12 賭け

 基経は居住まいを正すと、一口お茶を飲んでから静かに語り出した。


「……すでに立ってしまった噂については仕方がありません。とはいえ、人の噂も七十五日というくらいですから、そのままにしておけば、いずれは薄れていくでしょう」


 はい、と繭子は素直に頷いた。

 ただの噂に過ぎないのだから、気にすることはない。基経の優しさが、今は少し辛い。


「我が家のことを思って気にされているようでしたら、あなたが気負うことはありません」


 噂を咎められても辛い、そうされなくても辛い。なんて矛盾しているのだろう。


「……ところで、ひとつ提案なのですが」


 ほんの少し悪戯めいた基経の声色に、繭子は目線だけ上げる。


「繭子さん、賭けをしてみませんか?」


 唐突な提案に、繭子は目を瞬いた。


「賭け、とは?」

「先ほど、自分では無理だと。遠山さんと同じくらいの器量と家柄でなければ、彼女のお姉様は諦めてくれないと言いましたね」

「……はい」

「本当にその通りなのか、賭けをしませんか?」


 一瞬何を言われたのかわからず、繭子はぽかんとしてしまう。

 すると、三和が「まあ!」と、嬉しそうに両手をポンと合わせる。


「素敵な賭けですわ!」


 今度は繭子の手を取り、満面の笑みを浮かべる。


「繭子さん、この賭けに乗ってみましょうよ」

「え、えっと……」

「そうしたら、あなたが素敵な女性だって、わたしが言ったことが本当だって、証明にもなるでしょう? ぜひこのお話、進めましょう。ねえ壱重さん」

「ええ、是非とも」

「あの……! 勝手に話を進めないでください!」


 三和と基経の間で話が進んで行くのを、何としても止めようとするが。


「繭子さんはご自分の評価が低いと思うの」

「それは……」


 三和の言う通りだ。自分でも自覚はある。とはいえ実際、肯定できるところがないから仕方がない。


「立ち姿が綺麗で細身だし。 繭子さんの巫女さん姿、とても素敵だと思っていたの」

「素敵だなんてそんな! ガリガリで見越し入道みたいだとは言われていたくらいですし」

「手足だって、すらりと長いし」

「あとは、手長足長みたいだと」

「てなが……あしなが?」


 疑問符を浮かべる三和に「手が長い巨人と、足が長い巨人……つまりは妖怪のことです」と説明する。


「繭子さん……妖怪にお詳しいのね」

「最上堂の信夫さんに、何かにつけては言われていたので」

「最上堂の?」


 一体どこから仕入れてきたのか。信夫はやたらと妖怪や化け物といったものに興味があった。

 何かにつけては妖怪に例えられていたので、どんなものなのか気になってはいた。


 ある時信夫にで江戸時代に流行したという妖怪絵の写しを見せてもらった時、他人の目にはこのように映っていたのかと、ひどく落ち込んだものだ。


「今思えばただの冗談だったのに、まだ幼かったせいもあって、まともに受け止めてしまったんですよね」


 今となっては笑い話だ。笑って話を締めくくろうとしたが、何故か三和は黙り込んでしまう。


「あの、三和さん?」

「最上堂さんったら……酷い」


 低く唸るように呟くや否や「繭子さん!」と、声を上げると、繭子の両手を再び力強く握り締める。


「乙女を妖怪に例えるなんて本当に酷いわ! そのような戯れ言を気になさってはダメよ!」

「子供の言うことですから。でも、三和さんが怒ってくれて、少し溜飲が下がりました」


 あの頃の自分に言ってやりたい。信夫の意地悪なんて、まともに取り合うなと。

 でも、あの頃は信夫に見越し入道と言われるたびに、自分の姿があの妖怪のように大きくなるような気がしてならなかった。

 それは信夫や弟たちが、繭子の背を越しても、その感覚はなかなか消えなかった。


「そうだわ! せっかくですもの、最上堂さんも見返してやりましょう!」

「あの、信夫さんに許嫁役を頼むのでは?」

「そんなの後でいいわ。まずは最上堂さんに、逃した魚は大きかったことを思い知らせてやりましょう!」


 三和は力説するが、本来的の目的である『三和と基経の縁談を阻止する』はどこへ行ってしまったのだろう。


「なかなか面白そうですね」


 意外にも、基経は乗り気のようだ。


「あの……目的が変わってしまっているような、気がするのですが」

「そんなことは、ありません」


 繭子の問いに、基経はさらりと答える。


「私に良い許嫁がすでにいると、遠山様と最上堂様に伝われば、本来の目的も十分果たせますから」

「……そうですか?」

「そうです」

「ですが、最上堂さんに伝える必要はないのでは?」

「いいえ。必要です」


 妙にきっぱりと、基経は告げる。


「わたくし、なんだか楽しくなってきましたわ」

「私もです。繭子さん、信夫さんの鼻をあかしてやりましょうか」

「は、はぁ……」



 まんまと二人の計画に乗せられていたと繭子が気付いたのは、ほんの少し後のことだった。

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