うっかり転生劇場~第一幕~

第一章~女神のお目覚め編~

3女神、覚醒する

 エターナルハインドと名付けられた世界は、今から三百年ほど前この世界独自の仕組みから、初めて新しい神が誕生を果たした。


 その直後、この世界に初めてなる存在も誕生を果たしたのだが……。


 その魔王は、どう言う訳か誕生の直後から自らの居城に隠ったきり、その存在も威厳も発揮せず、存在感を限り無く消していた。

 まるで自ら封印の眠りに付いたかのように、ただ沈黙を保ち続けているのだ。


 それから三百年、沈黙の魔王に成り代わるべく、多くの力ある魔族がを名乗り、幾つもの派閥が生まれる事態に陥っていた。


 魔王乱立時代の幕開けだった――!!



 魔族による魔物の統率が行われ、人間の居住域を侵略、破壊する動きが横行していた。


 昇華を果たした神々は、この地上の混乱を危惧し人間に一つの希望を授けるのであった。


 即ち、神々の創り出したを持って、乱立する魔王を討伐・封印・調停を行うための武器だった。


 武器の数は三種類あって、聖剣と聖杖と聖なる錫杖だ。

 それぞれの大陸に一つずつ用意されており、その武器を入手した者達こそ、今の世界の混乱を治め世界を救う希望となるのだ。


 その為に選ばれた職種は、だった。


 勇者と聖女と賢者の候補は、十五歳から十八歳の男女の中から選ばれた。


 勇者候補には、一定以上の剣技と体術が求められ、神が用意した水晶に一定の反応が示されれば合格となった。


 聖女候補には、『聖属性』の保有と一定以上の魔力保有が、賢者候補には、三つ以上の属性保有と一定以上の魔力と魔法行使が求められ、それぞれ勇者候補と同様に水晶による選別が行われていた。


 合格した全員にその挑戦権が与えられ、武器の入手は早い者勝ちの争奪戦となる予想だ。


 その辺りは、元来のと後からのそして何よりもと言うものも関係してくるから、文句を言うものはいないだろう。


 そして私、イリス・ハスラーもその聖女候補の一人だったりする。


 しかしながら、私の魔力は皆無に等しい。

 何故、合格判定が出たのか謎では有るけれど、選ばれたからには頑張りたい……。


 ……いえ、皆さんの足を引っ張るだけなので、出来れば辞退したいのだけど、今更言い出せるわけもなく……ほとほと困り果ててる訳で。


 エスターナリア王国王宮のホール、国内の各地より集められた候補者達が入り交じっての顔合わせとなっていた。

 この中で、勇者候補、賢者候補、聖女候補それから護衛兼指導役に騎士と魔法使いが付けられる事になっていた。


「あらあら、貴女も聖女候補の選定に合格していたの?男爵家なんて平民と変わらない貧しい家の出の癖に?大した魔力も無い癖にに、よく選ばれたものね!」


 その女性は、他人を見下した高慢な物の言い方、自分より格下の相手に対して汚いものを見るかの様に、眉間に皺を寄せあからさまに嫌そうな表情を浮かべていた。


 豪奢な赤い生地に金の刺繍が煌めくドレスを纏った、金髪縦ロールをピシリと決めた薄紫の瞳の侯爵家令嬢、アンジェリカ・トレニス様だった。


「これはアンジェリカ様、ご挨拶が遅れて申し訳御座いません。本日も煌めく御召し物に、麗しいお姿……御目にかかれて至玉の極みですわ」


 身分が高く、高慢な彼女では有るが、美辞麗句を上げ連ねておけば、この人は至って扱いやすい。


「オーホホホッ!イリス貴女でも見る目が少しは有るようね♪下賎の身の貴女でも、私の美しさに今日も平伏して崇めると良いわ!!聖女となるのはこの私何ですからっ!!オーホホホッ!!」


 機嫌良く高笑いを決めて、その場を去っていった。


「相変わらず媚びることだけは上手いのねぇ。やっぱり下賎な身の上だと、身分の高い者に取り入るのが上手くなるのかしらぁ?」


 此方は海のように青い生地に白のレースを重ねた清楚さを醸し出した衣装のブロンズの波打つ髪をハーフアップに束ねた伯爵家令嬢ロレーヌ・ガルディ様だった。



「ロレーヌ様ごきげんよう。…媚売るなどとんでも御座いませんわ。私は心よりアンジェリカ様をお慕いしておりますのに……」


「ふんっ、弁明は結構!……でも、あれよね、貴女みたいなの者が聖女候補だなんて、同じ壇上に上がる私達の身にもなってほしいものだわ!虫酸が走るのよ!!魔力の無い貴女なんて、何処とも知れぬ地で野垂れ死ぬのが関の山でしょうけどね!!」


 そう言うと、ドンッと肩にぶつかりロレーヌ様は去っていった。


 私と男爵家当主フランツ・ハスラーとの間に血の繋がりは無い。


 私がハスラー家領地内の教会の聖堂に置き去りにされていたのだそうだ。

 丁度、子を亡くしたばかりのハスラー夫妻が、教会に祈りに来た折り、神像の前に置き去りにされた赤子の私を見つけたらしい。当時のハスラー夫妻は、その赤子を神からの送り物の様に思った様でハスラー夫妻は、その赤子を養子として迎え入れ今日まで育ててくれた訳だが…………。


「いったぁ……。今日は加減がないなぁ」


「大丈夫?ロレーヌ様、今日は一段と加減が無かったわね」


 ロレーヌ様は普段、アンジェリカ様の取り巻きの一人なのだけど、聖女候補に上がって以来、二人の間はかなりギクシャクしだしていた。


 勇者候補の中には、第二王子のアレクセイ様、公爵家三男のレイン様が居る。

 他にも騎士団長子息のガブリエル様や新進気鋭の豪商グレゴリー商会の次男トレバスさんがいたりする。


 賢者候補には、ローランド侯爵家レニス様、宮廷魔術師団長のハイレイン様の子息ドレント様等……またまたそうそうたるメンバーが、挙げられているわけだ。

 皆、見目麗しい美形揃いで、誰が誰とスタート地点が同じになるか、その希望でもって溝が生まれてしまったわけである。


 各候補毎に六ヶ所のスタート地点に割り振られる。そこから同盟パーティーを組んで共に行動するか、はたまた己の武器を求めて単独で行動するかは、各々の判断に委ねられる。


 あわよくば………同盟を結びチームとして行動したいのだろう。


 まぁ、この辺は年頃ですからね。第一志望は第二王子のアレクセイ様に集中し、次いで公爵家三男のレイン様と続いた。当然、同盟が組めれば長い期間共に旅をし、密接な間柄になるだろうから、殆んど婚活と丸被りの様相を貴族出の聖女候補達は成していたわけだけど……。


「マーセル、貴女も聖女候補になったのね。何だか上の方は、趣旨がズレてしまっているようね」


 マーセルは同じ学園に通う同級生で、平民出身だ。実家は、騎士団も御用達の鍛冶屋を経営している。

 クリーム色の波打つ髪を腰まで流し、同色の瞳がクリクリと愛らしい少女よ。

 魔力は中程度の保有。奨学金で学べる特別枠には僅かに到達せず、しかしながら有望で有ると見込まれたため、クラブ活動で密かに学んでいる経歴の持ち主。


 全く魔法を学んでいない私とは、出来が違うのよね。

 私と言えば、専ら学園内の図書室で本を読み漁り、独学で学ぶスタイルだもの。

 と言っても、成果と言えばコップ一杯の水を産み出す水生成魔法位なものだ。



「イリスも大変ね。貴族様って、何時もああいう感じなの?」


 平民出身のマーセルとは、貴族令嬢…特に伯爵家以上のご令嬢方とは学舎が違う為、殆んど接点は無い。

 子爵家、男爵家の辺りになると、成績が優秀で無い限り高貴な方々の学舎とは、同室にならず平民と共に学ぶ事になるわけだが…。


 魔法が駄目な分、勉強……張り切って頑張りすぎて、高貴な方々の学舎と同室になってしまったのよ。

 それ以来、何時も馬鹿にされたり、罵倒され蔑まれる等は、しょっちゅうだったりする。



 それも、あともう少しの辛抱と言うところで、聖女候補に上がり選定の旅をすることになったのであった。


 学園は、八歳から十二歳までが五年制の総合習得院(基本科)と十三歳から十六歳までが高等専攻院(基本科+専門学科)の四年制で、今は高等専攻院、四年目の春の終わり頃だった。


 聖女候補はあと二人、計六人で競うことになるようだった。



 バンッバンッ!


 前方に設置された議場の木槌が鳴らされ、会場のざわつきが収まると、宰相閣下グレドリュー様が話始めた。


「ここに集まってくれた、勇者、聖女候補の諸君!有り難う。諸君には、これから危険が伴う永い試練の旅へと出て貰う。勇者、聖女、そして引率の騎士と魔法使いが互いに協力し、この国……ひいてはこの世界の為に活躍してくれることと願う!」


 続いて組み合わせの割り振りだが、公平を期す為にくじ引きで決めるらしい。


 こんな一大事を、クジ何て言う決め方で良いのかとも思ったけど、下手に話し合いにしてしまうと、永遠に決まらない恐れがあるからだ。


 いの一番にアンジェリカ様がクジを引き、次いでロレーヌ様、先に動いた他の候補二人と、話し込んで反応の遅れたマーセルと私が最後になった。


「私が先で良いの?」

「関係ないわよ。いつ引いたって変わらないわよ」


「ふふっ、イリス本当は聖女候補になるの嫌なんでしょ?」


「バレた?そうなの、それ程興味がある訳じゃ無いからね~」


 勿論、これは小声だ。勇者、聖女候補に上がった者に拒否権は無い。世界の命運の掛かる事業なだけにバレたら大変である。


 そして、私の番になった。


 籖の箱から取り出したコインには、『Ⅲ』と書かれていた。


「おや、君が私のパートナーか。よろしく頼むよ」


 先にクジを引きを終えていた勇者候補の公爵家三男のレイン様が現れた。

 流れるような金髪を肩口で結わえ垂らしている。緑の瞳の長身の美青年だった。


 彼の手には、『Ⅲ』と書かれた文字が印されたコインが握られており、私のパートナーが決定した訳である。

 挨拶もそこそこに、王子に挨拶をしてくると言うことで、レイン様の背中を見送っていた。


「キイーッ!何ですって!?どうして私が下級貴族とベアで、あの女がレイン様なのよ!?」


 先程上機嫌で去っていったアンジェリカ様が鬼の形相で迫って来た。

 同じく、ロレーヌ様も迫って来てお二人から伸ばされた手のタイミングが見事に揃い、後方に突き飛ばされてしまった。


 ドンッ――!


 ゴチンッ!!


 二人の淑女の息の揃った手荒い行動のお陰で、普段ならよろめく程度の衝撃が、今日は幾分か割り増しされ勢い良く頭を打ち付けてしまった。



 その瞬間、私の頭は打ち付けた痛みではない痛みに襲われていた。


「頭が痛い……」



 ズキズキ、ズキズキ……!!


 グワンッグワンッ……!!



 頭の中からズキズキと神経を圧迫するような痛みと、目の前が回り出すような気持ちの悪さ――――。


 込み上げてくる吐き気と痛みに、立っていることが出来ず、よろめきその場に崩れ落ちてしまった。


「イリス!?」


 薄れる意識の中、マーセルの声が響き、体が浮上する感覚を覚えた。





 ◇◇





 ――ああ、参ったな。やっぱり昨日は呑みすぎだったわ……。



『え?呑みすぎって何を……?私、何も飲みすぎてないけど……』


 ――――仕事納めに、パァーッと弾けたのが良くなかったわ。……あ、溜まってる家事をやらないと……


 脳裏に浮かんでくるのは、洗濯物とゴミとがまぁまぁ散乱している汚部屋だった。


『ああ……これは酷い。確かに片付けないと不味いわよね』


 ――――そうなのよ、年末休暇ったって、三日しかないから、そこでなんとか片付けないと…………て、あれ!?



『あれ!?って、どうしたの?…………ん?んん!?』


 私は、そこで違和感に気付いた。


 頭の中に響くもう一つの私の声に………。


 その瞬間二つの記憶が、溢れるように流れだし、入り交じる。

 イリスの意識は、そのまま表層からは姿を薄くし緩やかな眠りへと落ちていった。

 そうして情報の洪水が終息するその頃には、ハリシュは、気が付いた。



「えっ……?え?ええぇぇぇ――!?」



 何で私、人間になっているの!?



 かばりっ!!



 そこは、見たことのある白いカーテンに囲われた、救護室の白いベットの上だった。


 起き上がった私は、今の状況を整理することにした。



 この肉体の主は、イリス・ハスラーと言う名の爵家令嬢で、実はハスラー男爵の実子ではない。


 産まれたばかりの女の赤子を亡くし、供養の祈りの為訪れた教会の女神像の前に一人残されていたのだとか。


 その赤子を亡くした実子の変わり……と言っては何だが、『神が我らに与え賜もうた』と、養女に迎え入れたのだ。


 すくすくと育つ、可愛らしい白銀の髪に青い瞳の養女を両親と、二つ年上の兄は愛してくれていたと思う。


 五歳の頃、神殿での魔力適性検査での判定が下るその時までは――――。


 白銀の髪と言うのは、魔法の中でも稀有とされる『聖属性』保持者が多い。

 それ故、イリスもそれを期待されたわけなのだけど、どうやら当時は『聖属性』への目覚めはまだだったらしい。

 五歳のその検定を期に、周囲の態度は明らかに一変したからだ。


 その一つに髪色の変化と言うものも含まれているのかも知れない。

 白銀の髪から黒髪への変化……それからの周囲の態度は更に冷たいものへと変化を遂げていった。


 イリスの記憶には、欠如が多い。


 霞がかかると言うか、空白と呼ぶべきか。


 変わり行く周りの態度に、きっと幼い心は悲鳴を上げたのだろう。


 それ故の欠落かもしれない。




 ※※※※※※



 ※因みにイリスの意識はこの頃からお休み中です。

 眠りながら、ハリシュの意識を通じて現実世界を見ているような、半覚醒状態になっています。





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