老人は走る。様子がおかしい少女を追いかけて。
その夜、コインランドリーの近くにあるビジネスホテルのロビー。
エレベーターから財布を手に持つ老人が現れた。共に行動していたはずの少女の姿はない。
「いかんいかん……コーヒーを買い忘れていた。確かこのロビーに自販機が設置されているんだよな……これか?」
自動販売機を見つけた老人は小銭を入れ、ボタンを押した。
ガコン
「本当に見てないんですか!!?」
女性の声がロビーに響き渡る。
老人はコーヒーを手に取ると受付カウンターに向かった。
受付カウンターには女性がホテルマンに問い詰めるように顔を乗り出していた。
「どうかしましたか」
老人は女性の後ろから尋ねた。
「あ、あの、私の息子を見ませんでしたか?」
「どこにいたんですか?」
「コインランドリーで洗濯物を入れた後……息子を置いて買い物に行って……帰ってきたときにはいませんでした」
「コインランドリー……」
「どうして置いて行っちゃったんだろう……大荷物になって邪魔になるってわかっていたとしても、一緒に連れて行くべきだったのに……」
「すみませんが、その子の特徴を教えてください」
女性は老人に子供の特徴を教えた。
それは夕方、コインランドリーで見た少年の特徴と一致していた。
「その少年……まさか……」
「身に覚えがあるんですか!?」
「ええ……確か……」
その時、老人はふと入り口の方を見た。
ふらふらと歩くローブを着た人物が横切った。
変異体の少女であるその人物の足は千鳥足で、首を上下に動かしている。
老人は思わず外に飛び出した。
変異体の少女を追いかけて走り出した。
それに反応するかのように、変異体の少女の足が速まる。
不安定に体を動かし、フードも取れそうだった。
ついに少女は、バランスを崩した。
地面に顔を打ち付けようとしている。
その時、変異体の少女は宙に浮かんだ。
まるで誰かに引っ張られるように、少女は暗闇へと消えていく。
老人は、ただそれを追いかけていた。
「ぜえ……ぜえ……」
町外れの雑木林の前で、老人は肩で息を切らしている。
「おじいさん!!」
その後ろから女性……コインロッカーで見かけた少年の母親がついてきた。同じように息を上げているが、老人ほど体力を消費している様子ではない。
「急に走り出してどうしたんですか!? 私の息子を見かけた場所は!?」
「ぜえ……少し……ぜえ……休ませて……ぜえ……くださいよ……」
「キャッ!?」
「!!?」
「! お嬢さん!?」
雑木林から、人とは思えない悲鳴が聞こえてきた。
老人はバックパックから懐中電灯を取り出し、すぐに雑木林の中へと入る。少年の母親も後に続いた。
雑木林の中に、うずくまる黒い影があった。それは人の形をしており、ぶつけたであろうか頭を押さえていた。
「イタタタ……」
「お嬢さん、大丈夫か!?」
「ウン……ダイ……ジョウブ……」
「あんな変な歩き方をしていたもんだから、思わず追いかけてしまったぞ。いったいどうしたんだ?」
「覚エテナイ……気ガツイタラ……ココニ落トサレテ……」
黒い影……変異体の少女は頭を押さえながら立ち上がった。
「あの、おじいさん!?」
後ろから少年の母親の声が聞こえてきた。老人は変異体の少女に向けて、手を広げたポーズを見せた後に女性の方を見た。
「さっきから声が聞こえるんですが……その声を聴くだけで震えてしまうという感じがして……もしかして変異体の……」
「ああ、いや、これはですね……」
少しの静寂の間、老人は言い訳を考える。
「……実は風邪を引いている友人を追いかけていたんです。この子、喉を痛めていますが、普段はステキな声を出すんですよ」
「コホコホ」
変異体の少女は握り拳を口に付け、彼女なりのせきの演技をした。
「そうなんですか……本当に失礼しました。変異体なんて言ってしまって……」
「大丈夫です。この子も無事だったようですし。ところで、あなたの息子さんのことですが……」
「!! どこで見たんですか!?」
老人がコインランドリーで見かけた少年のことを話すと、女性は信じられないように口に手を当てた。
「あの子が傘を差さずに……千鳥足で……?」
「そうです。今思えば、この子と同じような歩き方でしたね」
「それじゃあ、あの子はいったいどうして……」
「ちょっと待ってください」
老人は変異体の少女に近づき、耳打ちをした。
「意識を失う前に覚えていることはあるか?」
「ウン……路地裏デ寝ヨウトシタラ、目ノ前ニ虫ガ飛ンデキテ……ソコカラハ覚エテイナイ」
「その虫というのは……」
「!! アレ……!!」
ふたりは、少女の指さす方向に目を向けた。
「何もないが……」
「本当ニイタノ」
「もしかして、コインランドリーで捕まえたやつか?」
「ウン」
「……どっちの方向に飛んでいった?」
変異体の少女は老人たちが入ってきた方向の反対側を指さした。
「……よし、行ってみよう」
「ワカッタ」
老人と変異体の少女はその方向を目指して歩き始めた。
「あ、あの!? どこへ行くんですか!?」
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