【冒険者ギルドのお仕事】 ~〝役立たず〟〝ゴミ箱〟と嘲笑われる男は冒険者ギルド最強の従業員

水城ゆきひろ

第一章

第一話 プロローグ


 冒険者ギルド──それは世界の各地に存在し、仕事を頼みたい依頼主と仕事が欲しい冒険者を仲介する店だ。

 元々は中央大陸の【リンザール】という街で始まったサービスだったが。

 いつからかリンザールを〝本店〟として、各地に〝支店〟を拡げてゆき。現在では大きな街なら必ず一店舗はある巨大な組織となっていた。


 そしてここ──【ルウラ】にも当然、冒険者ギルドの支店は存在する。

 ルウラは西方大陸の北東に位置する【ルベリオン王国】の王都である。


 故に商人や冒険者の出入りがとても激しく、ルウラ支店が抱える依頼の数は西方大陸一多かった。

 新規依頼が一日で三十を超える事もあり、割りのいい仕事がないかと冒険者達は頻繁に掲示板をチェックしている。


 そんな大人気ギルドは酒場に隣接しており、毎日多くの冒険者達でごった返しているので。当然、その応対をする従業員達は毎日慌ただしく店内を走り回っていた。



「ねぇ、キミ! 朝、ベイナント渓谷にいたよね?」


 グレン・ターナーは驚いた顔で声の主を見た。

 自分よりは低いが女性としては高身長で、その腰付近まである燃えるように真っ赤な髪に目を奪われる。

 少し長めの前髪の奥からは、藍色の大きな瞳が真っ直ぐ自分に向けられていた。


 その女性は既に、鼻と鼻がくっ付くのではないだろうかという距離までグレンに詰め寄ってきており。

 引っ込み思案な性格でコミュニケーションが苦手なグレンには、この距離感にどう接したらいいのかがわからなかった。


 グレン・ターナーは現在十八歳。

 冒険者ギルド〝ルウラ支店〟の従業員で、元々は中央大陸にある冒険者ギルド〝本店〟所属だったが二年程前からルウラに移動になっていた。

 身長は高めだが全体的にヒョロく。髪色も限りなく黒に近い茶色とまさに精神を体現したような地味な見た目なのだ。


 今日も変わらず朝八時にギルドに出勤してから、まもなく営業終了時間になる今まで。一度も店を出る事なく空気のように存在感を消して、一日を終えようとしていたグレンに、その赤い髪の女性は話しかけてきたのだ。


 だが、グレンは自分に話し掛けてきたその女性──アリア・エルナードの事を三週間ほど前から知っていた。


 アリアの冒険者ランクはAA(ダブルエー)で、この辺りでは希少な女性の高ランク冒険者だ。そして美人である。

 となれば知らない者の方が少ない。


 引っ込み思案で根暗なグレンが、彼女のような女性に話しかけられる事は滅多と無いだろう。

 しかし。

 ここは最も冒険者の集まる場所だ。


 そんな所で彼女からの質問──ベイナント渓谷に〝いたのか〟〝いないのか〟を答えるには、少々慎重にならざるを得ない理由がグレンにはあった。


「え?……はい? なんの話でしょう、か?」

「いや、きっとキミだってば」

「ど、どなたかと間違ってるん……じゃ」

「まあ確かに顔はハッキリと見てないんだけどね……」


 アリアの言葉に、随分当てずっぽうだとも思ったが、簡単に探りを入れられている可能性も考えられた。

 ボロは出さないとばかりに、グレンは当たり障りのない言葉を選んでいく。


「で、ですよね? 僕は身に覚えがありませんし。仮に僕だったらなんですか?」


 と、誤魔化しながらも然り気無く情報を引き出す事も忘れてはいない。

 しかし、そんな抜かりないグレンの言葉に余計に怪しんだのか。彼女はまばたきもせずグレンを見つめる。


 その視線はグレンの全身を上から下まで舐め回すように移動していった。

 それに耐えかねてグレンはゴクリと唾を飲み込む。

 二人の間に暫し沈黙が訪れたが、やがて彼女はその沈黙を全力の笑顔と言葉でぶち壊した。


「あはっ! やっぱりキミだよ」


 と、それはもう軽いノリだけの単純な決め付けでしかなかった為、グレンの口からは深い安堵のため息が洩れた。


 実際、彼女が言ってる事はまちがっていなかった。

 確かにグレンはベイナント渓谷と呼ばれる場所にいたのだから。


 しかし問題はそこで何をしている自分を見たのかがグレンは知りたかったのだが。

 その答えは唐突に彼女の口から零れ出た。

 

「ねぇ、あのゴブリン。どうやって倒したの?」


 これはただの決め付けとは言い切れない……グレンは再び変な緊張感に包まれていた。

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