エドマンド・マクファーレン辺境伯 王都にて……(エド側)

 勝利の凱旋後の王都での、ダンスパーティー。

 報奨の一環として、国王陛下から王族の姫君か、公爵家令嬢を婚約者に選ぶように申しつけられている。

 まぁ、俺たちが王室の政敵に取り込まれないようにするためなのが見え見えなのだが。

 そういう事もあって、俺はそんな気になれず、他の戦争功労者のピーターやジョールとしゃべっていた。

 戦友である彼らと、次に会うのはいつになるのか分からなかったからだ。

 この二人はともかく、俺は自分の領地の近くにある辺境警備を希望していたし、王宮内での出世など興味も無かった。

「王妃殿下から、あちらに来るようにと」

 王宮の使用人から言伝られた先を見ると、今回の報奨品になっている令嬢達と王妃がいるのが見えた。

「さすがだな。お前の性格をよく知ってる」

 そうピーターから言われて

「はぁ?」

 と俺は、聞き返してしまう。

「このままだったら、誰も選ばずに帰ってしまうと思って、命令する気だぜ」

 ジョールも含み笑いで言っている。

「……とりあえず。行ってくる」

 俺は嫌な予感がしたが、王妃が呼んでるのに行かないわけにはいけない。

 案の定、令嬢こどもを一人押しつけられたわけだが……。



 王妃からエスコートするように言われたので、取りあえずダンスに誘ったのだが、緊張させてしまった所為か思いっきり足に乗られた。

 マリー嬢の華奢な身体が震えている。怖がらせてしまったか。

「マリー嬢、大丈夫です。ドレスで隠れていて分かりませんよ」

 俺はできうる限り、優しい話し方で穏やかに言った。

 マリー嬢の身体は軽い。少し、力を入れて動かしてあげたらフワッともとのダンスのリズムに戻れた。

 これは、早めに解放してあげた方が良いのだろうな。怯えているだろうし。

「王妃様には、私の方からお断りしますので、安心なさって下さい」

 そう言ったら、マリー嬢から聞かれてしまった。

「わたくしのこと、お気に召さなかったのでしょうか?」

 ……いや、気に召す召さないの話では無くて。

「わたくしは、貴方が良いです。どうせ誰かと結婚しなければならないのですもの。それならば、お相手は貴方が良いです」

 俺が何か言わなくてはと、思っているうちに、マリー嬢は、甲高い大声で求婚してきた。

 マリー嬢は、俺の顔を見るなり顔をそらした。

 多分、今俺はすごく怖い顔をしているのだろう。怒っているわけでは無い。

 照れたり困ったりしたときに、怖い……いわゆる真顔になるらしい。

 元々が、怖い顔だ。初めて俺を見る子どもは、例外なくギャン泣きする。

 いやいや、それより俺が言いよどんだ所為で、とんだ恥をマリー嬢にかかせてしまった。

 周りから、ヒソヒソ話が聞える。向こうの方では、戦友二人が大爆笑しているが……。


 取りあえず、マリー嬢に恥をかかせたお詫びをしようと、ウィンゲート公爵に挨拶をした。俺が謝罪の言葉を言う前に、ウィンゲート公爵から娘を嫁に出すときの定番のセリフを言われ、婚約の日程まで決まってしまった。

 すぐにでも、準備しないと間に合わないのでは無いか? そう思って、俺はマリー嬢を置いて会場を後にした。この行動が、後でマリー嬢に誤解を与えてしまったのだが。


 領地の屋敷に使いを出し、令嬢を連れ帰ることになったと連絡を入れる。

 ドレスや小物は、王宮付きのデザイナーと商人を使って良いことになった。

 当り前だ、王妃命令とはいえ、こんな急なバタバタした婚約発表なんて聞いたことが無い。



 翌朝、俺はウィンゲート公爵の執務室で王妃を交え、婚約式とその後の打ち合わせをしていた。

 すると、廊下からバタバタバタと廊下を走る音がして、勢い良くバンッと扉が開く音がした。振り返るとマリー嬢が……。

 戦場にいて大抵のことでは、驚かなくなった俺だったが、これには驚いた。


 王妃がいる部屋を……いや、いなくても王宮の扉をこんな風にあける人間を、俺は初めて見た。

 王妃は、不敬罪と言うだろうか? ウィンゲート公爵が娘の許しを得ようと懇願している。あの王妃だから大丈夫だと思うが……。

 戦場にいたとき、王妃は自分の立場を一指令官と定め、俺らと対等に行動していた。どんな場面でも、自分が女だからと、王族だからと甘えたことは無い。

 身分が伯爵だった俺とも、対等だった。そうして戦友だと言ってくれる。


 だからほら、デビュタント前のマリー嬢の事も、子どもの所業として処理している。まぁ、王妃相手に反論するマリー嬢も大概なんだが……。


 マリー嬢の噂は聞いたことがある。

『王妃候補のなり損ない、田舎に捨て置かれたご令嬢』

 だからだろうか、あまり貴族令嬢らしくない。領地の町娘だと言われても、違和感無く受け入れただろう。

 高級な装飾品よりは、田舎で着けられる露店のネックレスを欲しがる。

 王妃からは、大魔法が付与できないと怒られた。(それでも小さな魔法を付与してはくれたものだが)だけど、それをマリー嬢は、俺から貰った物だから『宝物だ』と言ってくれる。


 多分、礼儀作法も……思いついたまま行動する癖が無ければ……伯爵夫人としては、申し分無いだろう。

 田舎の領地とはいえ、女主人がする公務は皆無では無いが、それはおいおい覚えていけば良い。

 まぁ、俺は侯爵と同等の辺境伯になってしまったし、マリー嬢は公爵令嬢だから、そのままではいけないのだろうが。

 婚約は王妃命令だ。だけど、マリー嬢は俺が良いと言ってくれた。

 何より、田舎の領地に行くことを本当に楽しみにしてくれている。

 俺もマリー嬢で良かったと思う。


 本当に、そう思う。

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