葉桜

鹿島輪

公園

 外出自粛を呼び掛けられてから、もう1ヶ月近く経った。


 先々週までは、必要有急の外出理由があった。アルバイトだ。


 単調な事務職のアルバイトなのだが、とにかく空気の良い職場だ。


 アルバイトも社員と同じように食事に連れて行ってもらえたし、ボーナスも出た。


 でも、とうとうリモートワークになってしまった。


 もちろん、社員だけだ。


 恩を受けるだけ受けておいて、大変なときにはなんの役にも立てない無力さを感じた。


 親も働けなくなり、新学期からの出費を考えると苦しかった。


「在宅」 、「リモートワーク」、「副業」。


 何度も何度も検索した。


 グレーゾーンの仕事や、とても収入にはならないような案件ばかりで、見るたびに心身共にへばっていくのがわかった。


 バイトの求人を探すたびに、マイナビやらリクナビやらの広告が流れてきた。


「インターンシップに応募しましょう!」の文字。


 そもそも、夏のインターンなんて実施できるのだろうか。


 夏休みはきっと削られるだろうし、本当についていないなと思った。


 学校は休校の時期が続いている。


 外に出てはいけない。家にいて過ごしましょう。


 そんなの、もう言われなくたってわかっている。


 できることなら、耳も目も塞いでいたかった。


 いつ学校が始まるのか。これからの生活はどうなるのだろうか。


 必要な情報を得るためには、心が傷付く情報も同時に受け入れなければならない。


 午後3時。


 私は、耐え切れなくなって玄関のドアを開けた。


 未だに長引く北風が、玄関に思いっきり吹き込んだ。


 まるで私を家の中に押し戻すように。


 私は靴下も履かずに、季節外れのクロックスに足を入れて、駆け出した。


 右手に公園が見えた。


 普段なら子どもたちで賑わっている公園が、今日はがらんとしていた。


 私は公園に入っていった。


 隅の方にいたのか、砂埃で汚れたブルーシートを持ったおじさんが、そそくさと公園を出て行った。


 いつもは夜に来るのだろう。申し訳ないことをしたと思った。


 小さい公園だから、遊具は2つしかなかった。


 ブランコと、小さい滑り台。


 滑り台の方は、サイズから言って、恐らく滑れないだろう。


 私はブランコに座って、生い茂る葉桜を眺めていた。


 きゃっきゃっ、と声がした。


 女の子が2人、仲良く笑いながら公園に入ってきた。


 小学校高学年くらいだろうか。


 私から遠く離れた場所で、にこにことスマホの画面を覗いていた。


 やがて、2人の女の子は踊り出した。


 ああ、tiktokってやつかな。


 違うか?


 世間から見れば若者なんだろうけれど、既に時代の変化についていけていない自分がいた。


 外に出ないせいで、時代どころか、世の中全体からも置いていかれたような気がしていた。


 女の子たちは、楽しそうにダンスの練習を続けていた。


 羨ましく、疎ましく思った。


 私も、あんな風に楽しめていたのだろうか。


 暇でいることを純粋に楽しめたのは、いつまでだったっけ。


 常に何かに追われるべきで、時間を無駄にするのは、何よりも良くないことだって。


 だから、何もしてはいけない時間が何よりも辛く感じたのかもしれない。


 私は、座っていたブランコを少し漕ぎ出してみた。


 こんなに、重かったかな。


 ブランコはぐんぐん振り幅を広げていった。


 桜の木が目の前に迫り出した。


 全ての葉っぱが、しゃらしゃらと音を鳴らした。


 一つ一つの木漏れ日から、柔らかな春の日差しが差し込んだ。


 葉桜も、悪くないな。


 空が、どこまでも青く続いていた。











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葉桜 鹿島輪 @marurinrin

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