第2話 まさかのラスボスだった件

 自分の部屋に面した中庭へ降り立った天音あまねは、さっそく魔術を扱うための準備運動に取りかかった。

 とは言っても、元の世界で夏休みによくやっていたラジオ体操や、武術の師範である祖父から教わっていた基礎的な運動と呼吸法ぐらいだが。

 本来、魔術の訓練は人型になれる5歳頃から始めるものだと書物には記載があった。未成熟な体では最低限の魔力と気力の循環経路が出来上がっておらず、体内に流す適切な力の加減ができずに死に至る事故が多発したらしい。

 そのため、当時の政府により5歳未満の児童への魔術訓練を禁止する通達が出された。

 普通ならば子供が勝手に魔術を扱わないように大人が見張っているものだが、さすがの浅葱を筆頭とする世話役達も、まさか生後半年の赤ん坊が魔術を扱おうとするなどとは夢にも思うまい。

 しかも実父達の嫌がらせの一環なのか、本来何事もないように側に控えているはずの世話役達が天音の世話に専念できぬよう、あれこれと雑務を言いつけられているため、皮肉なことに彼の行動を制限する大人邪魔者がいない状態であった。


 そう、文字通りやりたい放題ってやつだ。


「ふぇっにょ……みゃあぁ(えっと、言葉がぁ……)」


 そうだよ。肝腎なことを忘れていたけど、私、まだ赤ん坊だから喋れないんだっけ。どうにか口に出さずに力を使えないかなぁ、今どき流行りの無詠唱で魔術を使うとかそんな感じでさ。

 そう思いながら天音は、体内の力の流れを意識し、血液が巡るようにその流れをはっきり捉えられるよう集中していく。

 すると硬い岩が長年の川の流れにより少しずつ削られていくように、徐々に体の中を清涼感にも似た静謐せいひつな何かが巡り出すのを感じた。

 同時に芯から温まるような熱い力の流れが、静謐な流れと交差するように巡り出す。恐らくこの種類の異なる流れが魔力と気力なのだろう。

 元の世界の武道にも、達人級ともなれば気の流れを感じて技に活かせる人達はいた。だが、ここまで濃い密度でその力の流れを感じたのは生まれて初めてだった。

 そうか、これがこの世界での当たり前、常識なのか。

 改めて地球とは異なる世界へ転生を果たしたのだと、天音は実感した。


 前足──いや、あえて右手と言うがそちらをそっと上げ、静謐な力が手から放出する様を思い浮かべる。

 次に左手を上げて、今度は温かい力が溢れ出すよう流れを支配していく。

 そうしていくうちに、体が熱気とも冷気ともつかぬ中庸の状態になっていくにつれ、彼の身体が黄金色に輝き出した。

 黒い産毛がワサワサと音を立てながら光の粒子を纏い、ふわりと体が浮き始める。

 思わぬ展開にまずいと天音は焦った。


「はみゃみゃみゃみゃっ!!(やばいやばいやばいって!!)」


 科学文明が発達した現代日本からの転生者には、予測不可能な展開だ。

 大体、最近のライトノベルにありがちな直ぐにその世界の異能を使いこなす展開など、現実的に考えてできるはずがなかったのだ。

 でも自分だってやればできるもんと思わせてしまうのが、ライトノベルの業の深さなのか、はたまた中二病不治の病を患ったままだったからなのか。

 そんな阿呆なことに思考を飛ばしているうちに、どんどん高度は上がっていく。

 あまりの情け容赦ない展開に、この人生の主人公は自分なんだから主人公補正ぐらい働けやボケと半泣き状態で仔猫(猫又)は訴える。


「みいいいぃぃぃ……(普通はここで何となくわかったとかで、あっさり解決でしょうが……うう~)」


 しかもお尻から空へ浮き上がっているため、どうにもみっともない姿なのが余計に涙を誘う。

 どうにかなれと藻掻いているうちに、不意にガクンと高度が下がった。

 嫌な予感がして己の前足を見れば、先ほどまで金色に輝いていたのが嘘のように光がどんどん薄まってきている。


 ――まさか、魔力切れってやつ?


 彼の思考に同意するかのように、さらに大きく高度が下がった。

 下手したら地面に叩きつけられると怯えながら、頭だけでも守ろうと短い前足で自らの頭を抱える。

 だが予想に反して、それ以降は大きく高度が下がることなく、緩やかに下降していったため、大怪我をすることなく草むらに転がり落ちることができた。

 パサパサと体についた余分な土を払いながら、彼はガックリと肩を落とす。

 どうやら力を扱う素養はあるらしいが、力を制御できないのでは却って危険だ。

 今日のことを教訓に、天音は心に決めた。

 赤ん坊の間は、気と魔力それぞれの流れを掴むことだけに専念する。

 力の放出や神力らしきものの扱いは、ある程度年齢が上がるまで封印しておこうと。


* * * *


 生後半年で行われるはずの命名の儀だが、何故か占術の結果が悪かったから先延ばしにするなど最もらしい理由を付けて中々行われないまま1年半が経過した。

 年齢にして2歳になるが、今日ようやく命名の儀にて今生での名が決まる。

 ここまで先延ばしにされるのは皇族の中でも異例だそうだ。

 実のところ、親天帝派の者達による第一皇子への暗殺が企てられており、幾度も暗殺の危機にあってきたが、天音自身の機転と乳母達の活躍により辛くも阻止されてきた。

 最初の暗殺未遂の時のことを思い出し、彼は思わず遠い目になる。

 堂々と仮にも皇子の自室に入ってきた愚か者どもを見たときは、行動の朴訥ぼくとつさと、知られたところで罪に問われることがないと言わんばかりの態度に眩暈を覚えたものだ。

 その中にはあの憎々しげにこちらを罵倒していた大臣も含まれており、暗に天帝達が容認したのだと嫌でも悟った。


「そうまでして私を殺したいのか……仮にも親だろうに」


 漸く話せるようになったとはいえ乳幼児特有の舌足らずな声だが、そこには年齢に似つかわしくない苦々しい感情が込められていた。

 そばで天音の飾りつけをしていた浅葱が、痛ましげに美しいかんばせを曇らせる。


「若様、私共は何があっても若様をお守りする所存でございます。最期まで貴方様のお傍を離れることはございませんから……」

「すまない、浅葱っ。君たちを責めているわけではないんだ。

世の中には、嘆いたところでどうにもならぬことがあるのはわかっているつもりだ。

それにあの人達が私を子だと思っていないように、私も親だと思ったことはない。

だから、そこまで気を落とさないでほしい」


 自分のことのように気を落とす浅葱を慰めるつもりで言ったはずが、それを聞いた彼女は何とも言えぬ沈痛な面持ちで唇を噛みしめた。

 逆効果だったかな?


「お二人とも準備はよろしいですか?」


 静かに戸を開いたもう一人の世話役の青年――名を萌黄もえぎと言ったか――が、天音と浅葱に呼び掛けてきた。


「ああ、私は構わないよ。浅葱は?」

「問題ございません。さあ、参りましょう」


 本日の主役である天音よりも乳母の浅葱の方が、まるでこれから戦場に向かうかのような強張った顔で立ち上がった。しっかりと天音を抱えている辺り、いざというときは自らの身を挺して守るつもりなのだろう。

 心なしか迎えに来た萌黄もまた、極度の緊張を隠せないでいる。

 気負うことはないと言っても無理だろうなあ。

 まあ、あれだけ私が殺されかけてるんだから、みんながピリピリするのも仕方ないか。でも、こっちにはとっておきの秘密兵器があるから心配無用なのだが。

 そう口に出して言ってあげたい天音だったが、どこで敵対勢力に聞かれているかわからないため、奥の手に関しては一人胸の内に秘めておく。

 他のお付きの者達も、傷一つ負わせやしないと言わんばかりに彼と浅葱の前後左右をしっかりと固め、全員で素早く渡り廊下を駆け抜けていった。

 あまりにもこちらが警戒していたからか、拍子抜けするほど何事も無く儀式の間に辿り着くことができた。

 この国での命名方法は変わっており、何でも直接神託にて名を授かるようになっているらしい。故にこの国で生まれた者たちは貴族から庶民まで、親に名付けられた者はなく、神によって名を授かる。

 だからと言って親が付いてこない訳ではなく、必ず我が子の傍に控えて共に神託を聞くのが古くからの習わしとなっている。

 ところが案の定というか、天音の場合はやはり天帝と皇后及びその他親族は一切姿を現さなかった。そんなに名を授かりたいのならば勝手にしろと言わんばかりだ。

 ここまで拒絶されると、いっそ清々しい。

 ただの迷信に踊らされる両親達狂信者に対し、嘲る気持ちが沸き起こる。

 冷ややかな視線を祭壇にある丸い鏡――真実を映す鏡であり、ご神体そのものとも言われている物に向けると、僅かに鏡から青白い光が漏れた。

 どうやら呼ばれているらしい。

 浅葱から静かに降ろされ、幼いながらもしっかりと祭壇の前まで歩いていく。

 丁度鏡の前に座ることのできる赤い座布団のような敷物に腰を下ろし、彼はまっすぐに鏡に視線を向けた。

 そうすると鏡から漏れていた光が薄ぼんやりしたものでなく、強烈な輝きに変わりだす。

 今までの命名の儀に無い異様な光景に、浅葱達が慌てて駆け寄ろうとするも、辺り一面を覆いつくすほどの光の洪水にただ目を塞ぐことしかできず立ち竦む。

 そんな中、光の発信源の直ぐ側にいる天音だけが眩しさを感じることなく、鏡を真っすぐに見つめていた。

 否、目を逸らすことができずにいた。

 その先には――なんと前世のゲームである逢魔血鬼大戦のラスボス、朔夜がいた。

 射干玉ぬばたまの黒髪をさらりと揺らし、鏡の中の魔神がニヤリと皮肉めいた笑みを浮かべる。


「ほう? これはこれは随分と面白い状況になっているようだな、この時間軸の俺は」


 ……この時間軸の俺?

 どういう意味だ、まさか鏡の向こうは平行世界なのか⁉

 まるでパラレルワールドからこちらの世界を覗き見ているような言い草に、天音の背に冷や汗が流れていく。

 もしそうであるならば、天音が転生したこの世界は逢魔血鬼大戦の世界ということなのか?

 それに今、彼は聞き捨てならないことを口にしていた。

 『この時間軸の俺』、と。


 ――嘘だと言いたい。信じがたい話だ。まさか、私がラスボスに転生だなんて。


 だいたい、彼が猫又族だというそんな設定なんぞ、天音は聞いたことがなかった。

 しかし完全に否定できる材料を彼は持ち合わせていない。

 朔夜の設定に関しては、前世で自分がプレイしたゲームの本編と、エピソード0なる前日譚の小説の内容を親友から大まかに教えてもらった知識しかないからだ。

 公式から新たに出された設定によれば、蘇陽国に深い縁があり、獣神の末裔であること。

 創世神と同じ色の髪と眼を持ち、それ故に創世神を悪とする新興宗教が支配する外国の王侯貴族達から敵視され、祖国が滅ぼされたことにより世界を憎むようになったことが描かれていたはずだ。

 では鏡の中の彼は、そのゲームや小説の世界線の朔夜なのか。

 ゲームの世界に転生したことに混乱する天音に、その思考を読み取ったのか朔夜が冷たく嗤う。


「それがお前の元いた世界の娯楽に似せた【多重世界の記憶】か。

なかなか興味深いがその内容は概ね事実だ。少なくとも俺の歩んだ人生とお前の中にある記憶は一致している、忌々しい程にな」

「じゃあ、やっぱり貴方はあの魔神なんだね。えっと、ちなみに貴方も実の両親から迫害されていたの?」

「いや、こちらと違って俺の世界線での両親は愛情深く慈しんで育ててくれた。だからこそ俺は、我が国の資源と豊かさに目が眩み、両親を殺した愚か者共が許せなかったのだ!」


 これは本当に一度たりとも愛情を向けなかったあの両親のことなのだろうか?

 同じ人物のことを聞いているはずなのに違和感しかない。


「なるほど、それが偽預言者による工作の結果か。父上と母上があのような振る舞いをなさるとは……お前の記憶を読んだときは我が目を疑ったぞ」

「こっちから言わせれば、あの二人が私に優しい方が違和感あるよ。

まあ勝手に人の頭の中を覗いたんだからわかっていると思うけど、似非預言者のせいで生まれた当初から人生ハードモードだよ。やってらんないね」


 やさぐれた態度で後ろ脚で首元をわしゃわしゃと掻く天音に、朔夜の傲岸不遜な表情が歪んだ。


「お前、もう少しその態度はどうにかならぬのか」

「だってあんな奴のせいで転生当初から危険な目に遭うは、ラスボスに転生……は、あいつのせいじゃないかもだけど、平凡な幸せを手に入れて引きこもりたい私にとってはもうお腹一杯なんですよ。悪い意味でテンプレな状況がインフレしてんのに、ここからどうやって平凡な幸せを手にすりゃいいのさ。あ、そうだ! 大事なこと言い忘れていたけど、朔夜って名前はいらないから。別の名前を自分でつけるわ」


 そうすれば運命も変わるかもしれないと楽観視する天音に、冷水の如き冷ややかな美声が浴びせられた。


「馬鹿者が。お前が拒否しようが関係ない。

後で記憶石に手を翳してみるがいい。お前の魂に【朔夜】の名が刻まれているはずだ」

「は? 別に要らないって言ってるから、そんなこと起こらないでしょ。ていうか、記憶石って国公認の戸籍謄本みたいなものだっけ?」

「その認識で概ね間違ってはいない、用途は多岐にわたるがな。話を戻すが、命名の儀は世界の意思によって名付けられるもの、つまりお前が生まれた時の宇宙の音をそのまま写し取ったものに過ぎない。音、所謂波動が形になってこの世界の者達は生まれてくるようになっている。既に朔夜という存在として生れ落ちておきながら、自らの音を拒絶するなど愚の骨頂よ。故に拒否権はない」


 非情な宣告を前に、天音改め朔夜の顔面は見る見るうちに蒼白になっていく。


「私……いや、僕そんな難しいことわかんなぁーい!」


 テヘペロという擬音が聞こえてきそうなほど可愛く舌を出す仕草に、魔神朔夜の米神に青筋が浮かび上がった。


「カマトトぶってんじゃないぞ、貴様。俺はお前だと言ったのを忘れたのか。お前が知らぬ存ぜぬで通そうとしていることぐらいお見通しだ。いいからとっとと現実を直視して、今後の方針を立てろ! さもないと貴様も俺と同じ末路を辿ることになるぞ?」

「そ、それってまさかの死亡フラグとかいうのじゃ……」

「察しがいいな。その、まさかだ」


 最早苛立ちを隠そうともせず、魔神朔夜の眉間に深い皺が寄る。

 その様子からどういう原理かは知らぬが、彼があちらの死後の世界より語り掛けてきているのだということは嫌でもわかった。

 だが考えてみてほしい。

 そもそもゲームの設定のままならば、勇者一行の恋人達を寝取ろうとしたり、散々な拷問を勇者達や彼らの所属する国家の人間達に対して行っていたはずだ。

 18禁設定のバッドエンドならば勇者のヒロインが寝取られるイベントがあったりしたわけで、それだけでも万死に値する行為ではないか。

 もしそのままのことをしていたのならば、最初の仇討ちという動機があれどはっきり言って自業自得だ。

 そう彼が思っていたら魔神から、我が国の女性達が奴らから凌辱された挙句に殺されたのに同じことをして何が悪いとのお返事が返ってきた。

 倫理的に許されることではないが、魔神は魔神なりの正義で行動していたのだろう。

 相手にそうされたからとしても、同じことをやり返すのは間違っていると今の彼には言い返すことができなかった。

 余りにも人の気持ちに寄り添わない綺麗事にしか思えなかったからだ。

 脳裏に浮かぶのは、天音の努力と成果を嘲笑い、終いには面白半分に彼女を殺害したあの屑どもの姿。

 虐げられた側に対し、何の権利があって復讐することを咎めることができるのか。

 だが直接的に勇者達が魔神の祖国を滅ぼしたわけではないし、でもヒロインがその敵国の血筋だからやっぱり復讐なんだろうけれどと思い悩む。


「では、お前も同じ道を辿るか?」


 冷ややかな魔神の視線に、今はそれを考える時ではないと気持ちを切り替える。

 そうだ、自分はこの魔神とは既に別の運命を辿っているのだ。

 忌み子扱いになっている以上、この国で大切にされることは決してない。

 ならばそこに勝機があるはず。

 新興宗教に被れた隣国が攻めてくるのが、朔夜が五歳の時だ。

 魔神にとっては愛すべき祖国であり家族であっても、こちらの朔夜にとってはロイヤルニートライフを邪魔する疫病神でしかない。

 ならばその祖国や家族が滅ぼされたとして、わざわざ勇者一行やその宗教狂いの国家に喧嘩を売る必要もないのだ。

 先ほどまで悲壮感漂う表情だった朔夜の顔が明るくなる。


「方針は決まったようだな。ならばこれは餞別せんべつだ、受け取るがよい」


 鏡の向こうから手を伸ばす魔神に、朔夜が静かに手を伸ばす。

 その小さな前足にポトリと小さな首飾りが落とされた。

 透明な水晶の勾玉の中に、色とりどりの光が瞬いている。


「これは、日虹水晶にっこうすいしょうで作られた勾玉だ。

既にお前の波動を読み込ませているから、他の者は使えぬ固有神器となる。

お前自身の思念に応じて、刀や弓、杖などお前が思いつく限りの様々な武器へと変幻自在に変わる代物だ、大事にしろ」

「あ、ありがとう、朔夜!」

「礼には及ばぬ。そろそろ時間のようだ、お前の人生が良きものとなることを祈っているぞ」


 不意に目元を和らげて微笑んだのを最後に、魔神の姿が静かに消えていった。

 目の前には何事も無かったかのように光を失った鏡が置かれているだけ。


「若様、申し訳ありません! お傍にいながら、我ら一歩も動くことができず……」


 先程まで魔神の気に当てられて身動きが取れなかったのだろう。

 金縛りの解けた浅葱達が、慌てて駆け寄ってきた。

 その中で朔夜の手に中に、先ほどまで無かった日虹水晶の勾玉を見て、目を見開く。


「わ、若様……これは日虹水晶ではありませんか?

もしや、先ほどお話されていた鏡の向こうの方からの贈り物でしょうか」

「うん、必要になるだろうからって私専用の固有神器を賜ったよ」


 固有神器と口にした途端、ざわりと周囲がどよめいた。

 中でも萌黄は驚愕の目で朔夜を見ている。

 彼はしゃがみ込むと、しっかり朔夜に視線を向けて話し出した。


「どうか若様、落ち着いて聞いてください。

それがしも何度か命名の儀へ立ち会ったことがございます。

ですが、この場で名前だけでなく神器を賜るのを拝見するのは初めてのことでして。

固有神器を手にできること自体が早々無いことなのです」

「そんなに、珍しいことなのか」

「はい。歴代天帝でも固有神器をお持ちの方は居りませぬ。

唯一の例外は初代天帝陛下のみ。その方の神器もまた日虹水晶で作られたものであると神話の中に記録が残っております。

故に若様、もしそれが御父上に知られたならば奪い取られる可能性もあるでしょう。決して、決して肌身離さぬようお願いいたします」

「わかった。努々注意を怠らぬよう気を付けよう」


 思った以上の代物を渡され、内心緊張が走る。

 早速、勾玉を首に巻こうと近づけると、柔らかく光出すのと共に留め具が自動的に朔夜の首元へパチンと留まった。首回りも余裕があり、苦しくない。


「……なんか、盗まれる心配がなさそう?」

「そのようですね、一応引っ張ってみてもよろしいでしょうか?」


 了承の意味で頷くと、萌黄が留め具を外そうと試みる。

 だがうんともすんとも開かず、他のお付きの者達にも試してもらうが結局外せる者は一人として現れなかった。

 結論として、持ち主から絶対外れない究極のお守りを朔夜は手にできたのだった。









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