ストーカー大作戦

オブリガート

***

ケンは35歳の電気工事士。現在独身で、彼女いない歴十年。


ある休日の午後のことである。


暇だったケンは自宅アパートから車を飛ばしてレンタルビデオ店へとやってきていた。


ドキリとするような甘い香りが鼻腔をくすぐったのは、18禁コーナーでアダルトDVDを物色していた時である。


ちょうどケンの隣りに、ベージュのコートを着た女が立っていた。


長い艶やかな黒髪、コートの裾から伸びる細い足。屈みこみながら、下段の棚を眺めている。


と、ふいに女は体を起こし、くるりと方向転換してアダルトコーナーを去っていった。


―――――色っぽい女だな。


黒髪フェチのケンはエロビデオなどそっちのけで、すぐさま女の後を追った。


女はレンタルビデオ店を出てアーケードの方へと入って行った。


―――――どこへ行くんだ?


ケンは一定の距離を保ちながら後を追い続けた。


女はアーケードを抜け、薄暗い路地裏へと入っていく。


――――チャンスだ!


ケンは女を猛追し、どんどん距離を詰めていった。


人気ひとけのない場所ならば、多少騒がれても見つかるまいと思ったのだ。


――――へへへ…。後ろから羽交い絞めにして、廃ビルにでも連れ込んでやろう。


ケンは両手を広げ、ゲス顔全開で女に飛び掛かった。


足音に気付き、女が立ち止まってくるりと振り返る。


「なっ、なんですか、あなた!」


ケンはぎょっとして立ち竦み、とたんに両目を泳がせてたじろいだ。


「あ…あ…あの――――」


「なんですか、ストーカーですか?警察呼びますよ!」


「いっ、いえ、違くて――――その…」


とうとうケンはヤケクソになり、


「背中に虫がついてたのでっ…取ってあげようとしただけですっ…!」


などと苦し紛れの言い訳をしてその場から猛ダッシュで駆け出した。


どうにか路地裏を抜け、ホッと一息つくとともに、彼は小石を蹴って悪態をついた。


「くそっ…!男のくせにあんな綺麗な髪してんじゃねーよ!」



《了》

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ストーカー大作戦 オブリガート @maplekasutera

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ