第21話 赤と黒
長治郎屋敷の正門では一進一退の攻防が続いている。
(くそ、押し込まれもしないが、このままじゃ数の違いでジリ貧だ)
状況が好転しない、させる事が出来ない自分の状況に苛立ちを覚える虎徹。
「おいおい、案外頑張るじゃねーの。下っ端どもは先に結構な数を殺したと思ったけどな」
真っ白な下地におどろおどろしいドクロの刺繍が入った着物。長髪に無精ヒゲという何ともやる気の感じられない姿の男が現れる。
(!! 最悪だ。今か)
虎徹を筆頭に、周囲に居た焔一家の者は青ざめ、急激に戦意を喪失。同時に辺りで起こっていた競り合いもピタッと止む。
「よぉ~、虎徹。元気にしてたか? って、元気じゃね~か、そんな怪我してりゃ~な」
「…………景隆」
「あん? テメー、兄貴に向かって呼び捨てか? 偉くなったもんだ」
ほんの少し、景隆は表情を変えただけ。しかし、それだけで虎徹は動くことが出来なくなっていた。
「…………まぁ、いいや。オヤジ様は元気にしてるかな? ちょっと挨拶に行くとするか」
景隆が虎徹の脇を素通りし、正門をくぐろうとした瞬間、一家の若い衆数人が斬り掛かる。刀を鞘から抜いたかどうか。それすら分からない間に若い衆は細切れになった。
「相手の力量を感じることも出来んほどの低次元。お~い、虎徹よ。テメー、下っ端の躾がなってね~んじゃない?」
(…………動かなければ。なんとしても。頼む動いてくれ)
そう心で思えば思うほど、体は逆に硬直し冷や汗が止まらない。
「子飼いの教育不足による失礼は、飼い主にも責任があるわな」
(…………駄目だ。動けない)
「久しぶりに会ってスグだが。…………サヨナラだ」
(すみません。オヤジ、お嬢。せめて、動けないならせめて侠客らしく。目はつぶりません)
死を覚悟した虎徹の首に刃が届く。その刹那激しい金属音と閃光が辺りを包み込んだ。
「俺の大事な家族に何してくれてんだ」
「オ……オヤジ!」
常人では見る事も出来ない景隆の斬撃を、長治郎は見事に受けた。
「オヤジ。…………すみません」
「何を謝ることがあるんだ、虎徹よ。お前は片腕で良く頑張った。そこらの若いの連れて中に入って門を閉めな」
「いや、私たちも一緒に」
「黙って言う通りにしやがれ! お前らが居たんじゃ足手まといだってんだよ」
「そんな」
「良いからさっさとしろい!!」
長治郎の怒号に虎徹や一家の若い衆は従う。辺りに居る敵の三下共はこの間、その迫力に動くことが出来ないでいた。言われた通りに門を閉め始める虎徹達。
「鳳仙かカミナの旦那が帰ってくるまで、絶対に門を開けるなよ。なんとしても籠城して持ちこたえろ」
「分かりました」
門が閉まり切る直前、長治郎は何か言葉を発した様に見えたが、ハッキリと聞き取る事は出来なかった。
「終わりましたか? オヤジ」
「お前みてぇな性根の腐った奴は今の間に斬り掛かって来ると思ったがな」
「はっはっは~。んなことするわけ無いでしょ? 俺はこれでも侠客だぜ」
「黙りやがれ。お前みてぇなのが軽々しく侠客を口にするんじゃねー」
「いやはや、実の息子に対して手厳しいね~。まぁ、そんだけ口が回れば元気そうだ」
ヘラヘラ、ふらふらとしていた景隆の雰囲気が全く別のものに変わる。
「安心してぶっ殺せるってもんだぜ~!!」
「はっ! 寝言は寝て言え。お前みてぇな恥さらしは俺自身の手でケリ付けてやらぁ」
見えない。二人の剣戟、その一切が周囲に居る者の目ではその影を捉える事すら出来ない。しかし、感じる事は出来る。激しく散り続ける火花、刀同士がぶつかる音、場合によっては倒れてしまうほどの衝撃波によって。
時間にすれば一分にも満たないほど。しかし、周囲の者には十分以上の時間が経過した様にすら感じられた。
「や~れやれ。病気だって聞いてたから楽勝だと思ったのに、元気じゃね~のよ」
「お前みてぇに才覚に溺れて、ロクに稽古もしねぇ奴に負けるか」
「単純な斬り合いじゃ時間掛かりそうだな。…………メンドクセ~」
景隆が鞘を強く握り、血を刀に流す。現れた炎は赤色ではなく、黒色である。
「…………なんと禍々しい炎だ。お前、本当に性根から腐っちまったんだな」
「どうだ? 良く育てただろ~。誰彼構わず、所構わず、片っ端から気に入らね~奴をぶった斬ってきたからな~」
「是非も無しか」
着ていた羽織を脱ぎ捨て、刀に血を送る長治郎。刀からは轟轟と燃え盛る真っ赤な炎が上がる。温度が上昇するに連れ、背中に彫られた閻魔と桜の刺青が鮮やかな赤に際立つ。
「お、嬉しいね~。オヤジも本気で俺を殺す気だな」
双方、本気になってからの剣戟は今までのそれとは比較にならない。高温の炎同士が激しくぶつかる事で衝撃波と共に尋常では無い熱波も周囲に飛び交う。
周りで見ていた者は次々と倒れ、熱に弱い物などは溶け始めている。
二人の間に言葉による会話は一切無い。しかし、交わす刃が言葉よりも鮮明にお互いの意思を伝えている様に感じられた。
決着は案外早く訪れた。長治郎の重く速い連撃に付いて来れなかった景隆が体制を崩したのである。
「終ぇだ、馬鹿息子!!」
長治郎のトドメの一撃が景隆の首を完全に捉えた。刹那、状況は一変する。長治郎が喀血し、その場に膝をついたのだ。
「ぐふぉ! ちくしょう、何もこんな時に」
「へっ、へへ。驚かしやがって。老人が無理して出しゃばるからだぜ。形勢逆転ってやつだな」
「…………ちっ、舐めんなよ、クソガキが!」
再び景隆に斬り掛かる長治郎。しかし、その太刀筋には最早一切キレが無い。あっさりと受けられてしまう。
「ナメてんのはどっちだ~? 終いはアンタの方だったな、オ・ヤ・ジ」
背中の閻魔と桜。それを彩る赤の種類が見る見る内に変わって行く。
「なんだ、意外に速かったな~、鳳仙」
貫いていた刃を抜かれ、地面に倒れ込みそうになった長治郎の体を鳳仙が受け止める。
「オヤジ! しっかりしろ!!」
「…………おう。もどった……か。気ぃ付けろ、あの……やろうは……つぇーぞ」
「あぁ、分かってる」
「おめぇ……には……損なやくを……おしつけちまったな」
「もう良いから。もう喋るなよオヤジ」
「へへ、そんな……泣くやつが……あるか。…………せっかくの……きりょうが……だいなしだ」
鳳仙の頬を伝う涙を手で拭う長治郎。
「おめぇは……誰よりも努力して……つよくなった。やさしさも……。俺のじ……まんの……むすめだ」
長治郎の声はどんどんと弱くなっていく。
「おめぇなら……かてる。一家を…………たのんだぜ」
「オヤジ? おい、起きろよ。まだ早いよ。…………オヤジ」
「ん~? 長いよ、ようやく死んだか。そんじゃ、首を貰って俺がこの街の支配者だってことを見せつけてきますかね~」
いつの間にか最初のヘラヘラ状態に戻っている景隆が長治郎に近づこうとする。が、鳳仙の間合いに入る事が出来ない。
(…………なんだ、この感覚。殺気か? いや、少し違うな。何にしろ近づけねー。まさか、俺が鳳仙ごときに恐怖を感じてるのか?)
鳳仙はそっと長治郎の亡骸から手を離す。
(オヤジ、少しそこでウチの戦いを見ててくれ)
長治郎同様、羽織を脱ぐ鳳仙。動きやすさを考えて、背中の部分をはじめ可能な限り布を少なくした戦闘用の正装である。
「景隆ーーー!! アンタはここで、ウチが侠客としてケジメ付けてやる!」
刀に血を送ると真紅の炎が隆々と立ち昇り、背中の鳳仙花と鳳凰が普段より数段鮮やかに、美しく浮かび上がった。長治郎のそれと同じ様に。
(ケッ、アイツのマネか、よそ者のクセによ。そもそもテメーが全ての元凶だろうが)
再び刀から黒の炎を燃え上がらせる景隆。
「オモシレ~、どの道テメーもぶっ殺すつもりだったんだ。証明してやるよ、直系でも無いよそ者の女なんかが、俺に勝てるわけね~ってことをよ!」
再び周囲は尋常ならざる熱気に包まれる。赤と黒、まさしく五分の戦い。激闘の幕が切って落とされる。
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