第15話 親バレ姉妹バレ《北島家》

 目先の問題を無事に解決することが出来たから、それで全てが順調だと思い込んでしまう。


 そんな油断をしてしまうから、僕はいつも大失敗が近くに潜んでいるかもしれないのに、気付くことが出来ないんだろうと思う。死ぬ直前まで、ずっとそうだった。


 根本から残念な性格なんだと自覚する。転生を経てもなお、変わることのない僕の性格。



***



「タケル、ちょっと下のリビングに来てくれる?」

「ん? すぐ行く!」


 夕飯も食べ終わった後。そんな遅い時間に、下から母親の呼ぶ声が聞こえてきた。珍しい事だと思いつつ、返事をする。


 こんな時間に、一体なんだろう。母親から呼び出されるような用事が何か、あったかなと思い出そうとするけれど、心当たりは無い。


 前に一度だけ、夜遅くに呼び出されたとこがあった。その時も、どんな理由で呼び出されたのか分からないまま降りていった。


 確かその時は、就寝する直前だった。それで、そのままパジャマ姿で行ってみると、呼び出した用事を差し置いて母親から説教されたのを覚えている。


「な、な、なんて格好で来ちゃったの、タケル!?」

「え? パジャマってダメなの?」

「ダメッ!」


 そう言って、すぐ自分の部屋に戻るように注意された。どうやら、男性が不用意にパジャマ姿を異性に見せるのはよろしくない、という事らしい。


 僕がまだ小学生になりたてという頃で、幼い子供だった。それでもダメだという。着替えぐらいは手伝うけれど、その後は不用意に就寝前や寝姿を見せないように注意しないといけないらしい。


 そもそも家族同士なんだから、パジャマ姿ぐらいは見せても大丈夫じゃないの? と反論してみても、男の子は異性にパジャマ姿を簡単には見せないように、と厳しく言い聞かされた。家族同士であっても、マズイことだったらしい。それが、一般的な常識だという。


 それから母親は、色々と僕に配慮してくれて朝早くや夜遅く、という時間帯に呼び出されることが無くなった。


 そんな出来事が過去にあったので今回、母親から夜遅めの時間に呼び出そうとする理由は何だろうか。一体どんな用事なのだろうか。


 何を言われるのか。考えてみて思いついたのは、最近あった定期試験についてだ。それの結果でも聞かれるのかな、と思った。それだったら、試験を受けた時は調子も良かったし今回も問題なく良い成績を収める事ができていた。報告もしやすいかな。


 ちょうど寝る前の準備がまだだったので、普段着の姿でそのまま部屋を出て階段を降りていく。母親が待ち構えているであろう、リビングへと向かった。




「どうしたの?」


 リビングの中には、母親の他に姉さん達も一緒に座って待っていた。家族勢揃い。だけど、対面に座っている母親と、その左右に座る涼子姉さん、佑子姉さんの表情は固い。


「……って、あ」


 何か悪い事件でも起こったのかと思っていたら、テーブルの上に置かれている本が目に入った。僕が描いた同人誌だ。声が漏れ出る。


 僕がソレを目にした瞬間、言葉が途中で止まり身体がピキーンと固まっていた。


 なぜ、アレがあそこに置いてあるのか僕には理解できない。どういう経緯で母親の手元に届いてしまったのか。彼女たちが、男性である僕の部屋に無許可で入ることは絶対に無い。そもそも、奥深くに隠した金庫の中に厳重に保管していたはず。ソレが見つかることは、絶対にありえないと思っていた。なのに、どうしてだろう?


 背中に、冷や汗がタラリと流れるのを感じた。


「とりあえず、こっちに座って」


 母親の声や顔は、怒った感じや嫌悪するような表情ではなかった。反応に困った、という表情だ。息子がまさかエロ漫画を描いているなんて思いもしなかった、という感じだろうか。


 僕はゆっくりとした動作で恐る恐る、母親から言われた通り目の前の席に座った。両手を膝の上に両手を置いて、畏まる。


 漫画を描くのは家族には秘密にして行っていた趣味だ。いつか話そうと思っていたけれど、まさかいきなり、エロ同人誌を描いている事がバレるなんて。


「これって、タケルの?」

「うん、そう」

 

 テーブルの上の漫画を指さして母親の問いかけ。僕は正直に答える。漫画を描いていた事、しかもエロ漫画も描くなんて事を一足飛びで知られてしまった。


 家族に隠して活動するんじゃなくて、もっと早くに説明して置くべきだったかな。後悔の念を抱く。


「でも、それ一冊だけ」

「大丈夫、説明しなくても分かってるわ」

「え?」


 まだ、描いた同人誌は一冊だけ。次の新作も描く約束を既にしているけれど、まだ一冊目だった。それに、本命というか第一優先にしているのは漫画新人賞を受賞することだった。それなら世間的にも、まだ体裁を保つことが出来る、かも。


 そんな説明をしようとすると、母親から途中で口を挟まれた。今回の件は全て理解しています、という感じで。まさか今まで隠せていたと思っていた僕の漫画家活動は、家族からはバレバレだったのか。


「その、ね。男の人も興味を持っていても何の問題も無いと思う。同じ人間として、男と女だから。むしろ、お母さんはタケルが興味を持ってくれていて嬉しいと思ったの。最近の男の人は、全然異性に興味が無くなってきてるって社会問題にまでなっているらしいからね。でも、まだタケルは年が若いからね。こういうのを店で買ったりするのを恥ずかしがらずに、お母さんたちにも正直に話して欲しいの。黙って買わずに、ちゃんと正直に話して話してほしいな、って」

「へ? 買う?」


 母親が、漫画を描くことに対して理解してくれていると思って話を聞いていたら、唐突に話の流れが分からなくなった。


「お店で買ったって、どういう事?」


 僕は、どういう事だろうと疑問に思ってそのままストレートに母親に尋ねていた。買った、とは?


「え!? タケルが欲しいと思って買ったんじゃないの?」

「今日、ネットショップから送られてきたのを私が代わりに受け取っちゃったけど」


 母親も僕の問いかけに答えられず、疑問が生じた。すると今まで黙って座っていた涼子姉さんが驚きの声を上げて、佑子姉さんが詳しく説明してくれた。なんとなく、話を理解してきた。


「それ、僕が描いた本なんだけれど……」


 テーブルの上に置いてある同人誌を指差して、白状する。家族に、同人誌を描いていたと告白する。顔が熱くなって、めちゃくちゃ恥ずかしい。でも、しょうがない。


「え?」

「描いた?」

「どういう事なの?」

「えーっ、それは、ですね……」


 お互いに勘違いしていたようだ。僕はエロ漫画を家族の皆に知られないよう内緒で買ったモノ、だと思われていたようだ。そして、僕が漫画を描いていたという事は、家族に知られていなかったみたい。


 勘違いを無くすために、事情を詳しく説明しないといけなくなった。僕はイチから事情を説明する。隠していた漫画を描く活動について、家族に全てを打ち明けることにした。


 コンテストに応募する為の漫画を密かに描いていたこと。漫画を描くための技術を磨き、モチベーションを高めるためにエッチな同人誌を描き始めたこと等など。


 家族に黙って、隠れてエロい漫画を描いていた。エッチな本を家族に隠れて買ったと思われるよりも、更に恥ずかしすぎる事実だった。そんな、恥ずかしい告白をすることになるとは思ってもみなかった。




 そして疑問なのは、なぜ僕の描いた本が送られてきたのか。もう既に、サンプルは受け取ったはずだけど。

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