っぽい声になってるぞ。

背中を洗ってもらってるだけだろうに。


「・・・いい。

 気持ちいい~

 もっと~っ」


やめんか、紛らわしい!

変な想像しちまうだろが!


もっとゆっくりしていたかったが、耐えきれなくなってきたので、俺は湯船を出ようとした。


そのとき・・・扉が開いて2人が入ってきた。


「わあ、

 露天だあ!」

「おお、

 見晴らしいい眺めじゃないか!」


え?

ええ?

この銭湯、風呂だけ男女共通なのか!?


ザブンと湯に入る音がして、波が伝わってきた。


「あああ~

 気持ちい~。

 これが魔法の湯か~」

「私も初めてだが、

 これはいいものだな」


まずい。

湯気が立ち込めていて、はっきりとは見えないが、距離はすごく近いぞ。


「ねえほら、

 なんかお肌がつやつやになった気がする」

「確かにな。

 モエカは綺麗な肌をしているな。

 羨ましいよ」

「そんなことないよ。

 マロンの肌のほうがきめ細やかで綺麗だよお。

 ほらほら」

「おいおい

 さわるなって」

「あははは!

 ぷにぷにっ!」

「やめろ~(笑)」


あほか。

何やってんだ。

遊んでないで、早く出ろ!


「マロン~

 手足を伸ばすと気持ちいいよ。

 背泳ぎしちゃおー」

「これこれ

 はしたないぞ。

 他のお客さんに迷惑だろ」

「・・・え?

 お客さん・・・いたの?」


突然2人の会話がピタリと止んだ。

どうやら湯気ごしに俺のシルエットを見てるようだ。


「あのう、

 騒いじゃって

 すみませんでした・・・」


モエカが謝ってきたが、声を出すと俺だとバレてしまうし、ここは無視するしかない。


「あのう~

 怒ってませんか?」


わああ~近づいて来るな!

俺は思わず鼻の高さまで水中に潜った。


その時・・・モエカと完全に目が合った。


全裸のモエカと・・・。


「きゃぁああああああああ~~~っ!」


その声は、エスラーダ全土に響き渡ったという。


***** つづく *****

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