第4話 天帝派への天罰

 仔猫達と別れてしばらく走り続ける朔夜の前に、外壁の崩れた中央官舎が目に入った。

 案の定方々で火の手が上がっており、夜にも関わらず空が炎と黒煙で赤黒く染まっている。

 ──嫌だな、まるで血みたいじゃないか。

 仲間達の安否が不安になるような不吉な光景だ。

 そんな悪い妄想を振り払うように頭を振り、瓦礫を避けながら石畳を駆けていく。

 走り抜け、皇居が目前に迫ったところで、


「若様っ、 よくぞ御無事で!」


 曲がり角から息せき切って萌黄が駆け寄ってきた。

 信頼の置ける臣下の姿を目に留め、無事だったことに安堵する。

 着物は袖やら色々と切り裂かれている状態で血に染まっており、ここに来るまでに賊による襲撃を掻い潜ってきたことが窺われた。

 ──それだけ俺の元へ駆けつけるために必死で……。

 ここまで大切に思われていたことに、つい涙ぐみそうになる。なんなら既に、水の膜が張っていた。

 感動の再会を喜びたいところだが、今はそれどころじゃない。


「萌黄っ、浅葱達の姿は見なかったか!? ずっと離れから走ってきたが、まだ誰にも会ってないんだ!」


 もしや浅葱達は……。

 嫌な予感がこびりついて離れない。


「実は、結託されてはまずいと思われたのか、今日はいつも以上に仕事先がバラバラで。未だに他の護衛達とすら会えていないのです」

「そんな……じゃ、じゃあ皇居は!?」

「丁度、今から突入しようと思っていたところです! 既に火の手が回っており危険ですので、若様はできるだけ安全な所へお逃げ下さい」

「いや、俺も行く」


 何を言ってと言い掛ける萌黄を手で制し、朔夜は口火を切る。


「お前達臣下を見捨てて何が主君だ。俺にだってな、なけなしのプライドぐらいはあるんだよ」

「ぷ、ぷらいど、ですか?」

「お、皇子としての誇りぐらいはあるってことだよ、うん」


 つい口から出た前世の言葉を聞き留められ、慌てて補足する。

 結構良いこと言ったはずなのに、微妙に締まらない。

 そりゃそうだ、もっふもふの見た目の仔猫が一生懸命威厳を出そうと頑張っているのだから。

 でも完全無欠なラスボスキャラなんて自分らしくない、そうだろう?


「だから俺も行く。幸い魔力も気力も尽きていないしな。だいたい、カラハタ軍に隠れているところを見つかったらどうするつもりだ? 却ってお前の側にいる方が安全だと思うのだがな」


 わかってはいたが、危険地帯に連れ込むことの間で揺れていた萌黄も、今の言葉で覚悟を決めた。


「畏まりました。この萌黄、命に代えても御守り致します!」

「冗談はよせ。……全員で、必ず帰還するぞ!!」

「はい!」


 強く頷き、一人と未だ一匹は燃え盛る皇居へと走り出した。


 朔夜は失念していた。

 自分の発言が、創作物でありがちな展開に結び付くものであることに。

 そう、今ここにフラグは立った。立ってしまったのだ──。


 門を潜り抜け、直ぐ様朔夜は防御魔術を展開した。

 青白い幾何学模様の球体がそれぞれの身体を優しく包み込む。

 これで、今にも倒れてきそうな柱や天井、焔から身を守れるだろう。


「申し訳ありません、某の魔力が弱いばかりに」

「その代わりお前には気力がある。武術に関しては凄腕なのだから、そっちで活躍してくれればいい。適材適所だ」

「常々思っておりましたが、本当に若様は5つの童でございますか? まるで我々同年代と話しているような気が」

「い、色々な書物を見ているうちに知恵付いてきただけだ!」

「ああ……だから」


 確かに若様は、我々以外の大人とろくに会話する機会さえなかった。

 ならば、やはり生まれついての聡明さ故か。

 自分の中で納得のいく答えを見つけた彼は、改めて敬意の籠った目を向け微笑む。

 上手く誤魔化した自信のない朔夜も、精一杯動じないように素知らぬ振りを続けた。


 隈無く周囲を探し回っているうちに、残るは朝儀の間と、更に奥にある天帝夫妻の住まう宮のみとなった。

 道中、見覚えのある天帝派の貴族達の遺体を見つけ、思わず足が止まる。

 勿論ここに至る途中、数々の女官や官吏の惨たらしい末路を目にしてはいた。

 だが足を止めたのは、その中に朔夜の暗殺を幾度も試みていたあの大臣の姿があったからだ。

 それを冷え冷えとした視線で、萌黄が見下ろす。


「次代の天帝を害そうとした天罰でしょう。創造主の色を持つ者に魔物の烙印を押す預言など、敵国の意を受けて広めたものだとわかりそうなものを」


 そう吐き捨てる萌黄に、朔夜はそっと彼の足元に触れた。


「わかっていたことじゃないか。邪教の影響がどれ程のものか。この国を落とす総仕上げが今日だったんだよ」

「そうでしょうね。不自然なことに、日頃開けていない城門が開いていたのですから。やはり内通者が?」


 彼の言葉に重々しく頷く。


「それだけじゃない。お前達を徹底的に俺から引き離した理由だが、大方天帝がカラハタと組んで俺を抹殺しようとしたからだろう」

「では城門を開けるように指示したのは!?」

「十中八九、天帝かその側近どもだろうな。馬鹿な奴等だ。あいつらが次代の天帝を抹殺するだけで満足するとでも? この機に乗じて一気に制圧するつもりに決まってるだろ」


 主君の冷徹な推理に、思わず萌黄は頭を抱えた。

 ここまで、ここまで愚かだったとは……!

 ほぼ天帝と同年代で育ってきた彼の胸に、何ともし難い感情が去来する。


「あいつが、ここまで馬鹿だったとはっ」

「あいつ?」


 思わず零れ出た本音を聞かれ、一度は逡巡するものの意を決して朔夜に向き直る。


「陛下と某は乳兄弟だったのです。幼き頃はあの偽預言者の影響を受けてはおらず、人の話に耳を傾ける度量のある方でいらした」


 変わってきたのは、よわい12の頃にあの預言者と関わるようになってから。

 泰然自若とした態度が薄れ、常に瞳孔の開いた落ち着きのない眼差しに変わり、悪い意味で感情的な振る舞いが増えていった。

 同時に出来の良かった許嫁殿まで感化され、親族の言葉よりも預言者の言葉を鵜呑みにする始末。

 そうして出来上がったのが、偽預言者一派に忠実な操り人形だった。

 そう、沈痛な面持ちで語る家臣を前にして、やっと別の時間軸の朔夜を慈しんでいた天帝の人物像と結び付いた気がした。

 もし偽預言者が現れなければ、あの魔神が愛した父母のようにまともな人間になっていたのかもしれない。

 だがそれは露と消えた未来だ。

 あったかもしれない『今』を振り払い、改めて朔夜達は歩を進めた。

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