第32話 勝敗の行方

「負けました」

「え?」


 審査員2人が勝敗を決める前に、二階堂さんは負けを認めていた。僕の描いた絵が表になって見えるようになった瞬間、彼女は自らの敗北を認めた。


「ちょ!?」


 負けを認めた二階堂さんは床に手をついて、即座に土下座の姿で頭を下げていた。身体が大きな女性が、地面に這いつくばって謝っている姿はとても迫力がある。


 というか、見ていられないよ。


「いやいや! ちょっと、止めて下さい。二階堂さん」

「まさか、こんなに凄い方だったなんて。男性だからと侮って、自分なんかが勝負を挑んで勝てる相手だと思ったのが間違いでした……」


 彼女の肩を掴んで起き上がらせようとするが、びくともしない。僕は、自分の力が強い方だと思っていたけど、全然そんな事なかった。女性一人すら力で動かすことが出来ないなんて。


「しかも、勝負にかこつけて男性をデートに誘うなんて……。自分は最低です……。最低のクズ人間です……」

「そんな事ありませんから! ほら、ちゃんと審査員の評価を聞きましょうよ!」

「うぅ……」


 自分を低く卑下するような発言や態度を取る必要なんて無いのに。彼女の絵を描く技術は、卑屈になる必要はない。むしろ、中々のモノだったから。これだけ描けるというのに二階堂さんが次の連載を持てていない、というのが驚きだったぐらい。


 さすが、仲里さんが選んできてくれた人材だと分かる。二階堂さんは、しっかりと実力がある人だった。


 僕の考えでは、今回の勝負でお互いの腕を認め合って、友情を深めるという予定もあったのに。目の前で美人の女性に土下座されるなんて、全くもって想定外だった。


 僕がアワアワと焦りながら、何とか二階堂さんのケアをしている最中。後ろには、描かれた絵を見て真剣に話し合っている人たちが居た。


「うーん。これは、やっぱりタケル君の方に軍配が上がるかな」

「咲織、スゴイですね彼。まさか、ここまでエロくて女の私を惹きつけるような絵を男性が描けるとは、思いませんでした」

「そうでしょう。これだけの画力があって、まだ連載の経験がない漫画家だなんて、驚きでしょう? これからどうなるのか、期待が膨らみますよね」

「えぇ。楽しみです。早く彼の作品を読んでみたい」


 楽しそうに絵を見て会話していたのは、仲里さんとアシスタント候補の甲斐さん。


 2人は、どっちがより魅力的なキャラクターを描けるかどうかという評価基準で、僕らの描いた原稿用紙1枚の絵を真剣な表情で見比べて、本気で審査していた。


 実は甲斐さんも、密かに僕の漫画家としての実力を疑っていたような節があった。今回の勝負で思いがけず、彼女からの評価も得ることが出来たようだ。


 そんな2人のやり取りを背中に感じながら、挫けてしまった二階堂さんをどうにか落ち着かせなければならなかった。とりあえず彼女の腕をグイッと引っ張って、床の上に座り直させる。何とか、彼女に土下座を止めさせることには成功した。その後、僕は彼女に冷静さを取り戻してもらうよう言葉を掛け続ける。


「大丈夫ですよ。二階堂さん、絵が上手じゃないですか。驚きました」

「うぅ。でも、私は」

「心配しないで下さい。自分に、自信を持って」

「いやぁ、でもぉ……」


 うだうだと言い続ける二階堂さんに、励ます言葉を何度も無理やり言い聞かせた。少しずつ、彼女は落ち着きを取り戻してきた。表情も、最初に見せた凛々しい感じに戻ってきたようだ。


「それで、二階堂さん。負けを認めたという事なんで、約束通り僕のアシスタントの仕事を受けてくれますか?」

「良いんですか? 勝負に負けた、私なんかをアシスタントに採用して?」

「はい、勿論ですよ!」


 むしろ歓迎である。実力があって、ハッキリと物を言う性格も好ましい。だから、アシスタントとして即採用だと思った。


「ぜひ、勉強させて下さい先生……。いや、師匠!」

「し、師匠!? 僕が、ですか? それは、ちょっと……」

「何を言っているんですか、師匠! こんな絵を描けるんですよ。誇って下さい!」

「えーっと、そうかな?」

「そうですよッ!?」


 勝負の結果、二階堂さんをアシスタントとして採用することに決定した。だけど、何故か僕と二階堂さんで師弟関係という妙な関係に発展しそうになっている。


「あのぉ、私はどうすればいいでしょうか?」


 恥ずかしそうに手を挙げて、主張してきたのは甲斐さん。僕と二階堂さんが2人でやり取りしている間に、置いてきぼりを食らってしまった感じになっている。


 もちろん甲斐さんを忘れていたなんて事はなくて、彼女の方もアシスタントとして採用することを決めていた。


「甲斐さんも、アシスタントとして採用するつもりです。なので、これからよろしくお願いしますね」

「あ、はい。わかりました。今後とも、よろしくお願いしますね。面白そうな現場になりそうで、とても楽しみです」


 僕の決定を伝えると、嬉しそうに笑顔を浮かべて喜んでいた甲斐さん。彼女の妙に距離を置いたような態度も、先程の画力対決によって良い感じにほぐれたのだろう。僕に対する甲斐さん態度が、少し和らいでいた。距離も少し近付いたように感じた。


 家の中に二階堂さんと甲斐さんの2人を迎え入れた時は、どうなることかと心配に思った。何とか状況を上手く収めることが出来たようで、アシスタントもお願いすることが出来た。結果的に、何も問題は無く成功と言っていい出会いだった。


 ただ、分かったことがある。僕が男の漫画家という事実を隠すことにより、相手を驚かせたり侮られたりするかもしれない、という事。仲里さんと初めて出会った時もすごく驚かせてしまった。


 今までは、特に大きな問題だとは感じていなかった。それよりも、男性身分保護法という決まりによって未成年の男性がエロ漫画を描いていると知られる事の方が、色々と不都合がありそうだからと思って隠していた。


 けれど今回は、僕の性別を隠していた事により起こった出来事だった。仲里さんも僕の方針に従ってもらって、どこまで話していいのかを慎重に考えながら注意をして出来る限り僕の情報は隠して伝えてくれたようだ。結果、2人にちゃんとした事実を伝えることが出来ず、今回の騒動が起こってしまった。


 咲織さんの調べによれば、未成年の男性が成人向けの漫画を描いても特に問題ないということが分かった。これから僕は、雑誌に作品を掲載してもらったり、本格的に漫画家としての活動をスタートする。


 今後は男性のエロ漫画家という事をあまり隠したりはせずに、どんどんと公表していくべきなのかもしれないと僕は感じていた。


 アシスタントを2人、採用することを決めた後。僕の過去の経歴である同人活動について、二階堂さんと甲斐さんに説明すると驚かれた。2人は、テンセイという名で活動していた僕の本を買ってくれていた読者だったようだ。


「え……? えっ!? 師匠が、テンセイさんだったの?」

「どうりで見覚えのある絵だと思った。そうか、テンセイって男が描いていたのね」

「す、スゴイッ! あ、あの。さ、サインとか貰えたり……」

「ちょ、あの二階堂さん。一旦、落ち着いて」


 特に二階堂さんの方は、感激のあまり僕にサインを求めたりしてきて、また彼女を落ち着かせるのに苦労する事態となった。


 これでようやく、僕の漫画家として活動していく為の準備は整ったかな。


 編集者の仲里さんに連れてきてもらった、アシスタント候補の2人と知り合って、色々ありながら彼女たちを採用することに決めた。


 アシスタントの二階堂さんと甲斐さん、編集者の仲里さん。それから、僕の四人でこれから漫画家の活動を精一杯頑張っていこうと思う。

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