かませ犬貴族のやりなおし
珠洲気流
プロローグ
第1話
どうしてこうなったのだろうか。
そんな意味のないことを何度も考えてしまう。
嘆き悲しみ憂いても現実は変わらない。
それでも俺は嘆いてしまう。
行動するための肉体すら残されていないというのに。
世界は、大陸は崩壊目前にある。
いや、既に崩壊していると言う方が正しいのか。
ヒトは、人間と亜人種は争い過ぎた。
人間は自身とは異なる身体的特徴をもつ種族を人間ではない別の種族=亜人と軽蔑し、亜人種は身体的に貧弱な種族をヒトではない中途半端な存在としてゲン=人間と見下した。
両者の争いは人口の大半をすり減らしても終わらなかった。互いに殺し過ぎて落としどころを見失ってしまった。陣営の指導者も民衆の声を抑えられず、あるいは自ら率先して混乱を生み出した。
街は荒廃し国家は体裁を為さなくなった。
ヒトは生きるために生きる存在になってしまった。
俺はそんな世界に嘆いている、わけではない。
今の世界は人々の行動の結果。結果結末は全て行動の本人が享受すべきモノ。それを後から変えたいなどというのは愚かしい。結果結末を嘆くのではなく望むモノのために今行動すべきだ。
それを思えば俺の思いも愚かしい事なのだろう。
俺にはその今すら変える力を持たない。
俺は今、賢者の石と呼ばれる魔力兵器の中に素材として生存を強制されている。
賢者の石は大陸内戦争初期に作り出された兵器。魔力を保存し強大な魔法を生み出すための質量保存装置。その材料はヒト。ヒトの肉体が機能停止した時、残っていた魔力を吸収し蓄えるのが賢者の石というモノ。その賢者の石を構成する核として用いられているのが俺の意識。
この賢者の石=俺が戦争を泥沼化した原因でもある。
賢者の石は魔法という超常を行うための燃料。それもヒトの素質才能を度外視して行使出来てしまう代物。亜人種は虐げる人間にこれを用いて抵抗した。
賢者の石は劇的だった。魔法で縛り管理されていた亜人種は容易に人間を葬った。それも都市ひとつを鼻歌交じりで散歩するだけで灰燼と化した。そして賢者の石は更に強化されていった。
人間を持って人間を殺す亜人種に抵抗した人間は賢者の石を奪取した。これ以上人間を殺させないために。
しかし、人間は賢者の石を手に入れて、亜人種を殺し始めた。人間で出来た装置で人間を消費しながら亜人種を虐殺していった。
結果、世界は屍の山を築き上げた。
もっとも、賢者の石の核に利用されたことに恨みはない。
確かに騙され利用された時は憤慨した。けれどそんな怒りも長続きしない。長い時の中で多くを経験すれば自身の未熟さを理解させられる。彼ら彼女らは今を変えるために行動していたのだ。それに対して俺は何もしていなかった。それだけ。
結果は全て行動に起因する。
騙され利用されたのは自身が愚かだったからでしかない。
だから俺が嘆くのは今この時に行動が出来ない事。
目の前で息絶えていく少女に何も出来ない事。
少女は巫女と呼ばれるキツネの耳と尻尾を生やした亜人種の娘。
巫女の仕事は賢者の石を護る事。
人命を7割近く消費しても戦争は続く。その中で有志によって賢者の石は隔離封印された。
これ以上人命が奪われないように。混迷を長続きさせないように。
けれど既に賢者の石はその機能が破綻し始めていた。魔力を集める機構も制御できておらず周囲から無差別に奪う。無差別に奪い集めた魔力は制御機構を圧迫し暴走の予兆を見せている。
そんな賢者の石を護ることが少女の使命だった。
少女がその使命に対して誠実だという事は理解している。自ら望み自ら率先して行っていることは分かっていた。
それでも少女の毎日は凄惨だった。
賢者の石に寄れば魔力を奪われる。制御機構を補助するために魔法を行使すれば賢者の石から膨大な魔力が強制的に流れ込んでいる。それは大量出血しながら強制的に心臓を動かされ血液を体中に送られているようなモノ。身体中が悲鳴をあげている。
幼く身体の強度が高く余裕がある頃は顔色が悪くなるくらいだった。
けれど次第に体力気力が奪われるようになり仕事が終わると這いずって出ていくようになった。日が進むにつれ身体自体がもたなくなり全身から血を流すようになった。
そうして少女の髪は白くなり耳も尻尾も毛が抜け落ち顔も手足も伸びきりしわがれたモノになってしまった。
しわがれやせ細った少女はそれでも使命を全うしようと毎日やって来た。
それは彼女の矜持だったのだろう。
痛みに対する恐怖よりも自らの命よりも優先すべきモノだったのだろう。
それが俺に向けられたものではないと知っていても心は動かされてしまう。
戦争前、人間と亜人種の溝を生み出していた愚かな俺がそう思うなどと烏滸がましいとは理解している。それでも賢者の石は俺自身でありその存在を守るために行動してくれる少女はとても愛おしく、何も出来ない自分が不甲斐なかった。
だから俺はどうしても考えてしまう。
どうしてこうなったのか。
どうして人間と亜人種などという無意味なこだわりを持っていたのだろうか。
どうして貴族という家に生まれただけで勘違いをしてしまったのだろうか。
どうして才能に恵まれたのに努力せず堕落してしまったのだろうか。
どうしてやりたいことやるべきことが見つかった時に行動すら出来ないのだろうか。
けれど分かっている。
それが自分の行動の結果なのだと。
血だまりに沈む少女の動きが次第に弱くなるのが分かる。
呼吸が次第に遅くなり、それが止まる。
次に少女の身体に残っていた魔力が賢者の石の中に流れ込んでくる。
そしてそれが引き金となり制御機構が崩れ落ちる。
制御を失った魔力は無秩序に吹き荒れ四散していく。
強制的に形を留めていた俺の意志も広がり薄れていく。
漸く俺の生の終わりがやって来た。
それは望んだものではあった。家族が死ぬのを見せつけられ国が崩壊するのを傍観し多くの命を刈り取ることに協力させられた生を早く閉じることを望んでいた。
なのに最後に醜く愚かな願いを残してしまった。
せめてあの少女に笑顔を与えられたら。
けれど愚かな俺にはその力を持たなかった。
だから強請ってしまう。
どうにかならなかったのかと。
勿論俺の思いは誰に届くことも無く広がり薄れていった。
そしてウィート・ルドルという人間の意識はようやく消え去った。
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