第29話 アシスタント候補と対面

「こんにちは」

「あの、すみませーん! アシスタントの面接に来た、二階堂です!」

「同じく面接に来た、甲斐です。本日は、よろしくおねがいします」


 インターホン越しに僕が挨拶する声を掛けると、すぐに彼女たちから元気で丁寧な返答があった。二階堂さんは爽やかな声で、甲斐さんは女性らしい高く澄んだ声だ。長く待たせるのも悪いので、早く部屋に上がってきてもらう。


「今、扉を開けます。そこを進んで、エレベーターで上ってきてください」

「……えっと、あー、はい。目の前にあるエレベーターですね。すぐに向かいます」


 エントランスのオートロックを解錠してから、僕は彼女たちに指示を出す。すると何やら、二階堂さんからの返事に妙な間があったのが気になった。カメラを見ると、二階堂と甲斐さんの2人が顔を見合わせていたから、エレベーターの場所が分からず確認していたのかな。


 エントランスからガラスの扉の向こう側、目の前にあるので、すぐに分かると思うけれど。もう少し詳しく説明したほうが良かったか、と思っていると返答があった。ちゃんとエレベーターを発見できたようで、良かった。


 そのまま作業場のある階まで上がってきてもらった。1分もしないうちに、玄関がある方から扉をノックする音が聞こえてきた。彼女たちが、エレベーターで上がってきたようだ。


 席から立ち上がり、仲里と一緒に彼女たちを出迎える。玄関の扉を開けて、部屋の中へ招き入れる。


「どうぞ、中に入ってください」


 扉を開けた先にある、廊下に立っていた2人に声をかける。すると。


「ごめんくだ……さ……い……!?」

「お待たせしました……えっ!?」


 彼女たちの声と表情は、予想していなかったというような、戸惑いと驚愕している感情が分かるような反応だった。


 甲斐さんは、扉を開けて現れた僕の顔を目にした瞬間から段々と声が小さくなる。二階堂さんは、元気よく発していた言葉の途中で口を大きく開いて驚きの声を上げていた。唖然としたような表情のまま、固まっている。何を、そんなに驚いたのか。


 2人の視線は、僕の顔に注目していた。どうやら彼女たちを出迎えた僕が、男だと知って驚いている様子だった。けれど、さっきインターホン越しだったけれど一度は会話したのに、声では気付いていなかったのか。いや、疑問には思っていたのかな。2人で顔を見合わせて、何か話していたようだし。


 というか、疑問に思ったことが1つある。そもそも仲里さんは、事前に僕の性別について説明してくれていなかったか。彼女たちを驚かせるために? いや、そんなに性格の悪いことをするような人じゃない。仕事にも関係することだから、ふざけたりしないだろう。


 ということは、何か理由があって言っていなかったのかな。僕は、普段から性別を隠して活動しているから、アシスタントの面接に来てくれた彼女たちにも、事前には言っていなかったのかもしれない。


 色々と疑問に思うようなことがあって考えていると、後ろに立っていた仲里さんが言葉を発した。


「おはよう2人とも。けれど先生の顔を見て驚くだなんて、失礼でしょ」

「いや、だって、仲里さん!」


 反論しようとする二階堂さんを制して、仲里さんが話を続ける。


「事前の説明をしたとき、ちゃんと話したでしょう? 今回、新しくアシスタントをお願いする漫画家の先生は、男の人だって」

「あ、いや、でも、そんな。その話が本当だなんて思わなくて。男性の漫画家が居るなんて想像もしたことなかったから……」

「私も咲織の言っている事って、何かの冗談だと思っていました」


 信じられないという風な視線を、何度も向けてくる二階堂さん。仲里さんと向かい合いつつ、チラチラと視線を隠すように動かして僕の様子を伺う甲斐さん。


 前もって性別についての話はしてあったけれども、2人は仲里さんから聞いた話を全然信じていなかった、ということなのか。


 その話が本当だと判明したので、2人が驚いていたのか。そして、居るはずないと思い込んでいたからインターホン越しの声を聞いたときにも、僕が男だとは気付いていなかった。


「とりあえず、どうぞ。中に入って下さい」

「早く、部屋の中に入ってあげて」


 玄関の扉を開けたままの僕と、廊下に立っている2人。そこにずっと立っていると他に生活している住人の邪魔になるかもしれないと思って、色々と話し合う前に先に彼女たちを部屋の中に迎え入れることにした。僕の後ろから仲里さんも、早く部屋の中に入るようにと2人に指示する。


「あ! え、っとお邪魔します」

「し、失礼します……」


 僕が急かすような声をかけてしまい、ビクッと身体を反応させて身を縮こまらせてしまった二階堂さん。その後、かすかに聞こえる小声で返答する甲斐さんが続いた。なんだか、申し訳ない気持ちになってくる。


「どうぞ、こっちです」

「は、はぁい……」

「よ、よろしくおねがいします」


 インターホン越しに会話したときに比べて、反応が全然違っている。元気がなく、縮こまっている2人。これからアシスタントの面接を受けるという緊張とは別の理由で、彼女たちは緊張しているようだった。


 これから2人には、アシスタントの仕事をお願いする事になるかもしれないのに、大丈夫なのだろうか。彼女たちと一緒に仲良く作業は出来るのだろうか、僕は心配になった。

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