ラスボス?いいえ、幸せの招き猫です!
日向猫
プロローグ 日常の崩壊
昔から猫が大好きで愛しすぎて、ノンブレスでその可愛さについて語れるほど、その自由な姿に憧れていた。
もっふもふの毛並みに、アーモンド型のパッチリとした愛くるしい眼。
軟体動物のように、時に理解不能なポーズを取ることはあれど、決してその可愛らしさが翳ることはない。
どんなあざとい態度を取られても、あの天使たちにならば何をされても許せそうな気がする。
男同士の少々濃い友情を好む友人に、動画の中で跳ね回る他所の猫ちゃんを見せながら語れば、もうお前が猫になればいいんじゃないとクールに突き放された。
悪かったって、ちゃんと薄くて厚い本の批評に付き合うからさ。
半目で鬱陶しそうに距離を置く友人を宥め、彼女の作成した本の感想を真面目に告げることにする。
「前回が王道展開だったのに対し、今回は変化球で来たんだねえ。
ヒーローとの恋愛だけでなく、主人公に猛アタックしてくる女の子とかいい味出してると思うよ」
「そう思う!? やっぱさあ、いくらBLって言ったって、女が出て来ないのって不自然すぎるんだよねー。
まあ当て馬になるから、わざわざ出そうとしないのもわかるけどさぁ。
ねえねえ、
天音の場合はイラスト上手いんだから、漫画とかどうよ?」
「うーん、やめとくわ。
私、基本的に読み専だし、締め切り守れる自信ないからなあ」
そう告げれば、締め切り? ナニソレおいしいの? と今までにないぐらい澄みきった瞳を向けられた。
友よ、もう夏の祭典の締め切りはいいのか?
私の無言の問いかけに、更に透明感を増した微笑で友人は応えた。
「芸術家ってのはね、孤独なランナーなの。
常にライバルは己自身!
やる気を保つためにも私はゲームや漫画からインスピレーションをもらう必要があるの」
「なるほど、なるほど。だからさっきからコントローラー握ってた訳ですか、へー」
呆れながらも、友人がプレイしているゲームのタイトル画面に視線を移す。
【~花散る刻~
今をときめく、和洋折衷な異世界を舞台にしたRPGだ。通称花散る。
和風世界の中に赤レンガの建造物が所々現れる様は、どこか明治時代を思わせる。
もっとも、異世界設定らしく、アニメやゲームにありがちなカラフルな髪の毛の登場人物がわんさか出てくるが。
厳ついタイトルに対し、このゲームの中身を一言で表すのならば典型的なギャルゲー……いや、エロゲーだ。
当初は全年齢タイトルだったのだが、予想以上に大きいお兄さんと、更に予想外なことに大きい腐ったお姉さんの人気を獲得してしまい、遂にはR18指定バージョンと乙女ゲーバージョンまで作成されたのだとか。
今では花散る刻と言えば、専らこの二つのバージョンを指している。
でもって、友人が夢中になっているタイトルは勿論乙女ゲー……ではなくエロゲーの方だった。
「常々思っていたけど、何故エロゲーを?」
「魔神大帝にヒロインを寝取られる主人公に萌えるから!ハァハァッ。
可愛いよセイ、可愛いよ!
もうさ、あんたも
そうしてエロ可愛くなって、ヒロインと二人で朔夜様を取り合っちゃえばいいと思うの」
「よくわかった、お前は病気だ。
取り敢えず頭に効くお薬出しときますね」
私も腐女子だから、美男子の組み合わせを見たらカップリングせずにはいられないが、まさかエロゲーでこんな楽しみ方をする奴がいたとは。
朔夜とはこのゲームのラスボスで、この手のゲームに有りがちな超絶美形キャラだ。
190㎝近い高身長に、腰までの長いさらりとした黒髪、そしてざんばらな前髪から覗く山桜を思わせる赤紫の眼が印象的なまさに魔王である。
女性人気はダントツだが、男からの受けは悪い。
それもそのはず、バッドエンドでもれなくヒロインを寝取る上に、主人公の目の前で愛を交わすのだからプレイヤーからしたら血涙ものだ。
なのにこいつは、あろうことか脳内でラスボス×主人公を思い描いているのだからその妄想力たるや恐るべし。
全ては朔夜様がエロ過ぎるのが悪いと返す友人に、はいはいと気のない返事を返し、ジュースを流し込んだ。
「……ねえ、天音。今日はさ、あたしん家に泊まっていかない?」
何時になく真面目な声を出す友人に戸惑っていると、彼女の真剣な瞳と視線がぶつかった。
「急にどうしたよ。言っておくけど、お泊まりセットとか持ってきてないよ」
「必用な分はあたしが貸すよ。
あんた最近、元職場の連中から集団で付きまとわれてるんでしょう?
家族にまで手を出すとか脅されて、遂には退職までしたってのに、外部のオトモダチとやらを使ってまであんたに対する付きまといを止めないんだってね」
「何でそこまで……」
「最近、電話口での天音の声に覇気がなかったから気になって。
こっそり茜ちゃんから教えてもらったの」
「……余計なことを」
「妹ちゃんからも心配されている状況でそれはないでしょ!
警察も証拠がないからって動いてくれなかったなら、尚更危険じゃない。
それに、何か嫌な予感がするの。
ねえ、天音? こんな時まで一人で抱え込まないでよ」
中学の頃からの親友の言葉に、さすがの私も気持ちが揺らぎそうになる。
だけど明日は、漸く書類選考で通った面接なのだ。
人生の新しい一歩を踏み出すためにも、今日は自宅に帰らなければ。
「ごめんね、
明日はどうしても外せない面接だから……。
ほら、そんな顔しないでって! まだ17時まで時間はあるし。
これでも悪運強いんだから!」
「そうね。確かにあんたは殺そうとしても死にそうにないもん。
ごめん、変なこと言って」
「いいって。こっちこそ心配かけてごめん。
良かったら、ゲームの戦闘パートだけ、私が代わろうか?」
「本当!? アザーっす!」
その後も、色々な作中の美形×美形で盛り上がりつつ、遂にお開きの時間となった。
お互い社会人になってから会える時間は激減したが、こうして休日に好きなBLやゲーム、アニメの話をしていると学生時代に戻ったかのようだ。
気持ちを明るくしてくれた優香里には、本当に感謝だ。
信頼できる友人と暖かい家族に支えられているのだから、いつまでも落ち込んだままではいられない。
いつもの帰り道にて久々に穏やかな気持ちになれた私は、歩道橋の階段を登りながら口許を緩ませる。
通路を過ぎ、よしっと気合いをいれて歩道橋の下り階段に足を踏み出そうとしたその時――
「ッ!?」
急に背中へ、強い衝撃が走った。
我が身に起こったことを理解する間もなく、身体は重力に従い、地に叩きつけられる。
「ぁ……な、で?」
凄まじい激痛と胸を潰すような圧迫感が私を襲う。
痛い……痛いっ……身体が、重い。
自分の頬を何か生ぬるい液体が伝っている。
何とか身体を起こそうとするも、力が入らない。
動かない首で、視線だけ動かし階段を見上げるとそこには──
携帯電話を片耳に当てながら、ニヤニヤとした歪な嘲笑を浮かべる黒づくめの男が立っていた。
最近、頻繁にこちらへの嫌がらせを繰り返していた奴等のオトモダチだ。
認識が、甘すぎた。
まさかただの嫌がらせに留まらず、ここまでするとは。
余りの理不尽に怒りを感じる間もなく、痛みに苦しむ私の耳に信じられない声が飛び込んできた。
『ねえー、ちゃんと
「おう、今終わったー。何なら写そっか?
変な方向にひっくり返ってマジ受ける!」
『キャハハハハッ!! うっそ、笑えるぅー!
つーか、ほんとゴキブリ並みにしぶとかったよねえ……底辺の分際で。
アタシに逆らうからこうなんのよ』
ああ、間違いない。
散々人の手柄を横取りするだけでなく、無いこと無いことを他人に吹き込み、誹謗中傷を繰り返したあの人間モドキの声だ。
あの男の携帯電話から大音量で音が漏れているが、わざと聞かせているのか。
『あー、もしかして死んでる?
それならそれでいいけど、何かつまんなぁーい。
あ、でもギリギリ生きてたら面白いからやっぱ言っておこうっと。
霧島さぁ、あんた身の程知らずにも期待してるかもしれないけど、アタシ達が捕まることなんて絶ぇーっ対無いから!
だってこの国の頂点にいるのはアタシ達なんだもん……。
ま、ここまで言われてもあんたらには一生わかんないわよねぇ、フフッ。
じゃあね、馬鹿でまぬけな劣等種。
次は蝿にでも生まれ変われば? キャハハハッ!!』
ごちゃごちゃと汚い罵声を撒き散らし、一方的に通話が途切れた。
もはや後半は意識が朦朧として、あまりよく聞き取れなかったが。
クソがっ……どこまで人の人生を弄べば気が済むんだ。
駄目だ、力が……入らない。
意識が薄れ行く中、親友と家族の顔が次々と浮かんでいく。所謂、走馬灯かな。
ごめん、優香里。
あれだけ引き留めてくれたのに、忠告を無視して。
母さん、父さん、親不孝でごめん。お祖母ちゃんも。
茜……心配してくれていたのに、こんなことになって……ごめ、…………。
願わくば、次の人生では──何者にも害されることのない強さを……。
そこで、私の意識は真っ黒に塗りつぶされた。
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