第64話 婚礼前のひととき

 英雄様たちの婚約披露のお披露目が終わった後は、私達の婚礼の儀だけだわ。

 私は王宮の自室で婚礼衣装の最終チェックをしていた。

 まぁ、つまりはサイズ調整なのだけれども……。


 これ以降は、もう太っても痩せてもいけないので大変だわ。

 世の花嫁さんってすごいのねぇ……なんて、ついつい感心してしまうわ。

「大丈夫です。私がきちんと管理いたしますから」

 私のサイズ調整を見ながら、ケイシーがふんすっとばかりに言ってきた。

 つい先日、特訓? からケイシーも戻って来ていた。


「本当に慣れませんわ。私が侍女を使うだなんて贅沢が過ぎます」

 なんて、ケイシーは言うけど、王宮侍女の中には……まぁ、あまり大きな声では言えないけど、元の身分がそれなりに高い方もいらっしゃるので仕方がない。

 そう言う方々は、王妃様付きの女官の仕事も兼ねているのだけれど。


 まさか、これが秘密だなんて言わないよね。貴族の大半は知らなくても、当事者と侯爵家以上の方々は知ってる事だし。


 なんだろう? 知らない方が良いのだろうけど、知りたいと思ってしまうわ。

 トム・エフィンジャーが言っていた、王室の秘密。 




 

「マリーは、本当に好奇心が旺盛なのね」

 歓談室でお茶を飲んでいたら、王妃様……お母様から言われてしまった。

 まぁ、心を読んでくる相手に隠し事は出来ないけど。

「トム・エフィンジャーが言っていた、お母様しか知らない王室の秘密でしたら別に……」

 私は、王妃様しか知らない王室の秘密を教えて貰う事が『トム・エフィンジャーが諦めてくれる』条件だったとしても、真実をそのまま知りたいとも思っていない。

 まぁ、知りすぎたら別の意味で身の危険を感じるというのもあるのだけれども。


 何だろう? 知りたいけど、知りたくない。

 そう、その秘密がどんなことなのか、想像するのが楽しいというか……。


「むかしむかし、何千年も前に、賢者様が気まぐれを起こして、下町に降りて行ったことがあるの。そこで、1人のおせっかいな少女と出会うわ。賢者様とは知らず色々と助け、下町の常識を教えてくれる少女を、賢者様はいつしか好きになっていたのよね。そして、少女に触れた時に彼女の未来を知ってしまう」

 あれ? そのお話……って。


「お母様。わたくしその話の続きは知ってますわ。エマと言う少女と賢者様の恋物語でしょう? 一見、悲恋なのだけど二人の魂が寄り添って今もどこかを巡っていると考えると、素敵ですわ」

 貴族の女の子なら子供の頃に読んだことのあるような、ちょっと切ない恋物語だもの。

 でも、これって王妃様だけが知っている秘密じゃないわよね。

 貴族令嬢はもとより平民でも、ちょっと裕福な家庭なら児童書くらい買えるもの。

 ケイシーも私と一緒に読んで、泣いていたし。 


「そう、貴族や平民でも裕福な家庭の子女なら誰でも知っているのだけれどね。グラントリーも読んで大泣きしてたわねぇ」

 お母様がそう言うと同時にタイミング良く入って来たグラントリー兄さまが言う。

「母上。マリーに何を吹き込んでいるのですか」

「あら、別に良いじゃない。所詮は子供向けのお話なのだし。心が優しい証拠だわ」

 クスクス笑いながらお母様は言っている。グラントリー兄さまは、少しお顔を赤くしているけど。

「何でそんな話になっているのです?」

 と、訊いてきた。


「婚姻前の感傷でしょう? 児童書の恋愛を思い返すなんて」

 ルイ兄さままで、タイミング良くお部屋に……って、そうか、もうすぐこの時間も無くなってしまうから、お二人ともわざわざ……特にグラントリー兄さまは仕事を中断してまで、来て下さっているのだわ。

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